039 決着、グローリィ・スラッシュVSグローリィ・スラッシュ
「よお、久しぶりだな」
俺は余裕を見せつけるように言う。
実際、俺は体力も万全。しかし月元はかなり疲れている。これならば、勝てるはずだ。
「てめえ、生きてるとは思ったぜ!」
おや、これは不思議なことを言う。
まさか月元が俺のことを買っていて、生きていると信頼してくれていたわけじゃないだろう。
「そりゃどうも」
俺は適当に答え、剣を構えた。
鞘はないものの、まるで居合のような構えだ。
それを見て、月元はすぐさま気がついたようだ。
「なんだてめえ……ふざけてんのか」
「さあ、どうだろうな」
「キモいんだよ、真似してんじゃねえ!」
月元が同じように構える。
双方が魔力を貯める。俺の方が先に始めたというのに、魔力をチャージするのは月元の方が一瞬早かった。
「覇者一閃――グローリィ・スラッシュ!」
光のビームが。
「隠者一閃――グローリィ・スラッシュ!」
闇のビームが。
俺たちの中心でぶつかり合う。
負けられない。絶対に負けてたまるものか!
体中に力を入れる。押されている……? 足が少し後ろに下がる。
「ううおおっ!」
気合を入れるために叫ぶ。
魔力が上がる感覚――いいや、俺の命を使って魔力を燃やす感覚だ。
ははは、ここで死んでもかまわねえ! かまうけど、かまわねえ! ここで勝てなくちゃ、俺の人生には何の意味もなかったんだ!
イジメられて、学校にも行かなくなって、あとは死ぬのを待つだけだった。
でも異世界に来て俺は変わったんだ。
ここで負けたら、変われた意味がないだろう!
「くそおっ!」
月元の声。
押し返した。
このまま、前に――。
俺は力強く踏み出し、剣を振り抜いた。
黒いグローリィ・スラッシュが輝くグローリィ・スラッシュを飲み込んだ。そしてそのまま月元へと到達する。
「ああっ!」
月元の情けない叫び声。
俺は傷一つなくその場に立っている。
たいして月元は、まるで嵐にみまわれたかのように体中を傷だらけにしてその場に倒れていた。
――勝った。
「ははは」
小さな笑い声が出た。
やがてその声は大きくなる。
「わっはっは!」
大笑いが止まらない。勝利、勝利、勝利!
「きゃあっ!」
せっかく人がいい気分で笑っていたのに、悲鳴が聞こえて気が抜けた。
なんだよ、と悲鳴の方向を見ると僧侶が恐怖に顔を引きつらせていた。そのそばにはシャネルがいる。シャネルは僧侶の腕を捻り上げていた。
「や、やめてください!」
シャネルが無言で僧侶の細い指を掴んだ。
――ゴギッ。
鈍い音がした。
シャネルが容赦なく指を折ったのだ。
まずは右。そして次に左。両手の指をグチャグチャにすると、シャネルはまるで興味を失ったかのように僧侶をほうるように開放した。
僧侶は泣き出した。その姿はどことなくエロい。もしこれが月元の女じゃなかったら今すぐ駆け寄って優しい言葉をかけてやりたいくらいだ。
「お前、なにすんのよ!」
魔法使いがシャネルに向かって氷柱を飛ばす。
シャネルはその攻撃をなんなく避けると、俺の方へとステップでも踏みそうな様子で駆けてきた。
「ね、ちゃんと出来たでしょ? ああやって指さえ折っておけば魔法は使えないから」
「相変わらず酷いな、お前って」
「あら、貴方のためよ」
魔法使いがこちらに杖を向ける。
「――このまま全ては凍る!」
これはこの前に一度うけた禁術とかいう魔法だ。
シャネルが前に躍り出る。
「大丈夫か?」
「ええ、任せて」
シャネルは優雅に杖を抜いた。そして、呪文を唱え始める。
「久遠の過去より悠久の未来、燃え盛りし炎は我が愛、陽炎。地獄の業火に焼かれようとも、我が炎はついに消えず――ヘル・フレイム」
