404 ケンカの理由
馬を歩かせていると、どこか遠くから血の臭いがした。
嫌な臭いだった。
そりゃあ俺もルークスも先程のヘルウルフとの戦闘でボロボロだ。体から血だって流している。けれど、出たばかりの血というのはそう悪い臭いはしないものだ。せいぜい鉄臭いくらい。
だから、俺がかいだこの臭いはきっと、吹き出してしばらくたってからの血の臭い。
「デイズ! デイズ、いるか!」
ルークスが探し人の名前を呼ぶ、しかし返事はない。
どうやら血の臭いには気づいていないようだ。
それもそうか、俺は『女神の寵愛~嗅覚~』のスキルがあるけれど、なければ気づかないほど微量な臭いなのだ。
「なあ、ルークス」
俺は考えた。
「どうした、シンク隊長」
「ちょっとトイレ」
血の臭いがしてくるのは俺たちが歩く道――道といっても舗装されているわけではない――から少し外れた、森の方。臭いがするからには、死体があるのだろう。
もしその死体がデイズくんのものだったら?
ルークスは見れば悲しむかもしれない。
だから俺は嘘をついてでも1人で確認することにした。
「なんだよ、灯りいる?」
「いや、夜目はきくほうだから大丈夫。それに、そこまで離れるつもりはないから」
俺は馬を降りて血の臭いがするほうへと歩いていく。
近づくと、さらに血の臭いが強くなった。
これは人間のものだ、そう思った。これまでの冒険で何度もかいできたからそれくらい分かるのだ。
やがて、一本の木が目に入った。
それは根本のあたりで折られた木だった。その切り口に仰向けに死体が突き刺さっている。
「……なんだこれ」
俺は思わずつぶやいた。
鋭利な木に突き刺さった死体。
それは見ようによっては前衛芸術のように思える。
死体は白目を向いてこちらを見ていた。
俺は本当のところ見たくもなかったのだが、どうしても確認しなければいけないことがあったので死体に近づく。
「たしかデイズくんは半人だって言ってたよな」
半人、つまりは半分人間みたいな生き物。こういう言い方は差別的かもしれないが、他に表現の方法をしらない。
俺がこれまで会った半人たちは、みんな特徴的な耳をしていた。たとえばローマという殺し屋は獣のような耳をしていたし、ミラノちゃんという来はエルフのような耳をしていた。
これがもしデイズくんならばきっと――。
そう思い、俺は死体の耳を確認した。
違う、普通の耳だった。
それで安心したとき、背後から足音がした。灯り近づいてくる。ルークスだ。
「シンク隊長、俺もしょんべんするわ」
どうやら連れションのつもりで来たのだろう。
これでもしデイズくんだったならば来るなと言ったところだが、たぶんこの死体はべつの人だ。でもたぶん、冒険者だろうと思った。あくまで勘、なのだが。
「こっちだよ、ルークス」
俺は灯りの方に呼びかける。
灯りが近寄ってきて、ルークスが現れた。
「うわっ、なんだこれ!」
木に突き刺さった死体を見て開口一番、驚いた声をだす。
「いちおう聞いておくけど、これはデイズくんじゃないよな?」
「違う……けどこいつ、冒険者だ。知ってるやつだぞ」
「やっぱりか」
ただの勘だったけど、あたりだったようだ。
「なんでこんなところに……もしかしてこいつも行軍についていけなかったのか?」
「どうだかな、墓を作ってやりたいところだが……」
「デイズが心配だ、急ぎたい」
「だな」
ちなみにトイレは、と聞くと「する気がうせた」と返された。まあ、そうだよな。こんなグロテスクな死体を見ちまえば。
俺たちは馬の場所へと戻る。
「なあ、シンク隊長」
「どうした?」
馬に乗りながら、なんでもないように返事をする。
「あんた、優しい人だな。本当はあの死体を見に行ったんだろ」
「べつにたままたさ、たまたまトイレをしに行ったら死体があっただけ」
たぶん気づいているんだろうな、ルークスのやつも。
上半身裸で蛮族みたいな格好をしているくせに、けっこうそこらへん察しが良いみたいで。
「しょうじき今回の行軍、ああやって抜け出したやつらは多いよ」
馬を歩かせだして、ルークスが言う。
馬上での会話というのは、これがなかなか話しが盛り上がるものだ。
普通に歩いていると足を動かすことが先決だが、馬は慣れてしまえば感覚で乗れる。だから口がよく動くようになる。
「ふうん」
「あんまりの強行軍だったしな。体力のないやつらは脱落しちまったし」
「デイズくんもか?」
「あ、いや……あいつは……」
違うのだろうか、てっきり行軍についていけなくてはぐれたのかと思ったが。
いや、でもよく考えてみればそれもおかしいな。
わざわざはぐれた友人を夜中に探しに出るルークスだ、行軍についていけない友達をおいていくはずがないだろう。こいつとはあまり絡みはないが、なんとなく背負ってでも運ぶタイプの人間だと思う。
じゃあなんで?
