403 ヘルウルフ襲撃
暗い街道、少しだけ早い速度で馬を進ませる。
ルークスは途中で消滅した斧――現在はただの棒――の先に灯りをつけて松明のようにしている。それ、そうやって使うつもりだったんだね。
「デイズ! いるかいデイズ!」
ときおりルークスが通る声で叫ぶ。
けれど返事はない。
嫌な予感がしていた。
「ダメだな、やっぱり山の中ではぐれたのか?」
せっかく超えてきた高い山だが、また入ることになるとは。
「山越えのあとなら、自分の足で拠点まで来られただろうし。やっぱりそうだよな。シンク隊長、はいっても良いかな」
「もちろんだ」
道が少しずつ傾斜をつけていく。
山というのは不思議なもので、ここからが山なのだという起点があることは少ない。とくに道がある程度整備されている場所ならなおさらだ。ゆっくりと上っていき、気づけば山の中というが普通。
とくに俺たちの山越えは、山の頂点を突っ切ってきたわけではなく弧を描くようにしてぐるっと回ってきたのだ。山というよりも傾斜のある道というべきかもしれない。
「シンク隊長」
「うん、どうした?」
ちょっと隊長って呼び方にも慣れてきたな。
「こりゃあ釈迦に説法かもしれないが――」
「釈迦?」
釈迦って言った、いま?
いや、なんでもいいけど。ときどき引っかかるんだよな、この異世界の人って何語喋ってんの? 俺も含めて。
「ここはパリィ郊外とは違うからな、モンスターが出てもおかしくないぞ」
「そうなのか?」
あんまりそういうのが出てくるイメージはないけれど。
やっぱりこういう山の中とかだと違うのか。
「そうなのかって……シンク隊長はドラゴン討伐もしたんだろ?」
「ずいぶん前にな」
ちなみに、俺はなにもしてない。あれを倒したのは俺じゃない。
「超えたときは大人数だったから大丈夫だったけど、いまは2人だ。デイズももしかしたら襲われてるかもしれない」
「急がないとね」
あたりに木が増えていく。山に入ってきたのだ。
道は少しだけ険しく。
みょうな雰囲気が俺たちの周りを取り巻いた。
「シンク隊長」
どうやらルークスの方も気がついたようだ。
「囲まれたな」
いつの間にという感じだが。
「思いっきり前に出て振り切るという手もあるいんはあるけど」
「いや、たぶん違うな。わざと開けてるんだと思う」
ようするに誘い餌。そこをついて逃げようとしたら、逆に襲われることになりそうだ。
ちらっと木々の間からモンスターの姿が見えた。
四足歩行の、犬のような。いや、狼か?
狼というのは頭の良い動物だと聞いたことがある。
狩りのとき集団で獲物を襲う。だがすぐには襲わず、獲物が疲れるのを待ってからことをおこすのだという。
つまり俺たちにプレッシャーを与えて歩かせて、疲労をためさせるのだろう。
「ならば――」
こっちから出るか。
俺は馬から降りる。
「やるのか、シンク隊長?」
「おいかけられても面倒だろう」
刀を抜く。
「ならいっそ、こちらからと? 勇ましいな」
ルークスも馬から降りようとする。
だがその瞬間に、モンスターが襲いかかってきた。木々の隙間から飛び出した狼のようなモンスター。狙いはルークスの方だ。
降りた瞬間を狙ったということだ。
ルークスはタイミング的に反応が遅れた。
俺はモーゼルを抜く。そしてモンスターめがけて撃つが――外した。
夜で暗い、相手は素早く動いている、距離も少しあった。だから外れてもしょうがないのだと言い訳することはできるだろう。
だが俺は、自分が銃弾を外したことにショックを受けていた。
――『武芸百般EX』のスキルさえあれば!
狼のモンスターはルークスに噛み付く。ルークスはそれをとっさに手でガードする。
まさかこのモンスターはポイズンウルフではないかとうたがう。たしか牙に毒のあるモンスターだ。もしもそうならばルークスが危ない。
俺はルークスの手に噛み付いた狼を切り裂いた。
「大丈夫か!」
「あ、ああ」
「このモンスター、なんだ?」
「たぶんヘルウルフだ」
ほっとする、毒のあるモンスターではないようだ。
「くそ、ルークス。あんたは下がって馬を守ってくれ。俺が前に出る」
「分かった」
ルークスは棒の先についた灯りをはずし、棒を槍のように構えた。
そして周囲を警戒するように見る。
俺は逆にこちらから攻め入ろうと、森の中へと入っていく。
大丈夫、大丈夫だ。スキルなんてなくても俺は戦える。自分に言い聞かせる。
向かって右の方に気配があった。
来る、そう思った瞬間にはヘルウルフが飛び出してきていた。
刀をバットでも振るように横に倒した。
その場所に、ヘルウルフがうまい具合に飛び込んでくる。真っ二つだ。
「いけるな」
と、俺は独り言をつぶやく。
そうとう柔らかいモンスターだ、問題ない。
俺は森の木々を避けてあるきながら、襲いかかってくるヘルウルフを斬り続ける。
楽勝だ。
しかしそう思っているのは俺だけのようだった。
「シンク隊長、助けてくれ! まずい!」
ルークスの声がして、慌てて先程の道に戻る。
その際にもヘルウルフを何匹か斬る、返り血をうけて嫌な気分になる。
「大丈夫か!」
ヘルウルフに囲まれているルークスは傷だらけだった。
その後ろには馬が2匹、怯えたように体を縮めていた。
ヘルウルフが一斉にこちらを見た。ゲラゲラと笑うように口を開く。
嫌な笑い方だ。
勝った気でいやがる。
「数だけ多い犬畜生が、調子にのるなよ!」
俺はイキりながら距離をつめる。
とびかかってくるヘルウルフ。
それを一匹一匹斬っていく。
もちろん俺も無傷ではすまない。体は傷つき、体力は失われ、はては噛み付かれて腕がちぎれてしまうのではないかという痛みをうけた。
それでも――。
がむしゃらに刀を振り続けて。
気がつけばあたりには死体の山がきずかれていた。
「はあ……はあ……」
痛いという思いよりも、寒さが先にくる。
「シンク隊長……」
ルークスの方も満身創痍だ。
「馬は?」
「大丈夫、守った。守り、ました」
「最低限の勝利はできたわけか」
これで馬まで傷ついていたら、どうしようもなかった。
それにしても、こんなモンスター相手に苦戦してしまうとは情けない。
「隊長……やっぱりあんたはすげえよ」
「なにが?」
俺は馬の毛を撫でてやる。怖い思いをさせてごめんな、と。
「あんな数のヘルウルフ、普通は1人じゃ倒せねえよ」
「昔だったらもっと強かったんだよ。無傷で処理できたさ」
「昔?」
こっちの話しだ、と馬に乗る。
「早くデイズくんを探そう。ここはやっぱり危険だ」
「あ、ああ」
俺たちはまた馬を歩かせる。
体中が痛かった。




