401 拠点についた
拠点についたのは夜になってからで、そのときには俺たちは全員が疲れ切っていた。
こんなことが明日も、明後日も続くのだと思うといますぐにでも辞めたいくらいで。でも、ついたときにはとにかく安堵の気持ちばかりが多くて。
俺たちは手を合わせて喜び合うのだった。
「フェルメーラ! やっとついたぞ!」
「休憩だ、シンクくん! 酒が飲めるぞ!」
しかし、アルコールはなかった。
それどころか――。
「え、夜ご飯これだけ!? だってこれ、パン一切れじゃないか!」
俺は兵站のかかりに文句を言う。
「文句があるなら食べなくても良いんだぞ」
しかしこの塩対応である。
「なんだと! こっちは一日中歩かされて腹ペコなんだ! もっとマシなもんを食べさせろ!」
「あれば食べさせてやるさ! だけどないんだから仕方ないだろう!」
そう言われてしまっては俺も引き下がるしかなかった。
まったく、最悪な行軍だった。ご飯もろくに食べられないだなんて。
しかも、さらに酷いことに。拠点には部屋というものがほとんどなかった。兵隊たちは広い部屋に集められて雑魚寝をすることを強いられた。それでもスペースは足りず、俺たちならず者部隊は外の廊下で休むことになった。
それでも外での野営よりはマシとはいえ……。
「軍隊なんて嫌いだ」
やっぱり気ままな冒険者が一番だ。シャネルとの旅ならこんな経験しないですんだのに。
俺は廊下の隅っこの方で、薄い毛布にくるまって横になっているフェルメーラに、もらってきたパンを渡した。
「ほらよ」
「……これだけ?」
「信じられないだろ?」
「こりゃあ暴動がおきるよ」
「というか俺たちで起こすか?」
フェルメーラはそんなことをするのすら面倒だとばかりに首を横にふる。
たしかに、この状況じゃあそんな気力すらわかなかった。
フェルメーラはパンを一口で食べ、また横になった。
「兵糧すらまともじゃない行軍か。これで他国の領土だったら略奪でもしながら進めるんだけどな」
「ドレンス国内じゃそれすらままならないか」
「そういうこと。あきらかに準備不足だよ、エルグランドのやつ」
「やっぱりさ、パリィからわざわざそのテルロンまで行くのが無茶だったんだよ。もっとやりようがあったでしょ」
「目立ちたいのさ、あいつは。自分で手柄をたてて」
俺はちらっとフェルメーラを見る。
フェルメーラは毛布で自分の顔を隠しているので、表情がよめない。なので声色で判断することになるが、なんだかエルグランドのことを知っているようだった。
ああ、そういえばこいつは貴族なんだったか? いや、あれは冗談なのか? よく分からない。けど、もしも本当に貴族なのだとしたらエルグランドのことを知っていてもおかしくないか。
「……寝るか」
やることもないので、けっきょく寝ることになる。
「明日も早いよ」と、フェルメーラ。
「テルロンまであとどれくらいだろう……」
「8割はきたよ」
お、そうなのか。
ならもう少しだ。
いったいどれくらいこの行軍を続けていただろうか。もうかなりの日にちはたっている気がした。
「ちなみにシンクくん」
「なに?」
「この行軍のあと、戦闘をするって知ってたかい?」
「その冗談、面白いな」
バカなこと言ってんじゃねえよ、無理に決まってんだろ。
なんだよ戦闘って、行軍でテルロンについてゴールでいいだろ! ムリムリカタツムリ!
「とにかく僕は寝るから」
「そうだな、おやすみ」
俺も目を閉じた。
すると視界が閉じられた分、音がよく聞こえた。周りで話しをしている声がする。
「――を、――を見なかったか?」
おや、誰かが誰かを探しているようだ。
俺は片目をあける。
「……誰だろう」
「なあ、デイズを見なかったか? 知らないか?」
少し遠くで、長身の男が他の冒険者に聞いて回っている。夜で空気が冷えているというのに、上半身を露出させた男だ。筋肉がたくさんあると体感温度も高くなるのだろうか?
