370 プジョルノ・ガングー・カブリオレ13世
エルグランドは静かに笑う。
「ほう、私の末妹と知り合いですか?」
「知り合いなんてものじゃないわ。お友達よ」
そうそう、シャネルの数少ないお友達の1人だ。
パリィから少し離れた街で、たった1人で暮らしている少女。大きな屋敷で命のないスケルトン――骸骨の人形――と暮らしている寂しい女の子。
もともとは勇者である月元の許嫁だったらしいが。そもそも月元の方にも結婚する気はなかったようで。
いろいろあったけど、俺たちを助けてくれたある意味では恩人だった。
そういえばフミナも貴族だったな。そうか、エルグランドの妹なのか。
「お2人と交友をもっているとは。あの妹もおかしなものですね」
その言い方には、どこかフミナのことをバカにしたような響きがあった。
そういえばフミナは家の中であまり地位が高くないと言っていた。そういうことなのだろうか?
「元気にしてますか?」
「さあ、私も知りません」
まったくなんて兄だ。
俺は兄弟のいない一人っ子だから知らないけど、兄ってこんなもんだろうか?
シャネルに聞いてみようかな、いやでもそれってトラウマをえぐりかねないな。
「それで、お2人の名前は?」
「榎本シンクです、こっちが――」
「シャネルよ」
シャネルはおそらくあえてだろう、カブリオレという名字を言わなかった。それはきっと、自分がガングーの子孫だということを隠したのだろう。
「榎本さんとシャネルさんですね。了解しました。扉を開けてください」
エルグランドは衛兵たちに命じて扉を開けさせる。
そこは小さな執務室だった。
俺はこういう部屋のことをあんまり見たことがなかったが、なんだか学校の校長室ってこんな感じなんだろうなと思った。
奥には高そうなテーブルと椅子があり、そこには1人の男が座っていた。
男は疲れ切った顔を上げて、力なく微笑む。
「ようこそ」
この人は違うな。
俺は一瞬で察した。
この人はガングー13世ではない、と。
「替え玉か?」と、言う。
「なにっ?」
エルグランドは首を傾げた。
衛兵が扉を閉めた。どうやら中には入ってこないらしい。部屋には俺たちだけになった。
「この人はガングーの子孫じゃないと言ってるんだ。本物を出せよ」
きっと俺たちをからかうつもりなのだろう。
「ぷっ」と、シャネルが吹き出した。
それと同時にエルグランドが杖を抜く。
「ふざけたことを!」
その杖を俺の首元に向けた。
しかしそれと同時にシャネルも杖をエルグランドの首元へ。
「それを下ろしなさい。シンクに危害を加えるつもりならば、容赦しないわ」
「貴女はこの私に勝てるとでも思っているのか」
「もちろんよ」
エルグランドの雰囲気が変わった。
おそらく、ずっと見せていた柔和な対応はただの作り物。この男、本質的にはかなり好戦的と見た。
さてはて、俺は刀に手をかけているが抜いていない。
というか抜けなかった。反応はできてたんだけど、手が追いつかなかったのだ、情けないね。
「お、おい。みんなやめたまえ」
ガングー13世はそんな気弱な様子で言う。
やっぱり偽物だ、と俺は思った。
あの記憶の中で見たガングーと、この男はなにもかもが違いすぎる。
ガングーという男には自信がみなぎっていた。それをこの男は微塵も感じさせない。逆にシャネルやココさんなんかは、ガングーと同じような根拠のない自信を俺に見せることがある。たしかにこの2人はガングーの子孫だと思えたのだが。
「ガングー、この者たちは貴方をこけにしました。制裁を与える許可を」
「ま、待てよエルグランド。話せば分かる。そちらの冒険者の方々も。杖を収めてはくれないかな?」
「あはっ、私も分かっちゃったわ。シンク、この男はたしかに偽物よ」
「まだ言うか!」
俺はシャネルに杖をおろせという。このままでは話しが進まないと思ったからだ。
