395 歯車の音
「ガングー・カブリオレのだ」
と、俺は見得を切るように2人に言い切る。
「ガングー・カブリオレの? それはつまり初代ガングーの、ということですか?」
「それ以外にガングーがいるのかよ」
と、思ったけど目の前にいたわ、13世が。
「つまりなんだい、魔王はそんなくだらない理由でテルロンを攻めたということかい?」
「だろうね。あの男ならそういうことをやる」
そう、金山ならば。
常人からすれば頭のおかしいと思えるようなことを平気でやるのだ。俺のことをバカにするためにだけに、俺としばらく一緒に旅をするような男だぞ。
ガングーの真似をすることくらい、やって当然だ。なにせあいつはガングーのようになりたがっているのだから。
「ありえません。ガングーの真似をしたいですって? それではまるで子供のごっこ遊びではありませんか」
「その通り! 魔王が、金山がやっているのはただのごっこ遊びさ。あいつと剣を交えた俺には分かる。あの男はそういうことをする男だ!」
エルグランドとガングー13世は顔を見合わせてうなずいた。
どうやら俺の意見を真剣に聞いてくれるつもりになったらしい。
「と、なりますと……次はへスタリア方面ですか?」
「たしかテルロン攻囲戦が終わった後の初代ガングーは、へスタリア方面軍に編成されたんでしたよね?」
へスタリアっていうのは、あれだよな。この前まで俺とシャネルがいた国。
「ガングー、貴方の先祖のことでしょう。ちゃんと覚えておいてください、そうですよ」
「テルロンからなら、たしかにへスタリアの方へも行きやすいか」
「しかしこれ以上戦線を広げるとは考えにくいですよ。時代も違います、いまさらへスタリアに攻め入る理由は皆無なはずです。それにあそこには教皇がいます、まさかヴァチカンを刺激すれば世界中を敵に回すことになる」
「意外と、あっちはそこまで考えてないかもな。今回のテルロンとやらと同じように、なにも考えなしにへスタリアの方へ向かうかもしれないぞ」
俺の言葉に、2人がゴクリとつばを飲み込んだ。
「エノモト・シンク、本当に信じて良いのですね?」
「まあ、胸糞悪い話ではあるが、おそらく俺が魔王のことを一番よく分かっている」
なんせかつては友人だったのだ、俺たちは。
「ガングー、もしもそんなことになればドレンスは世界中から笑いものになりますよ。ドレンスの港町が、ヴァチカン陥落の足がかりにでもなってみなさい」
「それは……恐ろしいね」
「急ぎ軍を編成し、テルロンに向かうべきです」
「しかしエルグランド、指揮は誰がとるんだい?」
「おまかせください、私がとりましょう。それにここにいるエノモト・シンクも」
「おい、ちょっと待て」
「なんです、エノモト・シンク」
「どうして俺が行くことになってる」
さらっと連れて行かれそうになってたよね、俺も。
違うからね。俺はべつにそういうつもりでここに来たんじゃないからね。
「榎本くんは我々と一緒に戦ってくれるつもりじゃないのかい?」
「違います」
「いまさらそれはナシですよ。ここまで国の中核での会議を聞いておいて」
「そうは言うけどな、あんたらはいまだに俺に隠している。どうしてこの俺を軍隊に引き入れたいのかを。なるほど、ならず者の冒険者たちを率いるならば知名度と力が必要だというのは分かった。けれどそれにしたって、他に手はあるはずだ。どして俺にこだわる?」
「我々が貴方に拘泥している、と?」
くそ、エルグランドのやつ難しい言葉を使いがって嫌なやつだ。
「そうだ」
と、言葉の意味はよく分からないが言ってやる。
「裏があると、貴方はそう言いたいのですね。ではこうしましょう、私とガングーは貴方に惚れ込んだ。ですのでぜひ一緒に戦いたいのです」
「嘘をつくにももう少しマシなもんを用意してくれ。俺は生まれてこの方、誰かに惚れ込まれたことなんて皆無なんだよ。それがいきなり、なんて信じろって方が無理だ」
「エルグランド、もう良いのではないかい?」
「……くっ。エノモト・シンク。言っても笑わないと約束してくださいよ」
「はい? 笑う?」
エルグランドは俺の耳に顔を近づけた。
「ガングーの言うことを、笑わないでくださいと言っているのです」
「お、おう」
なんだ?
なんの話だ?
ふと、嫌な音がどこかから響いた。それは俺の鼓膜を震わせた音ではない。なにか心の奥底から聞こえたような――コチリという音。
「榎本くん」
「なんです?」
なんだかしらないが、ガングー13世の目がキラキラしていた。
「榎本くん、キミは神様に選ばれたのです」
「………………はい?」
「分かりますよ、榎本くんの動揺は」
「エルグランド、この人いったいぜんたい何を言ってるんだ?」
「聞いてやってください」
やれやれ、というふうにエルグランドは頭を横にふる。どうやらこの発言をおかしいと思っているのは俺だけではないようだ。
「えーっと、とりあえずなに? え、神様?」
それってつまり、アイラルンのことか?
「榎本くんは神様を見たことがあるかい?」
「え? いや、まあ……」
曖昧に答える。
ここで見たことありますよなんて言ったらやばいやつだ。
「私は見たことがあるんだ」
……やばいやつだ。
「お、おい。エルグランド!」
「とにかく最後まで話を聞いてください」
「わ、分かった」
分かりたくないけど、ここはそう言うしかない。
これ、最後はツボを買わされるやつじゃないだろうな?
「榎本くん、私は天啓を受けたのです」
天啓ってあれだよな、神様のお告げみたいな……。
「そうっすか」
「この戦い、我が軍にキミのことを加えれば勝てると!」
「へ、へえ」
ちょっと引いてる。
うそ。
ドン引きだ。
「はあ……だから本当の理由は言いたくなかったのです」
どうやらエルグランドがひた隠しにしてきた、俺をしつこく勧誘してきた理由はこれだったらしい。電波の人だったとは、ガングー13世。
「それで、アイラルンがなんて?」
俺はつい、そう聞いてしまった。
「アイラルン?」
しかし、ガングー13世はそのあぶらでテカった顔を不思議そうに歪ませる。
「え? 違うんですか?」
「どうしてアイラルンなんだね。冗談はやめてくれたまえ。私が見た夢は――」
その瞬間、俺はたしかに聞いた。
コチリ、とそういう音を。
まただ、また聞いたのだ。
さっきからなんなんだ。断続的に聞こえるこの音ともつかない音は。
嫌な予感がする。
なにか嫌な予感が。
この場からいますぐに逃げたい。でもそれができない。なぜなら俺はこれ以上、どこにも逃げることなんてできないのだから……。
俺はあっちの世界で逃げて逃げて、逃げてきた。それが悪いことだとは思わない。
でも、だからこそ、こっちの世界では逃げるわけにはいかないのだ。
覚悟を決める。いや、覚悟なんてとっくに決まっていたんだ。戦う覚悟は。
「エノモト・シンク。どうしたんだ、顔色が悪いようだが」
「いや、なんでもない。それで、その神様って? アイラルンじゃないとしたら誰?」
そんなの決まっている。
アイラルンではないとすれば、あと1人しかいない。
「それはね、女神ディアタナ様だよ」
コチリ、という音がした。
それがなにか機械の歯車を回す音なのだと俺は察した。
動き始めた地獄の機械。それに俺は巻き込まれていく。
コチリ、コチリ、コチリ。
かつて英雄ガングーがそうであったように。俺もまた、女神たちの手のひらの上で踊ることになるのだろうか――。




