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369 エルグランド・プル・シャロン


 宮殿はパリィの郊外にあった。


 グリースだと金山のいた魔王の宮殿は街のど真ん中にあったけど、こっちは意外と慎ましいようで。けれどその絢爛さはグリースのバッキンガム宮殿の比ではなかった。


「トレビアーン」と、俺は適当に言ってみる。


「古い言葉ね。そんなこと言ってると、田舎者だと思われるわよ」


「思わせておけ」


 というかシャネルだってじつは田舎者のくせに。


 あんな山奥の村でひっそりと暮らしててさ。村から出たこともほとんどなかったって話しじゃないかよ。


 宮殿の門の前には、当然、衛兵がいる。


「開け、ゴマ!」と、俺はとりあえず言ってみる。


 変な顔をされた。


「シンク、じつは緊張してるでしょう?」


 バレたか。


 そうなのだ、俺ちゃんは緊張すると、こういう変なことを言うクセがあるのだ。もっともその緊張は命の危険がない場合に限る。


 つまり適当にやっても良いとき。


「だってさ、俺たち王様に呼ばれたんだろ? ドレンスの」


「王様って、ガングー13世はあくまで執政官よ」


「それって?」


「つまり政治をするだけの人」


「まあ王様みたいなもんだろ、つまり?」


「間違っちゃないけどね」


 衛兵たちは門の前でお喋りをしている俺たちを不思議そうな目で見ている。


「お前たち、宮殿になにか用か?」


 とうとうあちらから質問されてしまった。


「いや、ここに呼ばれたから来たんだけどね」


「呼ばれたのよ、私たち」


「ガングーって人に」


「その13世よ」


「閣下に呼ばれた? お前たち、まさかSランク冒険者か?」


「いちおう」


「お前たちのようなやつが? 失礼だが、強いのか?」


 あちゃー、言われちゃったよ。まあシャネルはともかく俺はそういう雰囲気みたいなの出てないからな。どっちかと言うと背が高いだけの青瓢箪に見えるだろう。


 でも、こういう舐められたときの対応は知っている。


「試してみるか?」


 堂々と言う。


「あ、いや。これは失礼しました」


 簡単簡単。こうやってイキっておけば勝手にあっちが勘違いしてくれるんだからね。


「とりあえず中に入れてもらえますか?」


「少しお待ち下さい。迎えの者がいますので」


 そりゃあそうか、勝手に中に入ってうろうろしても良いよなんて、そういうわけにはいかないよな。


「シンク、ちょっと思ったのだけど」


「どうした?」


「私たちって、もしかして野蛮人かなにかだと思われてないかしら?」


「そりゃあ冒険者だしな」


 宮殿の方から誰かが出てきた。庭園を通ってこちらに向かってきている。人数は5人。偉そうなやつを護衛するように、衛兵が四方を固めていた。


 男――おそらく貴族だ。


 いかにも豪華な服を来て、いかにも偉そうに胸を張り、いかにもなイケメンだった。


 むむむ。


 イケメン、嫌い!


「シャネル。俺さあ、あれやってみたかったんだよ」


「あれってなあに?」


「偉い人にタメ口ってやつ」


 そりゃあ異世界って言ったらね。偉い人にタメ口、これでしょ。


 むしろこれをやらなかったら異世界に来た意味がないとすら言える。


 よし、やってやるぞと俺は決意した。


 貴族の男が近づくと、門が開かれた。


「こんにちは」


 まずは挨拶される。


 男が鋭い目で俺を見た。


「こ、こんにちは」


 くそ、緊張でどもってしまった。


「………………」


 そしてシャネルはまさかの無視だ。


 貴族の男はあからさまに機嫌を悪くした。


「S級冒険者のお2人ですね、ようこそいらっしゃいました。ガングーが中で待っておりますよ」


「ガングー? ガングー13世でしょ?」


 おいおい、ちょっと喧嘩腰だぞシャネルのやつ。


「彼もガングーですよ、美しいお嬢さん」


 貴族の男はシャネルにたしなめるように言う。


 あっ、シャネルが舌打ちした。


 たぶんそうとうこの男のことが嫌いになったのだろう。生理的に無理というやつだ。


 色白の男だった。身長は俺より少しだけ小さそうだが、足は長い。髪の色は金髪で、目が鋭く、鼻筋はよく通っていた。特徴的なのは薄い唇だ。その唇はニヒルな笑みをたたえており、それは人のことをナチュラルにバカにしているようだった。


