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388 自己評価の低い2人


 しこたま酒を飲んで、部屋に戻って。


 そしたらベッドの上にシャネルが寝ていた。


 可愛いかったので抱きついた。


 そう、俺は酔っているのだ。


「んっ……」


 シャネルが喘ぎ声のような声を出した。


 俺は調子にのって胸を揉んでみた。


 いやあ、大きな胸ですなあ。


 いつもは間違っても触ることなんてできないけど、相手が寝ているのでこうして触ることができるのだ。げへへ。


 よしこのまま、やってやろうと思ってさらに強くもんでみる。


 シャネルは起きているのか? いや、寝ているんだろうな。だって反応しないもの。


 よし、じゃあこのまま――。


 このまま。


 このまま?



 ――――――



 はっ、と目を覚ました。


「朝じゃねえか!」


 なぜだか、気がついたら朝になっていたんだ。


 シャネルは!?


 あ、部屋の椅子に座っている。


「おはよう」と、少し不機嫌そうな顔をしている。


「お、おはよう」


 これはあれかな? 胸を揉んでいたのがバレているのかな?


「シンク」


「は、はい」


 なんだろう、いつもとは違いシャネルが怖いぞ。目が冷たいというか……。


「昨日の夜は楽しかった?」


「あ、いや……まあ。あはは」


 愛想笑い。


 楽しいかどうかで言ったら、もちろん楽しかったのだろう。でも悲しいことに記憶が曖昧なのだ。なんかシャネルの胸を欲望にまかせて揉んだ気がするのだが……。


 手にはまったく感触らしいものは残っていない。


 残っているものがあるとすれば昨日のアルコールだけ。


 二日酔いである。


「夜中に帰ってきてさ――」


「起きてました?」


 俺は聞いてみる。なぜか敬語になってしまう。


「寝てたわよ、寝てたの。貴方のことを待ちくたびれてね」


 ふんっ、とシャネルはそっぽを向いた。


 やっぱり怒っているようだけど……あれ? もしかしてこれ、胸を揉んだから怒ってるわけじゃないのか? なんだか違う気がする。


 そもそもシャネルが胸を揉んだくらいで怒るとも考えれないし。


「あの、シャネルさん? 質問していいですか?」


「内容によっては答えないわよ」


「怒ってますよね?」


「怒ってるわね」


「なんで?」


「分からないの?」


「だからその……胸をもんだから?」


 シャネルは深い深いため息を付いた。それこそ、ため息のさいに肩と一緒に胸が揺れて落ちるほどの深いため息だった。


「あのね、シンク。私はそんなことじゃあ怒らないわよ」


 あ、やっぱりか。


 じゃあなんで怒ってるんだ?


「でも勝手に触ってごめん」と、いちおう謝る。


「まったくシンク、貴方ってなーんにも分かってないのね」


「分かってないです」


「私はね、貴方が手を出したから怒ってるわけじゃないの。むしろまったくその逆。貴方が私になにもしてくれないから怒ってるの。私ってそんなに魅力がないかしら?」


「えっ?」


 いや、そりゃあすっごい魅力的な女性だと思うけど。


 だってシャネルは俺の好みの女性なんだから。服装はちょっとフリフリしているけど。それ以外のすべてはもうドンピシャの好みだ。


 長い銀色の髪は雪のように美しい。


 勝ち気な瞳はしかしいつも俺を優しく見つめてくれて。


 声もよく通って可愛らしくて、いつだって俺のことを考えてくれていて、魔法だって上手につかえて。それになにより、スタイルが良い。おっぱいがでっかい。


 これを魅力的な女性じゃないと言う人間はこの世にいないはずだ。


「せっかく部屋も別々にしてもらってさ。寝ているところをなし崩し的に狙おうと思ったのに」


「え、もしかしてシャネル……」


 そういうことをやりたかったの?