「おおい、ルークス。なに言ってるの?」
俺だけじゃなくて、みんな眠たいんだから。あんまり騒ぐなよと注意したつもりだった。
「ああ、隊長――」
俺はポリポリと頬をかく。
「隊長って言い方、慣れないな」
「デイズを見なかったか?」
「デイズって誰さ?」
「俺の相方なんだ。いつも一緒に冒険してた。これくらいの身長で、亜人なんだけどけど――」
「いや、見てないな。フェルメーラ、見たか?」
「いんや。それより僕もう眠いから話しかけないで」
薄情なやつめ。
俺はよっこいしょ、と立ち上がる。
「探してるんだろ、その人を? 行軍の間にはぐれたの?」
「デイズは俺より体が弱いんだ、それで……ついて来られないから少し遅れていくって。だからここにはついてるはずで――」
たぶん焦っているのだろう。言葉がぐちゃぐちゃだ。
「とりあえず探すか」
俺はそう言った。
「い、一緒に探してくれるのか、隊長」
「その隊長って言い方、やめてくれ。榎本か、あるいはシンクで良いよ」
「じゃあシンク隊長で。ありがとう、一緒に探してくれて」
「べつに良いよ」
どうせそこらへんにいるだろうし。
拠点は広いとはいえ、俺たちならず者部隊がいる場所は限られている。廊下のどっかで寝転がっているだろうさ。
そう思って探し始めたのだが……。
「デイズを知らないか?」
「え、誰だそれ?」
「デイズを知らないかよ?」
「知らないよ」
「デイズを――!」
「うるせな、眠いんだから黙ってろよ!」
けっきょく、最後のやつとは殴り合いのケンカになったので俺が必死で止めた。
あちこちを探したのだが、デイズというルークスの友人は見つからなかった。正規兵たちの寝ている部屋も見させてもらったが、デイズという人はいなかった。
一通り回って、俺はなんだか妙な違和感というか……嫌な予感を抱いていた。
「なあ、ルークス。そのデイズって人さ――」
もしかして、この拠点まで来れていないのではないか。と、そう思った。
「あ、いや。シンク隊長。一緒に探してくれてありがとうな。もう遅いから。寝てくれよ」
「いや、そういうわけにもいかないだろ――」
こういうのを乗りかかった船という。俺は乗りかかった船から途中で降りることなんてしない。そういう中途半端なことは嫌いだ。
「いいんだって。ありがとうな、シンク隊長」
ルークスが歩いていく。
その背中がなんだか寂しい。
友達とはぐれたのだ、しかもその友達はもしかしたら大変なことになっているかもしれない。気が気でないという様子。
そういう男がなにをするのか、それは簡単。無茶をするのだ。
俺は歩いていくルークスに無言でついていく。
ルークスは廊下の途中で立ち止まった。そして廊下に無造作におかれた、棒状のものを持つ。それは槍のような形状のものだが、ようするに刃の部分がなくなった大斧だった。
「バカなことをするって、止めるか? シンク隊長」
「いいや」
こいつは外に出て、友達を探しに行くつもりなのだ。
仲間思いの良いやつじゃないか。
最初こそ突っかかってきて、まあそこらへんにいる冒険者と同じかと思ったけど。でもそういう姿を見せられては――。
「手伝わないわけにはいかないよな」
「え?」
「ルークス、あんた馬には乗れるか?」
「ま、まあ……いちおう」
「よろしい」
歩いて探しに行くなんてそんな大変なことできるかよ。
俺はイタズラを思いついた子供のように笑う。
友達思いのルークスのために、一肌脱いでやろうじゃないの。
他人のために頑張るってとき、疲れなんて吹っ飛ぶもんさ。それが俺、榎本シンクという男だ。




