390 フミナとお出かけ
馬車に乗って街まで出ることになった。
「さすが貴族だなあ」と、俺は思わず言ってしまう。
でもその発言は少しだけ嫌味っぽい気がして、確認するためにフミナの顔色をうかがう。
「お兄様は貴族というものは外を歩かないものだと思っている」
「なんだそれ」
「だから私にも、こうして馬車で外に出ることをすすめる。私は正直、あんまり好きじゃない」
馬車に乗り込むと、フミナは御者に街に行きたいと告げた。
それで、馬車はゆっくりと走り出した。
パリィの街の大通りは、馬車が通りやすいように区画整理されている。それは昔からそうだったわけではなく、ある程度はガングー13世の功績だ。
もともとあった建物などを、交通の便をはかるために取り壊したりしたらしい。
「なんだかなあ……」
貴族の馬車というのは、たいていが側面などに家紋が描かれていて、外から見ればこの馬車に誰が乗っているのか分かるようになっている。たぶんそのせいだろうけど、窓の外に見える街の人たちが
こちらを見ている。
「どうしたの?」
「人の視線が気になるんだよ」
「……私も」
フミナは体を縮こませた。
その瞬間、俺は思う。
――あ、これやばいやつだ。
あきらかに人選が悪い。コミュ障とコミュ障で街に繰り出して、ろくなことになるはずがない。
「ちなみにフミナは街に出たこと、あんまりないんだよな?」
「というか初めてです。パリィに来て行ったところは宮殿だけです」
「そうか。それで、どこに行きたいの、今日は」
フミナはきょとんとした顔をする。
「これといって、行きたいところもない」
「ようするに暇つぶしだ」
「そう」
これは困ったな、ますますシャネルがいてくれた方が良かった。ようするにフミナは街の観光がしたいのだろう。けれど俺はこの街のことをよく分かっていないのだ。
パリィにはけっこう長いこと滞在しているのに。情けないね。
「シンクさんがいろいろ教えてくれるかと思って」
「任せてくれ、とは言いづらいな」
とはいえ、パリィの街にはおおよそ常人が想像するもののすべてがある。
観光名所も大量にあって、適当に歩いているだけで人気のスポットに行くことができる。そのスポットのことを知らなくても、なんか人がたくさん集まっているところがあれば、たぶんそこが名所なのだ。
馬車がとまり、そこで降りる。
どうやらパリィの街には馬車を停めるための場所があるらしい。俺は自家用馬車なんて持っていないから知らなかったけど。
「帰りはどうするんだ?」
「流しの馬車を拾います」
「ふむ」
それとなーく、ポケットに手を入れる。財布にしている巾着はある。良かった。さすがにね。恥ずかしい思いはしないですむ。
馬車を停める場所は大通りにあったので、そのまますぐに散策開始だ。
「さてさて、まずはなにをしようかね」
「なにをします?」
女の子と2人きりで外にでる。これったつまりデートじゃないですか?
「そうだな、個人的に良いか?」
「はい」
「シャネルになんか買っていってやりたいんだが」
「シンクさんって本当に鈍感」
「え?」
「普通、女の子の前で他の女の子の話なんてしない」
「そういうもんなのか……」
たいていはシャネルと2人きりだったからな。考えたこともなかった。
あ、というか俺ってもしかしてこれまでも他の女の子と一緒にいるときにシャネルの話を出してな
いか? もしかして……ずっと鈍感野郎だって思われてた?
