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362 愛情とオモチャのロボット


 俺の放った漆黒の魔力のビームと、


 やつの放った瑠璃色の魔力のビームが、


 重なり合って拮抗する。


 しかしそれは一瞬のこと。


 俺の方が押され始める。


「クソッ!」


 やはり無理だったか。


 その弱気が命取り。


 一瞬にしてあちらが優勢になる。


 それでも俺は踏ん張るものの、このまま押し返すことはできそうもない。


 せめてシャネルが逃げてくれればと思い声を張り上げる。


「シャネルっ!」


 それだけでシャネルは察してくれた。


 せめて彼女を守らなければならないと俺は魔力を剣に込める。


 そして、シャネルが俺から離れたとき、完璧に俺は負ける。俺の放った魔力のビームは金山のそれに飲み込まれて、そのまま俺を包み込む。


 焼け付くような痛みが全身を襲う。


 視界いっぱいが真っ青になって、天地がひっくり返ったような感覚の中で、俺は泣きそうになりながらもがく。


 嵐の中に入り込んだ人間とはこんな感じなのだろうか。


 ただ過ぎ去ってくれと願うことしかできない。


 痛みに耐え、目を閉じて、敗北感を覚えながら……。


 バチバチと魔力のエフェクトが出て、寸前のところで死からはまぬがれる。


 そして、金山の『グローリィ・スラッシュ』が俺を通り過ぎた。


 俺はその場に前のめりに倒れる。


 立ち上がらなければならないのは分かっている、だが体が動かない。


 手に刀を握らなければならない、けれどその刀ははるか先。実際には1メートルも離れていない場所に落ちているだけなのに、凄まじく遠く感じる。


 どういうわけか、右目が開かない。俺の目はまだ残っているのか?


「シンク!」


 シャネルが俺の名前を呼んでいる。


 ダメだ、返事をすることもできない。


「おいおい、あっけないな」


 憎き金山の声。腹がたつが、それにたいしてなにもアクションをおこせない。


 ああ……体が動かないのだ。


「シンク、しっかりして! シンク!」


 シャネルが近寄ってきたのがなんとなく分かる。俺の体をゆすっている。だけどなにも反応ができない。


 意識だけは明瞭なのだが、脳が体を動かそうとしないのだ。


 死ぬってこういうことなのだろうか?


 そんなふうにすら思ってしまう。


「やっぱりちょっと本気をだせばこんなもんかよ、榎本。まあ、いまので死ななかったのは素直に称賛するがな。そのスキル、『5銭の力』って言うのか? ユニークスキルじゃなかったら俺も欲しいぐらいだよ。けどな――」


