373 カフェでの戦い
2人組の冒険者たちはニヤニヤと笑っている。
「おいおい、こいつ抜いたぜ?」
「やる気かよ、ガキが!」
ノッポとチビの冒険者だ。どうやら大きい方がリーダー格で、チビの方はその太鼓持ちらしい。
俺のことをバカにするように笑う2人は、まったく自分の実力に自信を持っているようだった。それは過信なのだが。
俺は笑い返してやる。
「あんたらが剣を引くんなら、それで終わることなんだけどな?」
「なんだと、ガキ!」
チビの方がわめく。
「おい、待てよ」
しかし、ノッポの方が止めた。
おや、気が変わって素直に帰ってくれるのかな?
と思ったら違った。
ノッポの方は肩に剣を担ぐようにして俺を威嚇する。
「お前さあ、同業者だろう?」と聞いてくる。
「あんたらと俺がか? まさか」
ふざけるなよ、俺もたしかに冒険者だがこんな男たちのように無法者じゃない。
「分かるんだよ、その細い剣。おおかた駆け出しだろう? なんだ、目立ってランクでも上げるつもりかよ」
「ごちゃごちゃとよく喋るな」
「まあ聞けよ。この俺はなお前みたいなザコとは違う。ランクAの冒険者だぞ」
「ランクA?」
はて、ランクAの冒険者っていうのはこの前の魔王討伐で全滅したんじゃないのか? それとも俺の勘違いか、あそこに呼ばれていなかった冒険者もいるのか?
たとえば外国の冒険者だとか……。
「どうだ、ビビったか!」と、チビの方。
「ビビったっていうか……ランクAなのに金もねえのかよ?」
俺は刀に魔力を込める。刀身が赤く光り輝く。その刀で、喉元に突き立てられた剣を横からぶった切った。
「えっ?」
ノッポの男が目を点にさせる。
なにが起こったのか分かっていないのだろう。
「あんた、本当にランクAか?」
冒険者のレベルも落ちたなあ……。
ランクAってなると、どいつもこいつもクセはあるが一芸に秀でた実力者だったのだが。目の前の男にはそういう雰囲気がまったくない。
「すいません、ちょっと出てもらえますか? はい、ちょっと出ていただけますか?」
シャネルが他の客を外に誘導している。
みんな素直に出ていく。っていうか店員さんも出ていった。
シャネルは俺が暴れやすいようにやってくれるのだろうけど、外からじっとこちらを見ている客や店員たちがいて、なんだか恥ずかしい。
「なんだ、てめえ!」
ノッポにたいして、チビの方が剣を渡す。
それを手渡されたノッポの方はいきりたち、俺に襲いかかってきた。
上段から振り下ろされる剣――。
それを俺は、ギリギリでかわした。
体が重たかった。『武芸百般EX』のスキルがないせいだ。
ノッポの男はやたらに剣を振り回すが、俺はその全てをよける。
「こ、こいつ! 紙一重でかわしてやがる!」
違う、本当はもっと余裕をもってよけたいのだが、体が思うように動かないだけだ。
「アニキ、やばいっすよ! こいつヤリますよ!」
「なんなんだよ、てめえ!」
なんなんだよはこっちにのセリフだよ。
俺はいま、目に頼り切って相手の攻撃をよけている。
よけることは楽だ。だけどそのうちに体力的に厳しくなるだろう。
もどかしい。
自分の力の無さが。
大ぶりの一撃。それをよけて、刀でノッポの肩口を切り裂く。
うまいこと当たった。
「ぎゃっ!」
情けない声を出して、ノッポは持っていた剣を落とした。
「まだやるかい?」
さすがに相手も戦意を喪失したようだ。
「わ、悪かった!」と、謝ってくる。
「俺じゃなくてさ、店の人に言えよな」
刀を収めた。そして背を向ける。シャネルに終わったぞ、と笑いかけた。
その瞬間だった。
俺の耳が、不穏な音とひろった。
衣擦れの音、衣服の中から何かを取り出した雰囲気。「うおあっっ!」と、チビの方の気合いの入った声、いや奇声と言うべきか。
俺はすでに懐からモーゼルを抜いていた。
そして振り向かず、腕と脇の間から後ろに向かって弾を撃つ。
わりと当てずっぽうで撃った弾だが、至近距離だったこともあり外れることはなかった。運は悪いが勘はきくのだ。
「ああうっ! 痛てぇよぉ!」
撃った右手に違和感が残っている……。
「シンク、お疲れ様」
「ああ」
「不意打ちをしかけて迎撃されるって格好悪いわね」
シャネルが杖を手に取る。もしかしたら燃やして殺してしまうかもしれない。そう思って俺は「やめとけ」と言った。
「あら、いいの?」
「べつにいいさ」
右手を握って、開いて。
やっぱりだ、いままでモーゼルを撃ったときと感覚が違う。なんというか……痺れているのだ。これは刀だけではなく、モーゼルを撃つ練習もしておかなければいけない。
もっとも、俺はまだ戦うことができることが確認できたのは良かった。
「あ、あんた……何者だ」
撃たれた相棒、つまりはチビの方に駆け寄ったノッポが聞いてくる。
「べつに。ただの冒険者さ」
「ありえねえ。俺はいちおうAランクの冒険者だ!」
「なにがAランクよ。おおかた、この前の魔王討伐で席がたくさん開いたから入れてもらえただけでしょう? 私たちとは比べ物にならないわ」
「ぐぬっ……」
どうやらシャネルの言ったことが正解らしい。
やっぱりそうだったのか。魔王討伐、あれでドレンスのA級冒険者は全員死んだのだ。
「ま、俺たちはSランクだからな。相手にならんさ」
「Sランクだと! そ、そうか。聞いたことがある、あんたが榎本シンクか!」
「あら、有名人ねシンク」
俺は頬をかく。
「なんで知ってんだよ」
「あんたのことを知らない冒険者なんていまのドレンスにはいねえ!」
「アニキ、こいつやっぱりやばいやつだったんっすよ! あの魔王討伐から帰還したっていうSランク冒険者だなんて!」
「ああ、そうだ! すまねえ、金は置いていく。だから勘弁してくれ!」
いや、本当にもうなにもする気ないし……。
冒険者たちは土下座でもしそうな勢いで謝ってくる。外に避難した人たちが俺に拍手を送る。恥ずかしいさよりも、なんだか情けない気分になった。
こんなふうに褒められても、いまの俺では金山を倒せないのだ。
もっと、もっと強くならねばいけない。
ノッポとチビの2人組は店員に金を払ってさっさと逃げていく。
「ありがとうございます」
と、店員さんが感謝してくれる。
「いや、いいからさ」
こういうふうに感謝されても、恥ずかしいだけだから。
「お支払いはけっこうですので――本当にありがとうございました」
「儲けたわね、シンク」
「なんでもいいさ」
俺はもといたテラス席に出る。
周りの人たちが羨望の目でこちらを見てくる。
やれやれ……ゆっくりさせてくれよ。
「なあ、シャネル」
「なあに?」
「力があるって大変なことだな」
「そうね」
力があるから人を守らなければならない。
けど本当は違うのだ。
力なんてなくても、優しい人間というのは他人を守るものなのだから――。