「まあ良いです、シャネルさんにプレゼントですね。なにが良いでしょうか」
「服、とかかな?」
シャネル、服を買うのが好きだからな。プレゼントしたら喜びそう。
そしたらシャネルも機嫌が良くなるだろう。フミナは照れているだけだと言ったけど、あんまり信じられない。
「服ですか」
「ダメかな?」
「サイズって分かる?」
「あっ……」
胸がデカイのは分かるけど、そのサイズがどれくらいかと聞かれれば不明だ。
「それに服はその子の好みもある。安いものでもないのだから、本人にプレゼントするというのはすごい勇気がいること」
「たしかに。服はやめておくか」
「もっと軽いもの……たとえば食べ物なんてどう?」
「食べ物か。それは良い案かもしれない」
そうだよね、いくらシャネルでもいきなり服なんてプレゼントされたら困るよな。
というわけで、街を歩き出したのだが。
「人が多い……」
フミナは早くもうんざりしたようだ。
まあたしかに、広い道なのに人でごった返している。昼過ぎの時間だ、一番人が多いのかもしれない。
「フミナのいた町じゃあ、こんなに人はいなかったものな」
「田舎者とバカにしている」
「べつにしてないよ」
俺だって異世界に来る前は地方の田舎に住んでたし。パリィというのは少なくともドレンスの首都なのだ。東京くらい都会、ってのは言い過ぎだけど。
「今日はお祭りでもあるの?」
「さあ、どうだろうな。でもパリィの街はいつでもお祭り騒ぎみたいなもんさ」
人の行き来には流れがあった。それに逆らうのは面倒なので、行く宛もない俺たちはその流れにそって歩いた。
「シンクさん……」
不安になったのだろう、フミナは俺の服の裾をつまむ。
「はぐれるなよ。スマホもないんだから、はぐれたら連絡とれないんだから」
「スマホ?」
「こっちの話だよ」
人々はどうやら、どこかへ向かっているらしい。どこへ行くのだろうか? 俺は歩きながら気にしていた。
道が集まる広場に出た。
その中心に巨大な建物があった。
いかにもなゴシック建築の建物。四角い建物から左右に、ウサギの耳のように塔というには大きすぎる突起が出ている。凹型の建築物だ。
「ああ、ノートルダム大聖堂ですか」
と、フミナが言う。
「おー、なんか聞いたことあるな」
そうかそうか、パリィにもあるのか。そりゃあ凱旋門だってあるんだ。他の有名な建築物もあるよな。でもエッフェル塔はないんだよな、あれば良いのに。見たいんだけどな。
「なにかやってるみたいですね」
「なにかやっているということはつまり、それを見に行くということだ」
「そうなんですか?」
どうやらフミナはそんなに好奇心がおうせいじゃないようだ。これでシャネルだったらすぐに同意してくれたんだけど。
「フミナ、こういうのは気になったままにしておいちゃダメなんだ。そうしたら夜、うまく眠れないからな」
「そもそも気にならない……」
まじかよ、と思いながらもまあいいやと俺は歩き出す。
フミナははぐれるわけにはいかないとすぐについてくる。
人々が列をなして、中央には道ができている。そこを正装を着る兵士たちが歩いていた。
「マジでお祭りというか、祭典をやってるみたいだな」
「なんでしょうか」
人垣のせいで道がよく見えないのだろう。フミナがぴょんぴょんと飛び跳ねる。そういう子供っぽい仕草を平気でやるフミナが、なんだかとても愛らしく思える。
「持ち上げてやろうか?」
「恥ずかしい。でも肩車なら良い」
いや、そっちのほうが恥ずかしいだろ。それに、さすがに女の子を肩車するのは俺もきつい。体力的にも体面的にも。
わっと歓声がわいた。
見れば、ノートルダム大聖堂の入り口の方に馬に乗った小太りの男がいた。ガングー13世である。ガングーは決めポーズのように片手を上げて、精一杯の決め顔をしていた。
精一杯の、である。
よく見れば口元が引きつっている。緊張しているのだろう。
その後ろにはエルグランドがひかえている。
「ガングー13世と、あとはフミナのお兄ちゃんがいるぞ」
「お兄様が? どこ?」
「あっちだ」
「よく見えない……」
「よし、じゃあちょっと前に行ってみようか」
俺は人垣をかき分けて進む。もちろん嫌な顔をされるが気づかないふりをした。こういう図太さは、少なくとも異世界に来たばかりの頃はなかったものだ。俺も少しは成長したのである。
一番前まで行って、ガングー13世もよく見えるようになった。
なにか演説でもするのかなと思ったら、ガングー13世は手をふるばかりだ。さすがに見ていた人たちも白けてきたように思えた。
「あ、見えました。お兄様がいます」
「手でも振ってやりな」
「恥ずかしい」
じゃあ俺が、とエルグランドに手をふる。
エルグランドは目ざとくこちらに気づいた。一瞬だけ嫌そうな顔をしたが、少しだけこちらに手を振り替えしてきた。
それを自分に振られたと勘違いしたのだろう、俺の隣にいたおばさまがキャアキャアと黄色い歓声をあげた。
それで俺はふと思った。エルグランドってあれだな、イケメンだけどとりわけおばさま受けしそうだな。そういうアイドル的人気をもっているらしい。
ガングー13世は英雄的人気と。
エルグランドはアイドル的人気。
そういうふうに男女に好かれる政治家――政治家なのか?――コンビなのだ。
「あんまり邪魔しちゃ悪そうだな」と、俺は思ったことをそのまま口に出す。
「そうですね」
俺たちは離れていく。
それにしてもエルグランド、俺と同じくらい飲んでたのに二日酔いは大丈夫だったのだろうか。顔色が少しだけ悪いように見えたが、それは疲れのせいかもしれなかった。