 そういうことってのはつまり、まあ、なんだ。あれだ。エッチなこと。


「それなのにいざ行ってみたら、貴方いないじゃない。それで私は待ちぼうけよ。せっかく可愛らしい下着までつけてたのに、バカみたい」


「いや、シャネル。それは、その……」


 エルグランドが帰してくれなかったんだ。


 そりゃあ俺もたくさんブランデーを飲んで楽しかったけど、でも悪いのは俺じゃなくてエルグランドなんだ。


 しかしそんな言い訳、シャネルに通用するはずもなく。俺はただしどろもどろになるのだった。


「それで貴方、戻ってきたと思ったら私の胸だけ揉んでさ。やっと始まるかと思ったのにそのまま寝ちゃうんですもの。私の胸にはまくら程度の価値しかないのね」


「そんなこと無いと思うけど……」


「実際そういう扱いをしたじゃない。きっと貴方は私のことなんて好きじゃないんだわ」


「それは違う。断じて違う。俺はキミのことが好きだ」


 自分で言っておいてなんだが恥ずかしくなる。


「どうだか。貴方って本当は私みたいに下品に胸の大きな女じゃなくて、もっと小ぶりな女の子が好きなんだわ」


 いや……まあたしかに俺は少しロリコンなところがあるけど。


 べつにどっちが好きとかじゃなくて。


 卑怯な言い方をしてしまえばどっちも好きで。


「シャネル、ごめんよ。どうしたら許してくれる?」


 シャネルに嫌われたくない。その一心で情けない声がでる。


「そんなの分からないわ。ごめんなさいね、嫌な女で。なんなら私のこと、嫌いになってくれても構わないわ」


 シャネルはそう言った。けれど目の奥がうるんでいる。


 嘘なのだ、シャネルの言葉は。


 彼女は嫌われても良いなんてこれっぽっちも思っていないのだ。


 じゃあ、なにを考えて嫌いになってくれても良いなんて言うんだ?


 考えれば考えるほどに、俺は悲しくなってきた。


 それはシャネルも同じなようで。


「ごめんなさい、部屋に戻ってるわ」


 泣きそうな顔で部屋を出ていこうとする。


「待ってくれ、シャネル!」


 俺はなんとか彼女を引き止めた。


「なあに?」


 シャネルは警戒するように振り返る。


「これだけははっきりさせておく、俺はお前が好きだ! 大好きだ、愛してる!」もうこうでも言わないと、シャネルが俺の元から離れていく気がしたのだ。「だけど俺は童貞なんだ! つまりなにが言いたいかっていうと、キミはなにも悪くないってことだ!」


「悪くない?」


「魅力がないわけじゃない、むしろ魅力的すぎる。だから手が出せないんだ! だって童貞だから!」


 シャネルはくすりと笑った。


 今日、初めてシャネルの笑顔を見た。


「バカねえ。私だって処女よ」


「つまりそういうことだ! 俺たちはお互い初めてで、人間ってのは初めてのことはとかく失敗しやすいんだ! だからその、もう少し待ってくれ!」


「もう少しってどれくらい?」


「俺が金山を殺すまでだ!」


 たぶん、俺がシャネルとそういうのことをできるのは、なにか大きなことを成し遂げたときで。それってつまり、俺の復讐が終わったときだと思う。


「私、そんなに我慢できるかしら」


「俺だって我慢できるか分からない!」


 シャネルはじっと俺のことを見つめた。


「ひとつだけ、いいかしら?」


「なんだ」


 もしかしたら、またシャネルは悲しいことを言うかもしれないと身構えた。


 けれど、違った。


「貴方は私を魅力的だというけど、私にとって貴方のほうが魅力的よ」


 それを捨て台詞のように言って、シャネルは部屋を出ていった。まるでそう、恥ずかしがって逃げ出したように。


 魅力的?


 俺が?


 分からなかった。なにせそんなこと、はっきり言われた経験はほとんどないのだ。


 自己評価の低い男、榎本シンク。


 もっとも自己評価が低いという意味ではシャネルも同じようなものかもしれなかったが。


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