俺は考えて、すぐ察した。
「ケンカしたんだろ?」
友達と一緒に行動していて、いきなり別行動をとる理由なんてそれしかない。
「……あ、いや」
歯切れの悪い返事。
図星なのだろう。
「なんで行軍中にケンカなんてするかねえ。案外余裕だったんじゃないか、お前ら」
「違う、本当にデイズはぎりぎりだったんだ。体もそんなに強くないのに、俺についてこの部隊に志願して……俺はパリィに残れって言ったんだ!」
「わかったわかった。もしかしてケンカの理由、それか?」
お互いがお互いのことを考えてすれ違う。そんなのよくある話だ。友達関係もそうだし、恋人関係でも。もっとも俺の場合はシャネルとすれ違ったことなんて数えるほどしかないが。(あったかな?)
「いや、理由はそうじゃなくて……」
「なに?」
「言えねえよ」
「なんだよ、教えてくれよ。こうやってついてきてやったんだぞ?」
ちょっと卑怯な言い方だったかな、と自分で思った。
こういう言い方は嫌いだ。
相手に断るという選択肢を与えずに一方的に決定するような。
「……あんただよ」
ルークスは忌々しそうに言う。
「え?」
「あんたに謝れって、デイズが言ったんだ」
「どういうことだよ」
「この行軍の初日に、突っかかっただろ、俺」
「まあ、そうだな」
あれがあったおかげで、ならず者である冒険者たちも俺を隊長と認めたのだ。とはいえ、いまのところ隊長らしいことなんてしてないけど。しいていうなら行軍で一番前を歩いてるくらい。
「あのことに関して謝罪しておけって、デイズがしつこく言うんだよ」
「それでケンカしたのか?」
ルークスは気落ちしたように頷く。こころなしか上半身の筋肉もしぼんでいるように見えた。
俺はため息をつきたい気分だった――そんな理由で? でも、それはあんまりだと思ったので逆に笑うことにした。
「はっはっは、そんなの俺は気にしてないぞ」
「でも、俺も本当は気にしてたんだ。あんたに謝ったほうが良いって。でもデイズがあんまり言うから意固地になって……すまねえ、こんなことになっちまって」
俺は大丈夫だって、とまた笑う。
「いいよ、許す。そのかわりさ、デイズくんにも謝れよ。友達ってのは大切なもんさ。いなくなってからじゃあ、分からないけど」
俺はふと、金山のことを思う。
きっと俺とやつはもう友達なんかじゃない。
謝ってどうにかなるような段階はとうにこえてしまった。
俺たちは憎しみ合うだけだ……。
だからってわけじゃないけど、せめてルークスにはちゃんと友達と仲直りして欲しいと思った。
「シンク隊長……」
ルークスはなんだか感動しているみたいだけど。
「ちょっといまのは臭すぎたか?」
俺はおどけた。
それを分かってくれたのか、ルークスも快活に笑う。
だが、俺たちの笑いを遮るように悲鳴が聞こえた。
それは獣の悲鳴だ。
甲高い警戒音。
「デイズだ!」
と、ルークスが叫ぶように言う。
「急ぐぞ!」
俺たちは悲鳴のした方に馬を走らせる。
少し距離があるように思えた。
もしかしてモンスターに襲われたのか?
なんにせよ、急がねばいけない。ときは一刻をあらそう――。




