358 王座の間にて
いま現在、俺とあいつの距離は50メートルといったところか。
金山は王座に深くこしかけ、足をだらりと伸ばしている。足置きがあるが、それは人間だ。きれいな金髪の女性、衣服はなにもつけていない。
「少し時間がかかった、金山アオシ」
俺はやつの名前を呼ぶ。
「本当だよ、来ないのかと思った。榎本シンク」
「いまさら金山って言い方もおかしいな。キンサン・ブルアットルとでも呼ぼうか? 魔王様よ。どういう呼び方がいい?」
刀はまだ抜かない。
冷静に、あくまで冷静に。
「どんな呼び方でもいいさ、好きに呼べよ、負け犬」
そんなやすい挑発にはのらない。
しかし他のことで心は乱される。
金山の座る王座、そのさらに奥に六角柱がたのクリスタルがある。そのクリスタルは横たわっており中にはシャネルが入れられていた。意識はないのだろう、微動だにしない。
「意外と驚いていないんだね。俺が魔王だって分かっても」
「べつにどうでもいいさ。どの道お前のことは最初から殺すつもりだった。むしろこれで正当な理由ができたってなもんだ」
「そうかい。俺は驚いたよ榎本。お前まだ童貞なんだな」
「だからどうした」
こいつも俺の記憶を見たのだ。
「いやあ、でももったいないな。良かったぜこの女の初めて」
俺は思わず笑ってしまう。
金山はいぶかしげな顔をした。
「嘘だな」
「なに?」
「分かるんだよ、お前はもう枯れてるんだ。人間として生殖機能すらも。お前がそんな状態でシャネルを犯すとは思えない、もしもそんなことをやるとしたら――嫌がるシャネルを無理やり、それも俺の目の前でやるはずだ」
「ほう」
「お前はそういう男だ。自分じゃなにも決めない。自発性なんてない。他人の顔色ばっかりうかがう。ただの哀れな泣き虫だ」
「黙れ――」
「どうだい、楽しいかい? 満足かい? お前の求めた王座は。独りぼっちでよ」
「黙れっ!」
金山が激昂する。
そりゃあそうさ。人間、図星をつかれたときほど腹がたつことはない。
「なるほどたしかにこの国はお前のものになったかもしれない! だがしかしな、お前のことなど誰も認めていないぞ!」
「俺には力がある、認めるしかないさ」
「ふんっ、そうかい」
さて、第一に考えるのはシャネルの救出からだ。
やつは俺との決着をつけたいようだが、俺はとにかくシャネルを助けたい。そこに違いがある、勝利条件の違いは戦い方にも違いを生むはずだ。
やつは俺を殺すために、とんでもない魔法をつかってくるだろう。それをなんとか回避して、シャネルの元にたどりつかねば。
焦るな、俺。
焦るなよ。
「そういえばお前――」
とりあえず会話を引き伸ばしながら、少しづつ近づく。
金山はニヤニヤと笑う。嫌な笑い方だ。
「なんだよ、泣き言か? いまなら全裸で土下座すれば許してやるぜ」
「裸好きね、お前」
それにしても、シャネルは裸にひん剥かれてないな。
良かった良かった、これで裸だったら絶対キレてたからね。
「それで、なんだよ」
距離はすでに縮まっている。30メートルといったところか。
「ティアさんは? あの人はお前の恋人なんじゃねえのかよ」
「ああ、こいつか?」
金山は足置きにつかっていた女を蹴った。
蹴られた女はなすがままに倒れる。
それがティアさんだった。てっきりさっき鎖に繋がれていた女たちのようなものだと思っていたが。いいや、この期に及んで。金山からすればどんな女であっても等しく価値は同じなのだろう。
ブランド物をたくさん持っている人間が、メーカーの違いで上下はあるかもしれないが、ブランド自体に価値を見いださなくなるのと同じように。
「ふざけるなよ……」
俺は怒りをおさえて、しかしおさえきれずに言う。
「いたって真面目だよ、榎本」
「最後に確認するぞ、お前たちは愛し合ってるわけじゃないんだな」
「質問の意味が分からないな。こんな女、俺がどうか思うとでも? ただちょっとエルフの奴隷がほしかったから手に入れただけさ。もっとも、そのさいに抵抗されてな。殺しちまったんだよ」
「なに?」
「これはただの死体さ、俺が魔法で無理やり動かしてただけのな」
なんてむごいことを……。
そうかい、俺たちは知らないとはいえ死体に話しかけていて、死体と旅をしていたのか。
「お前は化け物だよ。間違いなくな」
「褒め言葉か?」
蹴られたティアさんはまるでプログラムされたロボットがそうするように、その場で意味もないのに四つん這いになる。足置きのように……。
「でもある意味安心したよ。これでお前を殺しても、誰も悲しむ人間がいないことが分かった」
その言葉に、金山のほうも怒りを覚えたようだ。
「お喋りは終わりだ」
と、俺は会話を打ち切る。
距離はすでに20メートルをきった。
もう少し近づけば有効な攻撃を加えられる距離に入る。
相手の出方は分からないが、なんとかしてやる。気をつけるのはやつに触れられないこと。触れられればスキルを奪われる。
「そうだな、始めるか」
金山が王座から立ち上がり、右手を上空に向かってかかげた。
俺は一瞬、視線をその手のさきに向ける。
中空に剣がぶら下がっている。
「ダモクレス……?」
シャネルに聞いたことがある。
英雄ガングーが戴冠の際に利用したという剣。王たる資格のないものが王座に座ればその剣が落ちて不届き者を貫くという。ある種、選定の儀式に使われる剣。
ガングーの場合は、これが落ちたというが……。
「ほう、知っているのか」
「それはたしか盗まれたはず」
まさか、この男が盗んだのか。
いままで何度も目の前で見てきて、気づかなかった。しかし王座の上に吊るされているのを見た時、ピンときたのだ。
「欲しかったもんでな。ガングーの使った剣だ、俺が持つにふさわしい」
「そんなものが欲しいのかよ」
俺は刀をぬいた。
けっきょく、この男は幼い日に公園で木の棒を欲しがったときと何も変わっちゃいない。
人のものを欲しがって、それで手に入れたとしても惨めなだけ。
あんな古めかしい剣を、ただの飾りくらいの価値しかないそれを本当に欲しかったのか?
「さあ、始めようじゃないか。榎本シンク。俺の復讐を」
「なにを言っている、これは俺の復讐だ」
頭がおかしくなったんじゃねえのか、こいつ。
金山は剣を構えようとしない、右手で握ったままぶらりと下げている。
「いいや、俺のさ――」
「ふざけたことを」
距離はすでに15メートルをきった。踏み込めば斬りつけることのできる間合い。
剣同士の戦いではすでに近距離戦に入る。ここからインファイトをしかける――というのが定石。というよりも常識。
「お前は甘いやつだよ、榎本」
「なに?」
「俺ならばあんな甘い復讐はしない。月元も、水口も、木ノ下も、火西も。俺だったらもっと惨たらしく殺す。なあ、榎本。全てを奪ってやる。そのあとでお前の体も精神も無茶苦茶に壊してやるよ」
「ハラワタ引きずりだしてそれを食わせるってか? そういうのはな、陰キャの発想なんだよ!」
俺はこの距離であえてモーゼルを抜いた。
そして金山の眉間をめがけて弾を撃ち出す。
先手必勝、しかも奇策。
――とったぞ!
弾が、命中、したのだった。




