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038 ドラゴン討伐


 雲より高く、そこに山頂が見えた。


 あそこまで登れば――。


 だが、思ったよりも山頂は広いようだ。というよりも……かなりの面積がある。この山は円錐形ではない。まさか……と俺はある予感を胸に足を進める。


この山は3000メートル級、あるいはそれ以上だだろうか。エベレストなどが8000メートル級の山だと考えれば、かなり低くも思える。だが、例えば日本の北アルプスと呼ばれる飛騨山脈でも3000メートル級の山々の連なりでしかない。日本人ならご存知、富士山だって3776メートルなのだ。


 つまり、俺が登ってきたこの山はかなり高い。


 もしかしたら討伐部隊が山の中で一泊したのは、高山病の対策という側面もあったのかもしれない。高山病っていうのは簡単に言えば急速に空気の薄い場所にいったら頭が痛くなったり、めまいがしたり、吐き気がしたりと、とにかく酷い状態になる病気だ。


 俺はもうこの山に入って2日目。当然大丈夫だが。


 それにしても、朝日と共に登山をはじめて、頂上に来た。時間はどれくらいだろうか? 昼より前な事は確かだ。


 頂上にいたった――。


 その瞬間、俺はやはりなと頷く。思った通り……。俺は山頂から下を見つめる。


 そこには山頂よりくぼんだ地形が広がっている。


「……カルデラか」


 映画なんかでは見たことはあっても、こうして実際に見るのは初めてだった。


 山頂をふちにして、ゆるやかに坂になっている。その先には盆地が広がっており、そこには焼け焦げて葉をなくした木が無数にあった。おそらく、ドラゴンが来る前は豊かな土地だったのだろう。水は干からびたのだろう、池の成れの果てのようなものも確認できた。


 かなりの広さのカルデラだ。直径でいえば400メートルほど。その中心にはドラゴンが居座っている。こちらもかなりの巨大さだ。


 俺は笑いたくても声が出なかった。


「こりゃあ……勝てねえな」


 思わず声に出してしまう。


 人間が勝てるサイズの敵ではない。たぶん体を伸ばした全長は50メートルもあるだろうか。こんなに離れているのに、その巨大さに足がすくみそうになる。


 円形のカルデラを見ていれば、まるでそれは闘技場のように思えてきた。ここを降りていけばドラゴンと戦うことになる。俺にはできない。


 ということは、月元のお手並み拝見ということになる。


 討伐部隊はまだここまで到達していないのだろう。その姿はない。俺はカルデラのふちに座りその時を待った。


 どれほどの時間が過ぎただろうか、たぶんそう待ってないはずだ。時計を持たないので性格な時間は分からないが。


 俺のいる南側と反対、北側に冒険者たちの姿が見えた。


 俺は近くの岩場に身を隠す。よっぽど視力がよくなければここまでは見えないだろうが――なにせ200メートルもあるのだ――しかし俺が見えるということは月元からだってこちらが見える可能性は高い。


