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363 心、精神、自我


 刀が重い――。


「どうした、どうした! 動きが鈍いぞ、榎本!」


 金山のイキリたった声。


 右肩を斬られる。痛みはあまり感じない、もう痛覚すら壊れてしまったのだろうか。


「たらっ!」


 勢いまかせの一閃。


 しかし太刀筋が無茶苦茶だ、そんなことは自分でも分かっている。


 簡単に避けられ、反撃をくらう。


「弱い、弱すぎるぞ榎本! スキルがなけりゃあこんなもんかよ!」


 くそが。


 人様のスキルを奪っておいて、なんてやつだ。


 そりゃあそうか、俺がいままでまともに戦えたのは『武芸百般EX』のスキルがあったから。それがない今――。


 俺はモーゼルを抜く。だが、その動きすらもたもたしている。


 なんとか撃ち出すものの、反動で腕がしびれる。しかも弾は明後日の方向へと飛んだ。


「おいおい、俺に勝つんじゃねえのかよ!」


 金山が剣の腹で俺の頬を殴ってくる。


 わざわざ斬らないように、だ。


 遊ばれている。


 膝をついてしまう。だがすぐに立ち上がる。


「なんだよ――どうしてだ」と、金山が言う。


「なにがだ……」


 俺の刀はまるっきりあたらない。


 斬りかかるたびに反撃を受けて、体がさらにボロボロになっていく。


「なんでだッ!」


 金山が叫ぶ。


 意味が分からない。なぜこいつはこんなに叫んでいるんだ。


 俺はまた倒れる。しかし、それでも、立ち上がる。


 俺は察した。やつは致命傷を避けて攻撃している。それはなぜか。


「殺せないんだろ……スキルがあるから」


 そうだ、『5銭の力+』のスキルがあるから、金山は俺を殺すための決定打がうてないのだ。おそらくやつは俺のスキルがどんなものかは分かっても、その詳細までは分かっていない。


 このスキルがお金、ないし俺の寿命を使って発動していることを。


 俺はいま現在、無一文だ。さっきの金山の『グローリィ・スラッシュ』で所持金は消しとだ。


 だからいま現在、俺は自分のこの先の寿命を使ってスキルを発動させている。


「殺せないんじゃない、いたぶってるんだ!」


 金山が振った剣から、横薙ぎの衝撃派が出る。カマイタチの魔法だ。それはどうやら致死量級の攻撃だったらしく、


 ――バチン!


 と、音がして消え去った。


 金山は次にピースメーカーを抜く。そして一瞬に3連射を繰り出す。そのうちの2発、頭と心臓を狙った分は消え去る。しかし腹を狙った分だけはまともにあたる。


「ガフッ!」


 口から血が吹き出す。


 内臓に穴が開いちまった。


 マジで死ぬ。というか人間ってこんな状態でも生きてられるんだな。


 その場に倒れて。それでもまた立ち上がる。


 刀を杖のようにして、なんとか立ち上がる。


 何度でも立ち上がる。


「なんでだよ、榎本! お前はなんでそんなに立ち上がられる! もう死ねよ、死んじまえよ! 俺に負けたって認めろよ!」


 剣をやたらに振り回す金山。


 それを俺はよけられない。


 斬られ、刺され、好き勝手にされて。


 それでもなんとか反撃をと思って振る刃はくうを斬る。


 そしてそのまま、倒れ込む。


「シンク、もうやめて!」


 シャネルの声。


「……やめねえ」


 俺がここで死ねばシャネルに危害が加わる。それだけは嫌だ。


 嫌なのだ!


