381 剥製と小さなケーキ
屋敷の中である。
通された応接室で、俺はキョロキョロとあたりを見回す。なかなか広い部屋だ。調度品は思ったよりも質素で、しかしセンスが良い。豪華すぎないが、質が良いことは分かる程度のもの。
そんな中、俺は壁にかけられたあるものに目がいった。
「なあ、シャネル……」
「なあに?」
「あの、あれ。壁にかかってる動物の生首」
「やあね、シンク。あれは生首じゃなくて剥製よ」
「剥製だか燻製だか知らないけどさ、本当にあるんだな、あれ。シカかな?」
シカにしては角がぎょうぎょうしいけど。なんかモンスターだろうか。
「いわゆるハンティング・トロフィーね。猟でとらえた獲物をああやって剥製にして飾っておくのよ。まあ貴族の趣味だわね」
「あれって実際趣味悪くないか?」
「さあ、どうかしらね」
うーん、剥製っていってもようするに死体でしょ? 部屋に飾ってなんか楽しいのかね。
俺たちが通されたのは、屋敷の応接間。豪華絢爛、とまでは言わないが普通の庶民の家とは天と地ほどの差があった。
「お待たせしました」
フミナが部屋に入ってくる。
その後ろにはメイドさんがいた。
メイドさんだ!
俺ちゃんメイドさんけっこう好きよ。
でもあんまりジロジロ見ているとシャネルに怒られそうなので視線を送らないようにする。美人から視線をそらすのは得意だ、なにせ童貞ですから。
ぱっと見た感じ、メイドさんは手におかしみたいなものを持っているみたいだった。
「べつに気を使わなくてもいいのに」
「2人はお客さんだから。シンクさん、これ食べてください」
「うん? ありがとう」
メイドさん、早く出ていってくれないかな……。
なんていうか、アンティークなメイドさんだ。服装がレトロというか。それこそ俺の横にいるシャネルのロリィタ服みたいにフリフリしている要素がない。だが、それが良い。
もちろんアニメ調のメイドさんも良い、素敵だ。
でもやっぱり古式ゆかしいメイドさんが一番だよね! あ、俺ちょっとひらいちゃった。シャネルに着てもらうことはできないだろうか、メイド服を……。
「シンク、なんだかすごい真剣な顔してるけど? 食べたら?」
「プティフール、お嫌いですか?」
「あ、いや」
ん、なんだこれ? 小さなケーキか? なんか食べ放題とかでよく見るよね、こういうの。
それがたくさんある。いろんな味が存在するみたいだけど、どれから食べようか。
どうぞ、とシャネルからこぶりなフォークを渡される。適当に小さなケーキを選んで突き刺し、口に運んだ。もぐもぐ……甘いぞ!(あたりまえ)
「口にあいます?」
「うん、美味しいぞ」
フミナは少しほっとしたようだった。なんだかメイドさんが笑っている。あ、もしかしてこれってフミナが作ったのだろうか? なんとなく、勘なのだがそんな気がした。
「私もいただくわ。うん、いけるわね。お店で出せそうなくらいよ」
「ありがとうございます」
シャネルもフミナに料理の一つでも教えてもらえばいいのに。と、思ったけど言わない。俺は優しい男なのだ。
メイドさんが出ていく。俺はその後ろ姿だけちらっと見た。やっぱりシャネルにも似合いそうだな、あの服。とくに胸の部分が白くて強調されてたからな。かなり良いぞ、きっと。
俺たちはプティフールと呼ばれた小さなケーキをつまみながら、話しをする。
「貴女と別れたあと、パリィに来たのだけど。そこであった悶着はひどかったわ」
「そうそう、ひどかった」
「シンクったら、エルフが欲しいなんて言い出してね」
え、それ言っちゃうの!?
「エルフ、ですか?」
「そうなのよ。それで奴隷市場に行ったのだけどね――」
あわわ、なんでそんなこと言うのシャネル。そんなこと伝えたら、フミナに嫌われちゃうじゃないか。いや、べつに俺がフミナを好きとかじゃなくてさ。でも女の子に嫌われたくないよ。
――はっ!
ピンときた。
まさかシャネル、わざと俺の評価を下げるようなことをフミナに教えているのか?
なんで? いや、そんなの決まってるか。シャネルはフミナを危険視しているのだ。
「奴隷なんていまのドレンスにはいないはず」
「そうなのよ。でもね、裏じゃあそれを売り買いしてる人たちがいてね」
「そうなんです?」
「ドレンスの闇だな」と、適当に言う。
あんまり変なこと言わないでよ、シャネル。
「でね、なんだかんだ言ってシンクはその悪の商人を成敗したのよ。ね、シンク」
「え? あ、うん。まあそんな感じ」
物は言いようだね。まあたしかに水口の商会をぶっ潰したのは悪の商人をこらしめた、みたいなことになるのかな?
「すごい!」
フミナはキラキラした目で俺を見ている。
シャネルさん、下げてから上げる作戦ですか? けっきょくフミナの好感度が上がってる気がするのだけど。ありがとう、と言ってもいいのだろうか?
けれどシャネルは「しまった」という顔をした、一瞬だけど。
たぶん、俺の悪いところを言ったあとで、思わず良いところを言ってしまったのだろう。シャネルらしいといえばシャネルらしい。
「あとはそうね、この前の教皇選挙はご存知かしら?」
「いちおう」
「あの教皇の護衛とかしたわよね、シンク」
「したな」
「あのときはもう、ひどくボロボロになったわね」
「というか思い返すと、毎回わりとボロボロだろ」
でもまあ、あんときは本当に死にかけたからな。走馬灯みたいなのを見た気もするし。
「すごい、教皇様と知り合いだなんて」
「まあいちおう知り合いだわな」
あっちだって俺のことを覚えててくれると思うし。
なんて話しをしていると、応接室の扉がドンドンと叩かれた。
なんだなんだ、とそちらに視線を向ける。
「たぶんパトリシア」
ああ、あのバカ犬か。
フミナが扉を開けると、パトリシアが飛び込んできた。もちろん俺の方へ。
「バカ犬が!」
たぶん本人はじゃれているだけのつもりなのだろう。
「シンクと遊びたいんじゃないの?」
「俺は忙しいの!」
「ワンワン!」
しかしパトリシアはねばるように俺に対して吠えてくる。
「良いじゃい、遊んできてあげれば。私はフミナちゃんとガールズトークしてるし」
「ガールズトーク?」
え、シャネル、そんな言葉知ってたの? なんか意外。そのうち女子会とか言い出すんじゃなかろうか。
「そうですね」と、フミナも同意してるし。
「やれやれ」
僕は退室した。
なんでもいいけど、たしかに女の子2人でしか話せないこともあるだろうしな。
「じゃあ行くか、バカ犬」
「ワンッ!」
せっかくだし屋敷の中を探索しよう。どれくらい豪華なのか気になるし。
俺とパトリシアは歩き出す。
なんだか犬を連れて歩いていると自分が映画の主人公になった気分だ。ゾンビ映画とか、ポストアポカリプスものとかだと相棒は犬と相場が決まっているのだ。
そう考えるとワクワクしてきたぞ。
俺はスキップするような気分で歩く。パトリシアもゴキゲンだ。
踊る阿呆に見る阿呆ってね。こういうときは楽しんだもん勝ちさ。少なくとも家で引きこもってるよりは……楽しんで歩くほうが良いに決まっていた。




