040 5分の1
さて、最後に残ったこの女はどうしたものか……。
僧侶はその体にロープを巻かれ、シャネルにひかれて無理やり歩かされている。その顔には生気はなく廃人のようだ。仲間が死んだのがよっぽどこたえたのだろう。いいや、月元が死んだのが、というべきか。
縛ったことにそう意味はなかった。ただそうでもしないとこの女はずっと山頂のカルデラから離れようとしなかっただろうから、無理やり連れ帰るために縛っただけだ。
連れ帰ってどうする、とも考えていない。
シャネルは「どうせだから奴隷扱いしてこき使ってやりましょうよ」と言う。たしかにそれも良さそうだった。
なにせかなりの上玉だ。あの月元がお気に入りの女――あるいは恋人なのだ。清楚で優しそうで顔立ちも整っていて――どこか守ってあげたくなるような美少女だ。だからこそ、イジメてやりたくもなる。
悪くない、と思った。
奴隷というならこのまま性奴隷にでもしてやりたい。この女を無理やり犯してやるのだ。それもまた月元への復讐の一つだろう。
俺は下山しながら考える。
しかし考えれば考えるほどに、まったく、面倒だった。この女をどうすれば良いのか決めかねている。殺してしまうのが一番手っ取り早いのだろうが……でもそれも勿体無い気がする。大事だよね、勿体無いの精神。
「あっ」
シャネルが呟いた。
なんだ、と思うと僧侶がジタバタと暴れてシャネルが手に持っていたロープを離したようだった。
「逃げるつもりか――」
だとしても良かった。
月元さえ殺したのだから。もう他はどうなっても構わない。
だが僧侶は俺たちから逃げたのではなかった。そうではく――生きることをやめたようだった。
山の斜面、その断崖となっている場所から僧侶は飛び降りた。
「あーあ」シャネルが断崖を覗き込む。「落ちちゃった」
「飛び降り自殺か」
まさかそこまでするとは思わなかった。
よっぽど月元のことが好きだったのだろうか。
「どうする? 私たちも降りてみる? あの女が町に戻って私たちのことを言いふらすかもしれないわよ。そしたら私たち犯罪者だわ」
「いや、その心配はないだろう。この高さだ――」俺は下を覗き込む。死体すらも見えない程に高い。「死んでるさ」
「そうね」
これで、月元のパーティーは全員が死んだことになる。
……ははは。
悩みが消えたわけだ。自分の手を汚すことがなんとなく嫌だったのは、たぶん僧侶が俺の好みに近い少女だったからだろうな。
「ねえ、もしかして落ち込んでる? 無理もないわ、人を殺したんだから……」
シャネルがいたわるように寄り添ってくれた。
「………………」
「それに、あの月元というやつも知り合いだったのでしょう? 復讐って辛いことよね、きっと」
何を言っているのだろうか?
だから、俺はシャネルに笑いかけてやる。
「まさか」
あっはっは、と笑う。
「最高の気分だよ! 俺はあいつに復讐してやったんだ! どれだけ望んだことだろうか!」
「落ち込んでたわけじゃないの?」
「そう見えたか?」
だが、悩んでいたというのはある。しかし、僧侶が死んで決心した。
「なあ、シャネル」
「なあに?」
俺は山からの景色を見る。ああ、雄大で奇麗なもんだな。
「俺は決めたよ。――許そう」
「許す?」
「ああ、月元を許そう。これにて俺の復讐の5分の1は終わりだ。あと4人。それはおいといて、月元は許す。なぜなら俺はやつへの復讐を終わらせたからだ!」
そうだ、罪悪感などない。なぜなら俺は月元を許したのだから……。
復讐とはなんのためにある? 相手を殺して満足感を得るためにあるのではない。その結果として相手を許すためにあるのだ。それこそが復讐であると、そう決めた。俺が、そう決めた。
他人を許すというのはとても贅沢なことだ。なぜなら自分のほうが立場が上ではないと、絶対に他人のことを許すなんてできないからだ。自分より上の人間を許すことなんてできない、それはただ諦めただけだ。心のどこかに闇を抱えることに成る。
だけど今の俺は違う。心の底から月元を許してやった。
「ありがとう、月元。お前の情けない姿、見てて楽しかったぜ。バーカ!」
俺の「バーカ」という叫びは山と山の間をこだまする。
シャネルは俺に嬉しそうに抱きついてくれた。そして俺の頬にキスをしてくれた。
まったく、俺はあんな情けない奴にイジメられていたのか。
バカバカしい。
だがもう、そのトラウマは克服してやった。
進もう……次に。俺は清々しい気持ちで空をあおいだのだった。
まだ俺の復讐劇はこれからだ。つまりは、まだ俺は復讐をやりたりないのだ! 待ってろよ、あと、4人!




