378 望むは平和な生活
隊長ねえ……。
なにそれ? いきなりなってくれって言われてなれるものなのか?
ガングー13世は自分で言っておいて、不安そうにこちらの返事を待っている。
やれやれ、この人がドレンスで一番偉いというのがいまだに信じられない。
「ようするに、私たちにも戦争に参加しろとそう言うの?」
シャネルが聞く。
「そういうことになります」
戦争……それは嫌だな。
いちおうこっちは気楽な冒険者ということでこれまでやってきたんだ。そりゃあルオの国では対国の戦いにも参加したけれど、あれは流れというか。言ってしまえば自分の意思で参加したものだ。
こうやって上から戦争に参加してくださいなんて言われても……。
とはいえ、特別部隊だ。
特別ってなんぞ?
「それってどういう部隊なんです?」
「基本的には冒険者を主体とした、来るもの拒まずで組まれた特殊な部隊ですよ」と、エルグランド。「愛国部隊と名付けました」
「寄せ集めかしら? 烏合の衆の大将にシンクをすえる意味は?」
「榎本さんは冒険者たちの中でも有名だからね。そういう人が特別部隊の隊長にはふさわしいと私は考えるんだ」
「戦場において予備兵力としての使い方はもちろん、戦況において臨機応変に対応してもらうことにもなりますよ。そういった難しい仕事をやっていただけるのはエノモトさん。貴方しかいません」
なんか俺、いま褒められてる?
よく分からないけどすっごい期待されてるぞ。
そうかそうか。
「シンク……」
シャネルがなにかを言おうとしている。
ああ、分かってるよ。
「やっぱり無理だな」
「どうしてですか、榎本さん!」
ガングー13世は慌てているようだけど。
「いや、あきらかに捨て駒感があるし」
というか上手い話には裏があるからね。
なんだよ、俺にしかできないって。絶対嘘じゃないか。
これ絶対おだてて都合よく使おうとしてるよね。
なるほど、ならず者揃いの冒険者たちを束ねるときに、俺のような有名人――自分で言うのもなんだけど――をトップにするというのは分かる。
けどそれ、やっぱり俺じゃなくても良いような気がするし。
そもそも俺ちゃん、軍隊の指揮とかできないし。
「怪しいわ」と、シャネルもはっきり言う。
「なーんかあんたら、あれなんだよな。もしかして都合の悪いこと、隠してない?」
俺はなにかを察して、そう聞いてみた。
敬語じゃなくなったけど、まあいいよね。
「都合の悪いこと、ですか」
エルグランドはまったく顔色を変えない。
しかしガングー13世は、
「そ、そんなことはないとも」
と、言いながらも笑顔が引きつっている。
あきらかに怪しい。
「シンク、帰りましょうか。こんな話を聞く必要はないわ」
シャネルはそう言うが、俺としては逆の意見だった。
悪いクセがでたのだ。つまり知識欲。ちょっと違うが野次馬根性。なにかを隠しているなら、その隠しているなにかとやらを知りたくなってしまう。
「まあ待ってくれ、シャネル。なあ、あんたら。なにを隠しているか知らないけどさ。それを教えてくれないか? 教えてくれたら、もしかしたらその特別部隊の隊長とやら。引き受けるかもしれないよ」
とはいえ、教えてもらっても引き受けるつもりはないけれど。
「ほ、本当かね!」
「ガングー、彼は引き受けるつもりはありませんよ」
くそ、エルグランドめ。
なかなか分かってるじゃないか。
「しかしエルグランド。よく考えてみれば我々の仲間になってくれるかもしれない人間に、大事なことを隠しておくというのも悪いんじゃないかい?」
「ガングー、彼らは冒険者ですよ。その日暮らしのならず者たちです。我々の大望など話したところで理解するはずがありません」
「なんか失礼なこと言ってないか?」
こいつ、本当に俺を仲間に引き入れるつもりがあるのだろうか?
「言ってるわね」
シャネルは飽きてきたのか、どうでもよさそうな顔をしている。無表情に近いのだが、口元が少しだけ笑うように曲がっている。こういう表情のとき、シャネルは無関心なのだ。
ガングー13世とエルグランドは2人で話しているし。やっぱりシャネルの言う通り、もう帰ったほうが良いかもしれない。
あ、話しが終わった。
「エノモト・シンク」
と、エルグランドは俺を呼ぶ。相変わらず発音が少しおかしい。
「なんですか?」
いちおう敬語だ。
「我々はこの件をキミに依頼するにあたって、キミのことを少しだけ調べさせてもらった」
「はあ、それはけっこうなことで」
べつに俺のことなんてどうでもいいんだけど。俺が気になるのはこの人たちが隠していることだ。
「キミは冒険者たちの中では有名人なのだな」
なんだよ、またおだてる作戦か?