「ふざけんなよ……榎本。ガングーみたいな目しやがって! なんでそんなに立ち上がってくるんだよ。なんで」


 ガングーか。


 いまならなんとなくだけど、あの敗走する馬車の中で見せた笑顔の意味が分かる気がする。


 きっとあの人は思ったのだ。誰かのためなら――応援してくれる国民のためならもう一度頑張ってやろうと。


 だからああやって笑顔で手を振りかえした。もう一度立ち上がった。


 俺はガングーのような英雄じゃない。凡人だ。


 だからドレンス国民みんなを背負うなんてできないし、それを守るなんて無理だ。


 けれどな――大好きな人、シャネルくらいは守ってみせるさ。


 俺は刀を構える。下段の構え、に見えるだけで本当はまともに刀を持ち上げられないだけだ。


「お前は弱いんだよ、榎本! スキルだってもうないんだぞ!」


「……だからどうした」


 関係あるか。


 それにしても嫌になる。さっき必死の思いで斬った金山の胴体。もう治ってきてるんじゃないか? おそらく『自然治癒』みたいなスキルのすごいのを持ってるんだろうな。


 金山が斬りかかってくる。


 それを俺はよけた。


 いや、よけたというのは正しくない。正確には転けた、だろう。


 体を支えていた足が限界だった。そのせいで倒れたのだ。


 もうさすがに立ち上がれない。


 体が悲鳴を上げている。


 けれど、心で俺は立ち上がる。精神力ってのはときに体力なんて上回るのだ。根性論というのは古臭いが、なかなかどうした――。


 俺は金山を鋭く睨む。


「すまんな、倒れた」


 もちろんこれは冗談。


「もうやめろよ……ふざけんなよ、なんで立てるんだよ」


「殺す気で来いよ。そうしないと俺は一生立ち上がるぜ」


 実際はどこかで本当に限界が来るのだろうが。


 というかもうとっくに限界なのだろうが。


「ふざけるな!」


 金山がピースメーカーを打つ。


 それを俺は刀で斬る。


 半分偶然みたいなもんだったが、なんとかいけた。


 だが――。


「お前が立ち上がるなら、そっちはどうだ!」


 銃口が、シャネルを向いた。


「てめえ!」


 反応ができない。


 満身創痍の俺では、シャネルを守ることを間に合わせられない。


 撃ち出される弾丸。


 シャネルが身をすくませる。


 ダメだ、あたる!


 しかし誰かがシャネルと金山の間に割って入った。


 長い綺麗な金髪が揺れる。真っ白な肌に、真っ赤な血が吹き出す。シャネルを守るようにして立ったのは、ティアさんだった。


「なんでてめえが動くんだ、ティアぁああ!」


 裏切られた男が叫ぶ。


 俺はその男を背中から斬りつける。


 しかし傷はみるみる間に塞がる。化け物が、人間の治癒力じゃねえぞ。


 金山はこちらにピースメーカーを向けた。しかしもう弾は入っていなかった。ガチン、とただ音がしただけで弾は発射されない。


 俺は金山を正面から斬る。


 もうどこを斬っているのかも分からない。それでもやたらめったらに切り刻む。


 金山は斬られながらも俺の首根っこを掴んだ。そして、そのまま俺は投げ飛ばされる。


 それでも、俺はまた立ち上がる。今度はシャネルと一緒にティアさんも守るように。


 ティアさんは心臓を撃ち抜かれていた。そもそもが死体だが、それでも血はでるようだった。ティアさんはその場に倒れ、シャネルが看取るように手を握っている。


「あっ……あ」


「貴女、自我が残ってたのね……」


「ごめん……な、さい」


「どうして謝るのよ――」シャネルの声は泣きそうだった。「貴女は私を守ってくれたわ」


「なくし、ちゃ……った。もら、っ、た、ぼうし……」


 あのエナン帽子のことだろうか。


「いいのよ、そんなの。また買いに行きましょうよ。今度は一緒に行きましょうよ。選んであげるわ、きちんと似合うやつを」


「あっ……ありが、とう」


 それでティアさんはこんどこそ事切れた。


 金山はティアさんを死体だと言っていた。けれど、彼女はきっと死んでいなかった。金山が魔法で体を無理やり動かしながらもどこかに魂というか、心みたいなものが残っていたのだ。


 そしてその心が、いま、死んだ。


 シャネルの手のうちで。友人に見守れながら天にめされたのだ。


「どういうことだよ、ティア。お前は俺の人形だ! 俺のものだったはずだ!」


 金山は自分が見た光景を信じられないのだろう。


 不満に泣き叫ぶ子供のようだった。


「お前には一生かかってもわからんさ。愛情も、友情も」


「分かったようなこと言ってんじゃねえぞ、榎本! 調子にのんじゃねえよ、俺をバカにしてんじゃねえよ、異世界に来たからってよ!」


「……なに言ってるんだ、お前」俺は怒りもなにもかも通り越して、ただただ金山が哀れだった。「異世界に来たくらいで、人が変わるかよ」


 人を変えるのは経験だ。


 もし昨日の自分と今日の自分が違うとしたら、それは1日の中に人を変えるにたる経験があったからだ。当然その変化は微々たるものだろう。


 だけど、1年や10年だったら?


 1年前の自分とは違う。そう思えるはずだ。経験さえあれば。


「お、俺は……」


 金山は気圧されたように一歩後ろに下がる。


「お前はいままでなんの経験をしてきた」


 500年もあって。


「う、うるさい! 興がそげたぞ、榎本。お前なんてもうどうでもいい。カーディフ! カーディフよ、入ってこい。お前がこいつらを殺せ!」


 金山は王座の間の外で待っているカーディフを呼ぶ。


 それに呼応するように扉が開いた。


 しかし、その扉の先にいたのはカーディフではなかった。


「な……に?」


 金山の反応は当然だろう。


 だってそこにいたのは。


「無事かい、シャネル?」


 ココ・カブリオレ、その人だったのだ。



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