それはこれまで聞いたことのない呪文だった。
シャネルの杖から黒々として炎が溢れ出す。その炎は大地を燃やし尽くすように燃え広がっていく。魔法使いが使ったアイシクル・エデンの氷すらも急速に溶かしていく。
「ふざけるんじゃないわよっ!」
魔法使いが気合を入れる。
だが、シャネルはどこか余裕の表情だ。
杖をタクトのように振ると、炎が巨大な蛇の形になった。
対して魔法使いの氷は角を持つ馬――ユニコーンの形を取る。
蛇とユニコーンがからみあい、やがてユニコーンの体が崩れだす。魔法使いは慌てたように「くそっ、くそっ、くそっ!」と連呼して杖を振るが、もう勝負は決していた。
氷像のようなユニコーンは崩れ落ち、ただの水になり、その水すらも一瞬にして気化する。
「なんでよ、私は魔法アカデミーでも最右翼で、勇者のパーティーで魔王も倒して、誰よりもすごい、世界で一番の魔法使いなのよ!」
魔法使いはヒステリックに叫んだ。
それに対してシャネルは薄笑いを浮かべる。あきらかに相手をバカにした笑いだった。
「このシャネル・カブリオレがただ魔法をお上手に使えるだけの小娘に負けるとでも思って?」
「カブリオレ……まさか貴女、直系の――」
「これから死ぬ人間がそんなことを知る必要はないわ」
シャネルの蛇が魔法使いに襲いかかる。そして、一瞬にして奇麗だった女の子が黒焦げの焼死体に変化した。
こうなればもう可愛らしい女の子ではない。ただの悪趣味な死体だ。
「あらごめん、シンク。私が殺しちゃったわ」
「別に良いよ。それにしてもすごいな、シャネルの魔法」
「これのおかげよ」
シャネルは服の裾から炎の石を取り出す。それはシャネルと最初に出会った日に見た魔道具、ジェネレーターだ。たしかシャネルはこの魔道具には火属性魔法の効力を高める効果があると言っていた。
「なんだ、ドーピングかよ」
「別に勝てばいいでしょ」
確かに。
さて、月元はどうなっているだろうか。俺は倒れたままで動かない月元に近寄るとその顔を無理やり引っ張り上げる。
息はある。生きているのだ。
「立場が逆になったな、あの日と」
俺は月元に言ってやる。
もうまともに動くこともできないのだろう。俺にツバを吐きかける気力もないようだ。
「……まえ」
「あ、なんだって?」
「お前……なんだそのスキル。チートじゃ……ねえか」
「俺のスキルが分かるのか? なんでだ?」
答えるつもりはないのだろう、月元は何も言わない。
俺は月元を放り投げる。「まだ死ぬなよ」と、これは労っているわけではない。俺が殺す前に死なれては困るというだけだ。
「やめて、やめてください!」
またうるさい声が聞こえる。
「おい、シャネル。あんまり人様をイジメるなよ」
「イジメてないわよ。ただこの人死にそうだったからトドメをさしてあげようかと思って。いうなれば温情よ、温情」
見ればシャネルは瀕死の武道家に短剣を突き立てていた。それを僧侶の少女が必死で止めている。十本の指が折れているというのによくやる。
「本当にやめてください! 早く治療しないとアリーナちゃんが死んじゃうんです!」
「だから殺してあげるって言ってるのよ。つらいでしょ、こんな状態で生きてるのも」
「やめて!」
「ああもう、鬱陶しいわね」
シャネルが僧侶を足蹴にする。
僧侶の少女はおめおめと泣いている。その目には絶望の色があった。
その瞬間、俺は良いことを思いついた。
「おい、その女を助けてやろうか?」と、僧侶に言う。
「えっ!」
僧侶の女の目に希望が灯った。
