041 エピローグ1
「ごきげんよう、朋輩。とうとうやりましたね」
いつの間にか部屋に存在したアイラルンが、突然俺に話しかけてきた。心臓が飛び出るくらい驚いたかというとそうでもなく、むしろ「またか」といったような感じだった。
「とうとうって言ってもなあ……まだ5人のうち1人目だぜ。あと4人いるんだ」
「素晴らしい、そのいきですわ朋輩」
俺は手のうちで金貨をもてあそぶ。コインを指の上に乗せてくるくると回すのだ。別に手先は器用な方ではない。だから必然、コインは床に何度も落ちることになる。しかし俺は落ちたコインを拾わない。テーブルの上にはまだまだコインが山になっているのだ。
「すごいですわね、朋輩。これ全部今回の報酬ですの?」
「ああ……らしいぞ」
いったいこれがいくらくらいの価値のある金貨かは分からないが、シャネルいわくこのお金だけで二人で10年は遊んで暮らせるそうだ。
どうしてこんなに報酬が多いかというと、ドラゴン討伐のクエストは決められた報酬を全員で分け合うというタイプのクエストだったからだ。
だが今回の参加者は俺とシャネル以外全滅した。工作部隊、討伐部隊とわず、全員が死んだ。工作部隊で先に山を降りた奴らも月元たちに殺されたわけだし――もしかしたらそれは報酬の額をあげるためだったのかもしれない。だとしたらやはり最低の男だ、月元は。
「良かったですわね、朋輩。大金持ちですわ」
「別にお金が欲しくてクエストを受けたわけじゃねえからな」
「だとしてもですわ」
アイラルンは俺の向かい側に座る。
シャネルは例のごとく風呂に行っている。アイラルンが俺の場所に来るのは俺が一人っきりでいる時が多い。何か理由があるのだろうか? 聞くのも面倒だ。
あのクエストから一週間ほど経った。その間、俺はなんだか何もする気がなくてフミナの屋敷に引きこもっていた。
引きこもるのは得意だ、なにせ日本にいたころはずっと自分の部屋に引きこもっていたのだから。
「それで、朋輩。次はどうなさるおつもりで?」
「そうだなあ……」
あとの4人。その手がかりはないに等しい。
どうしたものか。そもそも月元に出会えたのも偶然だ。ちょっと嫌な言い方をすれば奇跡。うーん、嫌いなやつと出会う奇跡ってのもなあ。
「とりあえず、なにも決まってないな」
「そうですか」
「それで、今日は何しに来たんだ?」アイラルンが俺の前にわざわざ現れる時は、俺に対して有用な助言をしてくれる場合が多い。「もしかして、他のやつらの居場所を教えてくれるのか?」
「まさか。それをしてしまえば私が朋輩の運命に干渉することになります」
「ダメなのか?」
「と、いうことになっています」
ふーん、と俺は正直興味がない。
こういうのを荷おろし症候群というのだ。何か目標があってそれを達成した後、一時的にやる気がなくなる。
あーあ、誰か俺のやる気スイッチ押してくれねえかな。
「それで朋輩、私が今日やってきた理由ですけれども――」
「俺と話でもしに来たんだろ」
また、コインが落ちた。
アイラルンがそれを拾い上げる。
「いえ、私からも朋輩にはプレゼントがあります」
「ん?」
プレゼントってなんだろうか。
すると、アイラルンが俺に対して「チチンプイプイ」と気の抜けた事を言ってきた。
これは聞いたことがある。
これは――まさか。
「はい、ではこれで朋輩のスキルは増えました」
「増えた?」
一瞬、目がくらんだ。いや、違う。周りがまぶし過ぎるのだ。視力がバカみたいに上がっている、アイラルンの毛穴の一つ一つまでもがはっきりと見える。
――へえ、さすが自称女神だ。毛穴もきちんと整列してて、奇麗なもんだな。
なんて思うのもつかの間、急速に疲れてくる。これは――魔力が減っているぞ!
「朋輩、朋輩! 切って切って、スキルをオフにして!」
「ど、どうやるんだ……」
「とにかく念じるんです。スキルをオフにすると!」
くそ、この世界はすぐにこれだ。魔力関係は気合みたいなのばっかりだな。
とにかくこのままだと死んでしまいそうなので俺は心の中で必死にスキルをオフにしてくれと念じる。すると、やっと目が通常の状態に戻った。
「ふう……死ぬかと思った」
「それは朋輩の新しいスキル。『女神の寵愛~視覚~』ですわ」
「視覚?」
それって五感の一つだよな。
俺がアイラルンにもらったスキルは『女神の寵愛~シックス・センス~』で、つまりは五感以外の第六感だ。
ということは、このスキルは――。
「もしかしてこれ、月元がアイラルンにもらったスキルか?」
「ご明察ですわ。さすが朋輩、察しが良いので説明するテマがはぶけます」
「いや、それは分かったけど新しいスキル? ちょっと待て、たしかスキルは一人につき3つまでじゃなかったのか?」
俺は冒険者ギルドでそう説明を受けた。
それで俺はもうフルスキル。
『武芸百般EX』
『5銭の力』
『女神の寵愛~シックス・センス~』
を持っているのだ。
さらに追加のスキルがもらえるだって?
「それって、ありなのか?」
アイラルンはわざとらしく肩をすくめてみせた。
「朋輩、人が持てるスキルが3つまでというのは――」いたずらっぽく笑う。「ディアタナが決めたルールですわ。ですから私には関係ありませんわ」
「さ、さすが邪神だ。ルール無視のチートプレイ!」
「ほっほっほっほ、なんとでも言いなさい! 朋輩、言い忘れておりましたが、この世界で朋輩と同じようにあちらの世界から来た人間を殺せば、そのスキルから一つを獲得することができますわ」
「でた……追加設定。え、それ後付じゃなくて?」
「言い忘れただけですわ。ちなみに、これは他の人も同じですわ。だから朋輩の復讐相手も3つ以上のスキルを所持している可能性はあります。十分に注意してくださいませ」
「ふーん、了解だ」
それにしても視力をよくするスキルか。いや、これはそれだけではないな。たしか月元は俺を見るだけで俺のスキルをチートだと看破したはずだ。
つまり、あれこそがこの『女神の寵愛~視覚~』のスキルなのだろう。
良いスキルだ、他人のスキルが分かるだなんて。しかしデメリットも多い。とんでもない魔力の消費。
「ああ、それとそのスキルにはデメリットがありますわ」
「え、魔力消費以外の?」
「それはデメリットではなく発動に使われる魔力ですわ。そうではなくて、そのスキルを一度使うごとに朋輩のラックのパラメーターが1下がりますわ」
ラック=運だ。
つまり使うたびに不運になっていく? なんだそれ、そりゃあ月元もおいそれと使わなかったわけだ。
「使い所が難しいな」
「強力な武器とは得てしてそういうものですわ」
たしかに、と俺は頷く。
あれ、でもそしたら……もしかして俺の第六感の方も? 発動のたびに俺の運が下がっているのでは……。恐ろしいので聞かない事にしておいた。
「では朋輩、私の話はこれで」
「うん、またな」
「ああ、そうそう。答えを教えてあげることはできませんが、ヒントくらいは」
なんのことだ、と俺は首をかしげる。
「古い知り合いを尋ねるとよろしいですよ。その人が朋輩の道行く先を知っております。ではまたお会いしましょう。必ず」
アイラルンが消えると俺はまた一人になった。シャネルはまだ帰ってこない。
古い知り合い、ねえ……。