「よし、魔法使いたちは一斉に魔法を放て! そののち、前衛職は突撃だ! 俺も一緒に行く。やるぞ!」


 遠くからでも月元の声はよく通る。


 さすがに勇者というべきか、その声は自信に満ち溢れており、カリスマ性というものを感じさせる。


 その声に鼓舞され、魔法使いたちがそれぞれの最大火力を放った。


 ――だが、俺はその瞬間に見た。


 シャネルだけは途中で魔法をキャンセルしていた。


「あいつ、やる気ないのな……」


 もっとも、シャネルも俺と同じようにドラゴン退治が本番ではないと知っているのだ。その後の月元への復讐こそが、俺たちの目的なのだ。


 魔法がドラゴンに吸い込まれるようにぶちあたる。


「グルァァアアアア!」


 ドラゴンはこれまで眠っていたのだろう、魔法の衝撃で目を覚まし、天に向かって大きく咆哮した。


 大地が震えるほどの叫び声。


 しかし、それは痛みに耐えるようなものではなかった。……ドラゴンは無傷だ。この咆哮は安眠を邪魔されたことに対する怒りだった。


「行くぞ、突撃だ!」


 月元を先頭に、冒険者たちがカルデラの斜面を駆け下りる。


 ほう……と俺はその行為には感心した。


「腐っても勇者かねえ」


 ここで先頭を行くというのはかなり勇気のいる行為だろう。


 だが、その感心はすぐに撤回される。月元は駆け下りるだけ駆け下りると、その場所で足を止めたのだ。そして剣を振り上げ他のやつらに指示を出し始めた。


「やっぱりそんなところか」


 一番槍は武道家の少女だった。


 鉤爪でドラゴンに対して果敢に向かっていく。


 だが、そんな小さな武器ではドラゴンの固い鱗に傷一つつける事はできない。


「無駄なことやってるなあ……」


 結局のところ、ドラゴンへの有効打は魔法だけなのだ。剣なんかでどうにかしようとする方がおかしい。


 では、どうして前衛職は前に出るのだろうか? ま、ようするに時間稼ぎなのだ。


 ドラゴンは地面から突かれるのが鬱陶しくなったのか、その雄々しい羽を広げて飛び立った。


 そして地面に向かって炎を吐く。


 俺のいる場所にまで熱が伝わってくる。


逃げ遅れた冒険者がかなりの数焼かれている。全員、それなりに腕に自信はあったのだろう。だがあっけない。それだけドラゴンは強いのだ。


「アイス・ジャベリン!」


 空を飛ぶドラゴンの翼めがけて、氷柱が飛んでいった。バリバリと音がしてドラゴンの翼に穴が開いて行く。


「グギャァァァァアアア!」


 ドラゴンの悲鳴だった。


 どうやら勇者たちのパーティーはこれを狙っていたようだ。下から突き上げ、ドラゴンが飛び上がったところで防御力の薄い羽を狙う。


 時間稼ぎかと思っていた前衛職たちは、もっと酷い。ただのオトリだったわけだ。


 ひるんだドラゴンに魔法の攻撃が集中する。中には弓を使う冒険者もいるのだろう、的確に鱗と鱗の間に弓が刺さっていく。


 ――これならいけるか?


 だがこのままでは月元の体力が減らない。それでは困る。


 ドラゴンが魔法使いたちのいるカルデラのふちに対して炎の玉を放つ。それは見えないシールドに防がれている。おそらくは月元のお気に入りの僧侶ちゃんだ。


 くそ……このままでは。


 そう思った瞬間、驚くべきことが起こった。


 僧侶の張ったシールドが壊れたのだ。


 だが、それはドラゴンの炎を防ぎきれなかったからではない。俺にはしっかりと見えた、内側から水の矢のようなものがシールドを貫いたのだ。そのせいで、ダムが決壊するようにシールドが粉々に砕け散った。


 こんな事をするのは一人しかいない。


「シャネルめ、やりやがったな!」


 魔法使いたちは逃げ場のないシールドの中で焼け死んでいく。


 これを引き起こしたシャネルは大丈夫なのだろうか、炎の勢いが強すぎて見えない。


 すると、シールドというか炎の中から二人の人間が飛び出してきた。氷でできた馬に乗っている。――勇者のパーティーの魔法使いと、僧侶だ。僧侶の方は気絶しているのかぐったりとしている。二人はそのままカルデラの中へと入っていく。


 さすがは勇者のパーティー、生き延びたようだ。


 ではシャネルは?


 俺は居てもたってもいられなくなって、山のふちを北側めがけて走り出した。本当にふちの方に立つとカルデラから見える可能性があるので、そこは少し見えないようにやった。


 北側につく。火の勢いはまだ弱まっていない。俺は中に入ることができない。


「シャネル!」


 と、俺は叫んだ。


 すると、炎の中から炎が出てきた。


 何を言っているのか分からないと思うが、本当にそうなのだ。人間大の炎の塊がまるで意思を持っているかのように炎の中から歩いてきた。そう、歩いてきたとしか思えないのだ。