「知らんよ」と、答える。
「勇者が死んだドラゴン討伐の生き残りだそうだね」
あったね、そんなこと。もうずいぶんと前に思える。この異世界に来てから時間もたった。
「あれは俺がドラゴンを倒したんじゃない。勇者が倒したんだ」
まあ、その後でその勇者を俺が殺したのだけど。俺の最初の復讐だ。
「どうやら、パリィの大商会だったウォータゲート商会の破産にも一枚噛んでいるらしいね」
一瞬、俺は動きをとめてしまった。これではそのとおりだと言っているようなものだ。
「さあ、なんのことだか」
水口のやっていた商会だ。もともと武器の在庫が大量にあったとかで、資金繰りに苦労していたのだ。そこで水口はエルフに似た亜人を売り、金を稼ごうとしていた。
それを阻止したのだが……まあそしたら本当に潰れちゃったって感じだ。
じつはあの商会が潰れてからパリィではかなりの悶着があったらしいが。俺はそのころ、ルオの国にいたので詳しくはしらない。
ただ、ウォータゲート商会を間接的に潰したということが知られれば、俺のことを恨んでくる人間も多いだろうということは分かっていた。
「調べはついているんだよ。とはいえ誰かに言うつもりはない」
「エルグランドさん。あんた、俺を脅すつもりか?」
刀に手をかけ鯉口をきる。いつでも抜けるように。もしもなにかあるならば、戦闘になるかもしれないと思った。
「脅すだなんてとんでもない。ただ色々と手広くやっているそうだね。その後はルオの国に渡ったとか。ここらへんはどうも情報が少ないですが。どうやらルオの国の革命に参加したとか?」
「ノーコメントで」
「シンク、帰りましょうよ」
「そうだな」
「待ちなさい!」
本当に帰ろうとしたところで、エルグランドは強い口調で俺たちを止めた。
「待てって言われてもねえ。あんたが何を言いたいのかわからないんだよ、俺は。助けて欲しいんだろ? なら下手に出てもいいじゃないか。それをよく分からねえことをペラペラと」
たしかに俺は暇人だろうけど、こんなふうに時間ばっかりかけられて話しが進まないと、こっちだってしまいには怒るぞ。
「話しを最後まで聞いてください。貴方はその後、へスタリアで行われた教皇の選挙。コンクラーベにおいて現教皇であるエトワール猊下の護衛を見事つとめたということです」
「よくもまあ、調べたな。それで、けっきょくなにが言いたい?」
「つまりですね。エノモト・シンクさん。貴方の経歴を見るに、貴方が求めるものはつまり地位や名誉といったものでしょう」
「はい?」
地位?
名誉?
あとはなんだよ、愛と勇気か? ア○パンマンじゃねえんだからよ。
俺は深いため息をつく。
だというのにエルグランドは話を続けた。
「さまざまな場所でその都度、大きな事件ともいえる出来事に関わっている貴方のことです。その真意は名声を残したいといった、そんなところでしょう?」
シャネルもため息をつく。
「お・ば・か・さ・ん」
と、俺にだけ聞こえるように小さな声で言う。
「そういう貴方にとって、この特別部隊の隊長という職務はうってつけのものですよ。勝てば英雄にだってなれます、後世にまで名を残すほどの英雄になれる可能性もあります!」
「あんた……」
俺は察した。
このエルグランドという人間は、自分を基準に他人を見ている。
後世に名を残したい? 誰がそんなことを考えるものか。それはエルグランドの望みだ。
「悪い話ではないはずです!」
「あんたは、勘違いをしているよ」
「勘違い、ですと?」
「俺が望むのは功名心だとか、地位だとか名誉みたいなキラキラしたもんじゃねえ」
「では何を望むのですか!」
「……ひとえに平和な生活さ」
俺は復讐のためにこの異世界で生きている。
けれどその先にはなにがある。
そもそも俺はなぜ復讐をしたいのか。
それは前に進むためだったはずだ。
俺は、俺をイジメていた5人に復讐がしたい。そして弱かった自分とはおさらばして、人生をやり直したいのだ。
そのためにここまで頑張ってきた。
あとは1人、金山だけだ。
ここで引けば俺は一生、あいつに負けたという劣等感を引きずることになる。それはあいつだって同じなはずだ。俺たちはどこかで決着をつけなければならない。
それは全て未来へ進むため。
平和という、先を目指すために。
「あんたの言う通りに、その特別部隊の隊長をやって魔王を殺せるならそれでも良い」
だけど、そうじゃないんだろう?
「貴方はいったい何を言っているのですか? まさかもう一度、魔王と一騎打ちをしたいとでも?」
「そのまさかさ」
「バカな、これはすでに戦争なのですよ! 暗殺で済む話ではありません!」
「バカはそっちだ! 暗殺がしたいんじゃない、俺はあいつと、金山と決戦がしたいんだ! そのために俺はいまを生きているんだ!」
こんなこと、言ったところで分からないだろうが。
「エルグランド、もうよしたまえ。榎本くんには榎本くんなりの考えがあるのだろう」
「ガングー、しかし」
「すまなかったね。ただ特別部隊の隊長という件は考えてくれ」
「後ろ向きに考えてみますよ」と、俺は適当に答えた。
それでは、と頭を下げる。
シャネルと一緒に部屋を出た。
そのまま俺たちはベェルサイユ宮殿の長い廊下を、振り返ることをせず歩いていくのだった。
予約投稿忘れておりました
申し訳ありません。




