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356 幹部との連戦


 シャボン玉のようなそれは、しかしもの凄いスピードでこちらに向かってきた。


 俺は最初、それを斬り裂こうとした。


 だが、直感が危険だと判断をくだす。


 脳で考えるよりも早く、脊髄の反射で俺はシャボン玉をよけた。


 するとだろうだろうか、地面にあたったシャボン玉は弾ける。そして地面には円形のクレーターができていた。


 消えたのだ、一瞬にして。


「くそ、避けるな!」


 ロンドンが声変わりも終わっていないような甲高い声で叫ぶ。


「この魔法は……」


 俺は考えながら、体を動かす。


 ――見たことがあるぞ。


 牢屋からでた先はただの通路だったが、そこに無数のシャボン玉が浮かんでいた。


「どうだ、すごいだろう! 渾然魔法『ユビキタス』! 普通ならば徳を積んだ高僧が数人がかりで唱えてやっと使うことのできる大魔法! 僕はこれを1人で使えるんだぞ!」


 なんの自慢かは知らないが、ロンドンは笑いながら叫ぶ。


「邪魔くせえ」


 先に行きたいのに、これではロンドンに近づくこともできない。


 普通ならば、な。


「どうだ、これを初見で避けることは不可能なはず! 死ね、消え去れ、無になれ!」


 ぎゃあぎゃあとよく叫ぶ。


 このロンドンとかいう少年、魔法の扱いは上手いのかもしれないが戦闘にはなれていないのだろう。


 俺だけを相手にこんな大技をぶちかますのがなによりの証拠。おおかたビビって自分ができる最大の魔法をつかったのだろう。


 もっとも、それがアダになったわけだが。


「な、なんで! どうして当たらない!」


 俺は無数のシャボン玉のような魔法を紙一重でかわし続ける。少しでも触れれば、その部分が消滅、ないしグチャグチャになる。それに関しては昔、カタコンベでやられてこりていた。