 その炎は俺の前でかき消えた。


「なあに?」


 中から出てきたのはシャネルだ。


「生きてたのか、シャネル!」


「それはこっちのセリフよ。お互い大丈夫だったみたいね」


「良かった」


「まだ安心するのは早いわ。これで討伐部隊の魔法使いはあの女を残して全滅したけど、本命の勇者のパーティーは一人も減っていないのよ」


 あの女、というのは氷の魔法を使う勇者パーティーの魔法使いだろう。


「いや、だとしても上々だ」


 これで残るはカルデラの中にいる勇者パーティー4人と、あとは雑兵といってもいい前衛職の冒険者だけだ。


「で、どうする? ここからあいつらを魔法で狙い撃ちにしましょうか?」


「いや、見ていよう。とにかくあいつらが疲弊するまで待つんだ」


「ええ、分かったわ」


 俺たちは燃え盛る炎を避けて、俺のもといた南側へと戻る。


 ドラゴンとの戦いは地上戦に移っていた。


「どうやら火トカゲちゃんは飛びづらいみたいね」


「火トカゲ?」


「あのドラゴンよ。まったく、火竜に私の火属性魔法が効くわけないじゃない。それなのに私にも魔法を撃てだなんてどうにかしてるわ」


「ああ、だから最初の一撃は不参加だったのか」


「あら、見てたの?」


「見てたよ」


 シャネルはくすぐったそうに笑った。


 その顔が可愛らしくて、俺はいますぐにでも抱きしめたい気持ちになった。でもそんな場合じゃないのは確かだ。


 ドラゴンの爪や牙、尻尾や炎。ありとあらゆる攻撃で戦っている冒険者の数は減っていく。


 ある者は体を切り裂かれ、ある者は頭から丸呑みにされ、ある者は尻尾で押しつぶされ、ある者は跡形も残らぬほどに燃やされた。


 それでも勇者パーティーは誰一人として脱落しない。


 さすがとしか言いようがない。


 あの連携と真っ向から戦って負けた経験のある俺としては、とにかく一人くらいは死んでほしいのだが。


 やがて冒険者たちは死に絶えた。残ったのは勇者パーティーだけだ。


 しかしドラゴンの方もかなりの深手をおっている。羽はもうなくなり、鱗は何枚も剥がれ落ち、片目は潰れていた。


 月元が剣を構えた。


 必殺技を放つつもりなのだ。


 武道家と魔法使いがその援護に入る。


「グローリィ・スラッシュ!」


 ビームが放たれた。


 ドラゴンが飛び上がる。


 ――外した。


 だが、それは俺の早とちりだ。月元の必殺技はたしかにドラゴンにヒットしていた。しかしそれは直撃ではないというだけ、尻尾から先が消し飛んでいた。


 なんという威力。


 こうしてはたから見ればその恐ろしさが分かる。まるで天を貫くように極太のビームが飛んだのだ。自分があれを食らって生きているということがとてもじゃないが信じられない。


 月元たちは今の一撃で手応えを感じたのだろう、もう一度とばかりに動き出す。


 だが、ドラゴンの方もやたらめったらに暴れだす。その巨体を打ち付け、羽を振り回し、火を吐き続ける。


 それで、接近していた武道家にドラゴン体がクリーンヒットした。武道家は面白いように吹き飛ばされる。血が出ている。はは、ざまあみろ。


 武道家に目を覚ました僧侶が駆け寄っていく。それを護衛するように、魔法使いが氷の壁を出した。


 ……チームワーク。それを見ていると、なんとなく胸がモヤモヤとする。


「くそ、俺の仲間をよくも!」


 月元が叫んだ。


 仲間、だと。


 怒りがふつふつと湧いてくる。どの口がそんな言葉を――。


 駆け出そうとした俺を、シャネルが止めた。


「どうしたの」


「……いや。頭に血が登ったんだ」


「冷静になって。もう少しよ」


 その通りだった。


 いま俺が出ていくことにメリットなど何もない。下手したら月元のグローリィ・スラッシュの巻き添えをくらうだけだ。


 もうすぐだ……もうすぐなのだから待つのだ。緊張が俺を支配する。


「行くぞぉっ! 覇者一閃――グローリィ・スラッシュ!」


 まるで自分こそがこの世界の正義であるとでもいうような月元の声。


 月元の剣に光りが集まり、それが爆発的に開放される。


 ドラゴンはその光りの束に炎を放つが、簡単に押し負ける。そして、まるで最初から存在しなかったかのように消滅した。あとに残ったのはドラゴンの足首から先だけだった。


「うおおおっ! やったぞぉ!」


 月元の歓喜の声。


 さすがだぜ、勇者様。あんなヤバそうなドラゴンを倒しちまうんだから。


 だが、俺はくっくっ、と腹の底で笑う。勝機が見えた。


 月元のグローリィ・スラッシュは確実に最初の一発よりも二発目の方が小さくなっている。その差は半分程度。魔力が切れかけているのだ。これならば、勝てる。


「行くぞ」と、シャネルに言う。


「ええ」


「シャネルはあの魔法使いを頼む」


 俺は月元を殺す、と言う。


「甘いわね、シンクは」


「甘い?」だが、シャネルには何か考えがあるようだった。「どういう意味?」


「最優先はあの僧侶よ。あの女を無効化することが先決だわ。あの女のバリアはかなりのものよ、それに水属性の回復魔法も使えるみたいだから、早くしないと武道家が戦線に復帰してくるわ」


「たしかに。よし、ならそれで行こう」


 俺はゆうゆうとカルデラの斜面を降りていく。


 剣は抜き身だ。


 いますぐにでも戦える。


 見ればシャネルはついてこなかった。なあに、シャネルにはシャネルの考えがあるのだろう。俺は彼女のことを根から信用しているので何の不安もない。


 降りてくる俺に、最初に気付いたのは月元だった。


「な、てめえ……エノモト!」


 月元が俺の名前を叫ぶ。


 その目には獰猛な怒りが宿っていた。おーこわい、いったいどれだけ俺のことが嫌いなのだろうか。ただ俺の顔を見るだけでイジメたくなるんだろうな。


 でも残念、今度は俺がこいつをイジメる番なのだ。


「よお、久しぶりだな」

 

 再会の対峙だった。


 

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