 なにかが俺の右肩に当たる。


 痛みがくる。


 しかし体は動かない。


「対策は簡単だ。致死量の攻撃を受けたら発動するんだろ? じゃあ死なない程度に痛めつければ良いんだ」


 そうか、撃たれたのだ。ピースメーカーで。どおりで痛いわけだ。泣きそうだ、けれど涙すらでない。


 金山がこちらに近づいてくるのが分かる。


「おいおい、榎本。死んでないんだろ、意識は残ってるのかよ」


 1人でペラペラとよく喋る。


「来ないでッ!」


 シャネルの気丈な声。


 俺に抱きつくようにして守ってくれている。けれど杖がないシャネル――おそらく、いつも持っていたナイフもないのだろう――には抵抗する方法がないのだ。


「黙ってろよ」


「シンクを殺すなら私も殺しなさい!」


「ふざけるなよ、お前にはガングーの血統をつなぐ役目がある。あの男にはまったく騙されたんだ」


 あの男……たぶんココさんのことなんだろう。


「ガングーだとか、そんなの私には関係ないわ!」


「俺にはあるんだよ。お前は俺の子供を孕め」


「気持ち悪いこと言わないで! 誰があなたなんかの――。私はね、シンクを愛してるのよ!」


 その瞬間、俺は昔の記憶を思い出した。


 あれはそう、まだ俺たちが子供だった頃。


 俺はよく金山と遊んでいた。


 いつだったか、俺の誕生日の後だったので冬の頃だったと思う。俺はいつもの公園で、金山に新しいオモチャを見せたのだ。


 誕生日プレゼントで買ってもらったロボットのオモチャだった。


『いいなあ、いいなあシンちゃん!』


 金山が無邪気に言った言葉は、いまでも覚えている。


『かっこう良いだろ、これ。変形するんだぜ』


『僕もほしいなぁ』


『お前も親に買ってもらえよ』


 本当にただの無邪気な子供たちの会話。


 どうしていまさらそんなことを思い出すのか――。


『えー、ダメだよ。僕のパパとママ、ケチだもん。そんなシンちゃんの家みたいにいろいろ買ってもらえないよ』


『そうなのか?』


 ああ、子供の頃の俺よ。ねだればなんでも買い与えてもらえた俺よ。お前はそれが幸せであるのか不幸であるのかも知れなかった。そういうものだ、小さな頃なんて。


『いいなあ』


『とりあえずさ、遊ぼうぜ』


『あ、ごめん。シンちゃん。僕、今日早く帰らなくちゃ。パパのお仕事が早く終わるんだってさ。それでお外にご飯食べに行くんだ』


『へえ、そうなの?』


 そんな話しをしている時だった、金山の父親が公園にわざわざ金山のことを迎えに来たのは。


『あ、パパだ! おおぃ、パパ!』


 金山が父親と笑っている。俺はそれをただ1人、公園で見ている。ばいばいと手をふる金山。ペコリと頭を下げる金山の父親。そして俺の手にはオモチャのロボット。


 俺はその日、家に帰って独りぼっちで夜ご飯を食べた。ご飯は冷めていて、美味しくなかった。その味を、いまでもよく覚えている。


 愛されるということがどういうことか、俺はいまをもって分からない。


 シャネルは俺のことを愛してくれると言うが、幼少期に愛された経験のない俺はその言葉すらも不安でしかたがなかった。


 理解できないものは怖い。俺はいつかシャネルが俺から離れていかも知れないと不安だった。


 最後の最後で離れていくのじゃないかと……。


 俺なんて愛想を尽かされるのではないかと。


 けれど違った。シャネルはこんな状況でも俺を見捨てなかった。それどころか、一緒に死んでくれるとすら言ってくれたのだ。


 俺はいま、愛されているのだ――。


「邪魔だ、どけよ」


「いやよ!」


「本当にころすぞ」


「やってみなさいよ!」


 金山が剣を振り上げた。それが俺には感覚で理解できた。


 俺は全身全霊をもってして動き出す。


 倒れた体をすぐさま起こして、振り下ろされる剣を左手で掴んだ。


「なにいっ!?」


 もちろん素手だから手はズタズタになる。指だって落ちるかもしれない。


 だとしても、俺はシャネルを守る。


 剣を掴んだまま金山を睨む。


 なにか言おうとするが、言葉はでない。かわりにヒュルヒュルといった空気が口から出るだけだ。それでも言わんとしていることくらい通じるだろう。


 ――シャネルに手を出すな!


 そう、俺は言葉よりも雄弁に語っていた。


「狸寝入りかよ、榎本!」


 返事なんてしない。


 それよりも、シャネルが一瞬で動き出し落ちていた俺の刀を拾い上げる。それを俺の右手に握らせてくれる。それは瞬きよりも速い、刹那の瞬間。


 俺とシャネルの息のあったコンビネーションだ。


 右手で握った刀を、逆袈裟ぎゃくけさに振る。


 ゾンッ、と金山の腰から肩にかけて、一閃。


「あああっ!」


 金山は叫ぶ。


 しかし下がらない。


 そのまま手を俺に伸ばしてくる。俺の顔を金山の手が掴む。


「ふざけるなよ、榎本ぉ!」


 なにかが体がから吸い取られているような不思議な感覚。


 スキルが奪われているのだ!


 俺は掴んでいた剣を手放し、ありったけの力をこめて前蹴りを金山にくらわす。それで金山は吹っ飛んだ。


 どちらの血か分からないほどに、あたりは血だらけだ。


 体中ぐちゃぐちゃにされて俺もそうだが、胴体を派手に斬られた金山も血まみれ。


 金山はそんな状況でも、気色悪いニヤニヤ笑いを浮かべていた。


「奪ってやったぞ、榎本! お前のスキルを!」


「だから……どうした」


 俺のやることは変わらない。


「シンク、無理しないでよ」


 シャネルは泣きそうになりながら、俺に言う。彼女のこんな表情、初めて見た。そしてそんな表情になるまで負けてしまった自分が情けなかった。


「無理なんてしてないさ」


 好きな女の子の前でやることが、無理なものか。やりたくてやってるんだ。


 刀を構える。


 あれ、日本刀ってこんなに重たかったかな?


「お前のスキル、『武芸百般EX』はもう俺のもんだ!」


 金山が嬉しそうに叫んでいる。


 ああ、それを奪われたのか。


「まるでオモチャのロボットだな」と、俺は言う。


「なに?」


 あの時、俺はオモチャを持っていた。けれど愛情はもっていなかった。


 いまは?


 俺たちは逆になっている。


 やつはスキルをたくさん持っている。けれど独りぼっちで、誰からも愛されていない。


 俺は、ずっと欲しかった愛情をシャネルから受け取った。


 互いが無い物ねだりでここまできた。それでお互いが欲しい物を手に入れて。しかしやつは幸せそうじゃない。


 きっと、やつの歩んできた道は間違いだったのだ。


 だからこそ――。


「お前に勝つ」と、俺は言い切った。



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[一言] 負けるな!シンクゥゥゥゥゥゥゥゥ!!!!!!
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