「嫌いだわ」


 と、シャネルが小声で言う。


「同感だよ」


 こちらへどうぞ、と男が歩き出す。


 なにが腹立つって、貴族の男は名前すら名乗らない。しかもまるで俺たちを警戒するように、間には衛兵をおいている。


「こちらの庭園を御覧ください。そうそう見れるものではありませんよ」


 俺たちの通る道の左右には、平面的な庭園が広がっている。きっと上から見れば幾何学的な模様に見えるだろう。


「ビスタ式ね」


 と、シャネルが言う。


「ほう、ご存知でしたか」


 シャネルはそれっきりなにも言わない。そうとうお冠だ。話したくもないと、そういう感じ。


 代わりに俺が言葉を続けた。


「ビスタだろ、それくらい俺も知ってるぞ。ウインドウズのOSだ」


「うぃんどうず?」


 貴族の男は首を傾げた。


 もちろん伝わらないよな。


「つまりさ、俺が何を言いたいかって言うとな」はて、なにが言いたかったのだろうな。「こんなのは見慣れてるってことさ」


 嘘だけどね。


 いや、でも庭園くらいならグリースでも見たか。形式は少し違ったけど。


 俺たちは宮殿の中へと入る。


 なんだこれ、と思った。どれだけ金がかかっているのか知らないが、壁も柱も床も、装飾が入っている。目がチカチカする。まるでこの宮殿自体が一つの芸術品のようだ。


「どうです、素晴らしいでしょう。古い時代からずっと残ったこの宮殿は、まさしくドレンスの宝ですよ」


「解説は嬉しいのですけれど、ちょっと黙ってくださる?」


 シャネルの物言いに、衛兵たちが構えた。


 まるで一触触発の空気。


「おい、シャネル」


 あんまり喧嘩腰になるなよ、と釘を刺す。


「みなさん、おやめなさい。どうせ彼らはS級の冒険者です。本気になられたら貴方たちでは相手にならないでしょう」


 分かってるじゃないか、貴族の男。嫌なやつだけど、それくらいは理解できるんだろうな。


「ふんっ」


 シャネルが鼻を鳴らす。いっそのこと、ここで魔法でもぶっ放したい気分なのだろう。


 どうもシャネルのやつ、ガングー13世に会いに行くということで、いろいろ思うところがあるらしい。


 俺たちは無言で歩き出す。なんていうかさ、空気が悪い。


 ふと思う。そういやシャネルって貴族だったりしないのだろうか?


 だってガングーの子孫なんだろ?


 でも昔、そんなことを聞いて違うと言われたことがあったな。


「なあ、シャネル。お前って貴族じゃないの?」


 いちおう、もう一回聞いてみる。もちろん前を行くやつらに聞こえないようにだ。


「違うわ」


「だってガングーの子孫なんだろ?」


「そうよ」


「じゃあ、貴族みたいなもんじゃねえのかよ」


 この国の貴族がどういうふうに決まっているのか知らないけどさ。


「バカね、シンク。ガングーは王族よ。だから貴族じゃないの」


「はい?」


「つまり私も王女様、よろしくって?」


 おどけた調子でシャネルが言う。


「それ、誰も納得しないと思うなあ……」


 たぶんだけど。


 やっとガングー13世のいる場所に来たのだろう。ドアの前で貴族の男が立ち止まった。


「ここですよ」


 それはグリースで見た王座の間とは違う、一見してただの部屋のように思えた。


「ここか?」と、俺。


「この中にガングーがいます。お2人は――そういえば名前を聞いていませんでしたね」


「人に名前を聞くときはまず自分からって知らないの? お里が知れるわよ」


 ちょっ、シャネル。言い過ぎだぞ。


「これは失礼をしましたね」


 貴族の男はさらに気を悪くしたようだ。


 口元こそ笑っているが、目がまったく笑っていない。


「ふんっ」


 そして、それはシャネルも同じ。いやこちらはもっとひどい。無表情なのだ。


「では私から名乗りましょう。エルグランドです。エルグランド・プル・シャロン」


 プル・シャロン?


 なーんかどっかで聞いたことのあるような……。


「プル・シャロンねぇ」


 シャネルがエルグランドを睨む。


「はい、プル・シャロン家の長男です」


 俺は必死でどこで聞いた名か思い出そうとする。


 けどダメだ、ぜんぜん思い出せない。


 絶対に聞いたことがあるはずなんだけど!


「一つ聞いていいかしら?」


「なんなりと」


 どうやらシャネルは覚えていたようで。


「フミナちゃんは元気かしら?」


 ああ、そうか!


 思い出したぞ、フミナだ!


 俺は得心がいって、手をポンッと叩くのだった。


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