 だけどあの時と違うのは、詠唱した人間が1人だということ。そして、その人間が高低差もない一直線上で、無防備に立っているということだ。


「悪いけど、一度見たことがあるんでな」


 そもそもこの魔法に手こずったのは、相手が自分よりも高い位置にいて攻撃がしにくかったことが一つ。そしてもう一つはあのときは俺も連戦で疲れていたということ。


 万全の状態ならば――。


「どうして当たらないんだよぉ!」


 よけることなど造作ぞうさもない。


 俺は魔法の間を縦横無尽にかいくぐりロンドンに接近する。


 刀を抜く。


 そのまま一閃。


 しかし踏み込みが甘かった。というよりも、ロンドンが思ったよりもビビって後ろに倒れ込んだせいで刃がきちんととどかなかった。


 それでも切っ先がロンドンの顔面を切り裂いて、鼻頭のあたりに真一文字の切り傷をつくる。そこから血が吹き出す。


「ああっ!」


 あたりのシャボン玉が一斉に消えた。


「ふざけるなよ……」


 俺はつぶやくように言う。


 しかし、ロンドンは泣きわめくばかりでなにも行動を起こそうとしない。


「おい、シャネルはどこだ。どこへ連れて行った」


「痛い、痛いよぉ!」


 まったくこっちの話など聞いてない。それどころか戦意すらも喪失してしまっているようだ。


 俺はその態度に、言いようのない怒りを覚えた。


「子供がよ、覚悟もないのにこんな場所にいるんじゃないよ」


 俺は刀を振り上げる。


「や、やめ――」


 最後まで言わせる余裕は、俺にない。


 刀を上段から斜めに振り下ろす。たぶん痛みは感じなかっただろう、驚いた目のままロンドンは首を切り落とされて死んだ。


 まさしく据物すえもの斬りだ。座り込んでいたロンドンの体は微動だにしていない。


「ったく、後味が悪い」


 まだ年端も行かないガキを殺した。そうしなければ、相手に殺されていたかもしれないとはいえ。


 それにシャネルがどこにいるのかも聞き出せなかった。


 ゴロン、と転がった首。俺はそれを拾い上げてもういちど首の上にのせておく。まさか墓を作るわけにもいなかないだろう? これが俺にできる精一杯の礼儀だった。


 あたりにはボコボコの穴があいている。それをよけるようにして、こちらに近づいてくるロン毛の男が1人。


「お、お前まさか。ロンドンをやったのか……」


「よぉ、エディンバラ。お前とはよく合うな」


 これで3度目だ。こういうのを邂逅かいこうと言うのだよな? 違うか。


 冷静に……あくまで冷静に。


 どうせ魔王と対面すれば心をかき乱される。ならばそれまでの間に少しでも心を落ち着けておく必要がある。


「このエディンバラ・マクラーレンの仲間を殺すとは!」


 エディンバラが背中から4本の腕を出現させ、こちらに向かってくる。


「なんだよお前――」俺は冷たい気持ちで、腹をたてた。「仲間が死んで怒るくらいのことはできるんだな」


 その優しさを――優しさというのだろうか?――少しでも他の人間に分けてやれば良かったのに。そうすれば俺だって――。


 伸びてくる黒い手を、刀で一刀両断にする。


 ――ここまで怒らなかった。


「なっ!」


 エディンバラの驚愕の声。


「邪魔なんだよ」

 

 今度は本体の手を肩から切り裂いた。


 魔力の腕で地面を叩きつけて、慌てて距離を取るエディンバラ。しかし片腕を飛ばされて、痛みに顔をゆがめている。


「ふざけるなよ、少年! お前ごときが、魔王軍の四天王に勝てると思うな!」


「勝つとか負けるとか、そんなのはどうでも良いんだよ。たださ――シャネルはどこだ?」


 俺は自分の怒りの原因を理解する。


 そうだ、シャネルがいないからだ。


 まるで母親が近くにいなくて泣きわめく子供のように、俺はシャネルのことを求めている。それが愛というのか、それとも依存というのか……童貞の俺には分からない。


「あんな女に手を出そうとしたの失敗だった」


「あんな女だと!」


 それはまさかシャネルのことを言ってるのか?


 許さないぞ。


「あれは魔王様のものだった、あんなのに関わろうとしたからお前なんかに!」


「隠者一閃――」もうブチギレた。問答無用だ。「『グローリィ・スラッシュ』!」


 まったく魔力をためこまない、濁流のようなビームを放つ。


 全部消え去ってしまえ、そういう気持ちだった。


 だがあまりにも怒りにかられたせいだろう、リキみすぎた。そのせいか、ビームの照射場所が少しずれてエディンバラに防御させることを許してしまう。


 それでも、もう片腕はもらったが。


 両腕をなくしたエディンバラはさすがに撤退を決めたのだろう。背中を向けて逃げ出す。


 追うことはしなかった。


 それよりも、考えなしで『グローリィ・スラッシュ』をぶっ放した。そのせいで消費した魔力を回復しておかなければ。


 ゆっくりと歩く。


 さて、シャネルはどちらかな?


 運はないが、勘は良いのだ。たぶんそちらだろうという方行に歩く。


 すると、廊下の先に大剣をかついだ男がいた。


「おいおい」


 さすがに四天王との三連戦はキツイぞ?


 それとも魔王のやつ、俺の体力を奪っておく作戦にでたか? こすいなあ……。なんでもいいけどこすいって方言かな。分からねえ。


「前とはかなり雰囲気が違うな」


 男――カーディフが言う。


「そうかい?」


 俺はへらへらと笑う。


「怒りに支配されて笑みを浮かべるタイプか? そういうようには見えなかったが」


 ふん、っと鼻を鳴らした。


 できるだけ冷静に、ひょうひょうと見せようとしたが無駄だったようだ。俺が怒っていることなどすぐにばれた。


 まいったなあ……こんな状態じゃ絶対に「水の教え」なんて体現できないぞ。


「それで、あんたも俺とやるかい? いま、なかなか調子いいよ、俺ちゃん」


 嘘だ。


 怒りで頭がいっぱいだ。


 そのせいでまともに動けていないはずだ。ロンドンに勝てたのは相手が精神的に弱かったから。エディンバラに勝てたのは単純にあいつの手の内が分かりきっていたから。


 しかしカーディフは違う。


 こいつは強い。もし相手どるならばかなり苦戦するはずだ。


 だが、戦うというのならば――やるしかない。


「ついてこい」


 しかしカーディフは戦うつもりはないようだ。


「なに?」


「魔王様がお待ちだ」


 ますます「なに?」って感じだ。あの野郎、俺が起きることなんてお見通しってか。舐めた野郎じゃねえか。


 後悔させてやる。


「なんでもいいけどあんた、その剣、重たくないのか?」


「それがいま気になることか?」


「あ……いや」


 そう冷静に言われるとなんだ。


 俺がバカみたいじゃないか?


 いや、バカなのだけど。


 でもまあ、いい具合に冷静になれた。冷静だよね!?


 しょうじき分からなかった。




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