ははは――俺は倒れて動かない月元の首根っこを掴み引っ張ってくる。そして月元の顔をアリーナとかいう武道家の女に近づける。
「おい、月元」
俺の声に、月元が少しだけ反応する。
「こいつな、治療しないと死んじまうらしいぞ。でも見ての通りお前のお気に入りの僧侶ちゃんは魔法が使えない。なあ、この状況でこのアリーナとかいう女を助けられるのは水魔法が使えるシャネルだけだ」
「そうね」と、シャネルはさも本当の事だというように答える。
この役者め。
どうせシャネルの水魔法じゃあこんな大きな傷は治せっこない。だがその事を知っているのは俺とシャネルだけだ。
「そこで、だ。おい月元。お前が俺に謝れよ。土下座しろよ。そしたらこの女は助けてやるよ」
俺は月元の首から手を離す。そして、その頭を足で踏み潰した。
「ほら、謝れよ」
気持ちが良い。
完璧な意趣返し、やられたらやり返す、これこそ復讐の醍醐味だ。
「謝れって。お前は目障りなんだよ!」
思いっきり月元の背中を踏む。頭を踏まなかったのはただ、そうしたらそれだけで死にそうだったからだ。それじゃあ俺の気が晴れない。
「ぐっ……」
うめき声が出るだけだ。
「頼む……命だけは逃してくれ」
みっともない命乞いだ。顔は血とおそらく涙でぐちょぐちょになっている。「お願いだ……」と、連呼する月元はバカみたいだ。
「なんでもするから、命だけは助けてくれ。金もやる、この聖剣もやる。クリスも好きにしていい……」
クリスって誰だ? と、思ったら月元のお気に入りの僧侶のことだった。
まさか自分の女まで差し出すとはな。見下げ果てたぜ。
しかしどれだけのものを俺に献上しても、謝る気だけはないようだ。
「シャネル」
「分かったわ」
みなまで言わずともシャネルは短剣を武道家の心臓に突き刺した。
武道家の女は目をカッと見開いき、口から大量の吐血をした。しかしそれ以外に何か言うような素振りも見せずに、死んだ。
「きゃあああああああっっつ!」
その変わり、というように僧侶が叫ぶ。
「うるせえ!」
俺はその声が耳障りで、僧侶の女を蹴りつける。罪悪感はない。どうせこいつは月元の女なのだ。俺をイジメていたやつの恋人ならば、やつと同罪に決まっている。
「言っとくけどな、この女を殺したのは俺たちじゃねえぞ。シャネルが殺したんじゃねえ、月元が殺したんだ。こいつが謝れば、この女は死なずに済んだんだ」
僧侶はその可愛らしい顔をグチャグチャにして泣いている。もうこいつ一人では俺とシャネルに逆らう力も意思もない。
「さあ月元。もうお前のパーティーは壊滅だ。お前も死にそうだな。ずいぶんと惨めな姿に見えるぜ、勇者様よ」
「くそが……」
「あーあ、つまらねえな。そんな事しか言えないのかよ」
俺は月元の襟首を掴み上げ、その顔面を殴る。何度も、何度も殴る。
どれだけやっても気はすまない。
「なんか言えよ、おい!」
「俺が……何をしたっていうんだ……」
「お前は俺の事をイジメた。だから今度は俺の番だ」
俺は月元をまた殴り始める。一方的な快感。
月元はもう何も言わない。
つまらない……。
俺は飽きた玩具を捨て去るように月元をまた地面に投げる。
そして、剣を振り上げた。
「やめてっ!」
僧侶がこちらに来ようとする。シャネルがそれを止める。
空を見上げた。今は何時だ? けれど、薄い月がもう見えていた。
剣を振り下ろした。
一つ、
二つ、
三つ。
月元に剣を突き刺しながら、これまでこいつにやられてイジメのことを思い出す。それら全ての思いを込めて復讐するのだ。
僧侶がこちらを憎悪の目で見ている。
俺はその憎しみに向かって、笑ってやった。
「なんだよ、俺が悪いのか? 悪いのはこいつの方だぜ――」