それに、どうせ魔法で殺されそうになっても大丈夫だろう。『5銭の力+』が俺を守ってくれるはずだ。
「エルグランド、キミも杖をおろしたまえ。まさか執務室でどんぱちやられたんじゃあ、かなわないよ」
「しかしガングー」
「頼むから」
しぶしぶエルグランドは杖をおろした。
それでガングー13世はほっとしたようだった。
それにしても、見れば見るほどうだつの上がらない男だ。
小太りで、頭はハゲかかっていて、唇はかさかさに乾いているくせに肌だけは油でテカっている。これがあのガングーの子孫だって? 冗談はやめてくれよ。
「それで、私たちはどうしてここに呼ばれたの? わざわざギルドを通して人を呼びつけるだなんて、失礼だと思わないの?」
「お前、こちらのかたをどなたと心得る。かのガングーの子孫、ガングー13世であらせられるぞ。分かっているのか」
「エルグランドさんよ、もうそれ良いから。それで、ガングーさんはどうして俺たちを呼んだんですか。こっちは理由も聞いてないんですよ」
もともとタメ口でいくつもりだったが、やめた。
なんていうか、この人はあんまり王様という感じがしなかった。それよりもなんというか、親戚のおっさん? いや、それもちょっと違う気がするけど。
とにかく偉そうな感じがしない。
むしろエルグランドの方が虎の威を借るなんとやらで偉そうにしているくらいだ。
「その前に、あらためて自己紹介を。プジョルノ・ガングー・カブリオレ13世です。お見知りおきを」
ほう、こっちはエルグランドと違って礼儀がなっているようだ。
むかしなんか聞いたことがあるぞ、人には五徳というものがあって。それはすなわち仁・義・礼・智・信だって。
まあそんなものは――。
「シャネル・カブリオレですわ」
シャネルは挑発でもするように、スカートの裾をもって優雅にお辞儀をしてみせた。
まったく礼儀を欠いたような慇懃無礼さ。けれど、美しいからどうでもいい。
美ってのはそういうものさ。五徳なんてふっとばしちゃう。
「貴様、バカにしているのか!」
「おいおい、なにもそう怒らなくても。シャネル・カブリオレさんですか。本名ですよね?」
「もちろんですわ」
「あ、俺は榎本シンクです」
「はい、榎本さんですね」
エルグランドはイライラと足を動かす。
「ガングー。このような痴れ者どもとまともに話しをする価値はありませんよ」
「おいおい、呼び出しておいてそれかよ」
「帰りましょうか、シンク」
まったく腹のたつ男だぜ。
「ま、待ってくれたまえ。私は聞きたいのです、貴方がたに。あのグリースから帰還してみせた冒険者であるお2人――」
「なにを?」と、俺は問う。
「あの国のことを。そしてあの国にいる魔王のことを」
「なぜ?」と、シャネル。
「簡単ですよ」と、エルグランド。「我々は次に、やつらと戦争をするからです」
やれやれ、と俺は頭をかかえた。
戦争だって? あの国と? どうやって?
なんせあの国には魔人ばかりがいるのだ。それこそ普通の人間はいないのに、魔人ばっかりが。そんな人たちと戦うのかよ、この国の兵隊は。
「やめておけ」と、俺は言う。
「なぜですか?」と、ガングー13世。
「勝てないからだ」
「やってみないことには分からないでしょう」
「いいや、分かるね」
あの国と戦争をするなんてバカげている。
だってドレンスの科学力はたいしたものではなくて、けれどグリースはかなりの科学力をもって、しかも国民総動員で戦争をする準備をしているのだ。
「どうせこちらが仕掛けなければ、グリースから仕掛けてきますよ。あなたがた平民にはそこらへんの事情はわからないでしょうがね」
俺は首を横に振る。
どうやら俺がなにを言っても無駄なようだ。
ならばしょうがない。
説明してやろうじゃないか。あの国のことを――。




