354 行け! グローリィ・スラッシュ
真っ暗な空間で、俺はアイラルンと顔を突き合わせている。
「さっさと出るぞ。もうどこにも光は見えない」
俺は全ての記憶を見たのだ。やつが俺に見せようとした記憶の全てを。それとも、この記憶はランダムで決められたのだろうか。分からない。だがきっと、他の記憶を見たところで俺が魔王に対する認識は変わらなかっただろう。
――かわいそうなやつ。
俺が幕引きにしてやる。お前の人生を。
「では朋輩、ここから出ましょうか」
「つうかさ、お前」
「なんですの?」
「最初、俺に記憶を見せようとしなかったよな、魔王の」
「そうですわね」
「お前な! ダメだろ、あの記憶見ないまま魔王と戦ってたら!」
「わたくし、信じておりましたよ?」
「なにをだ!」
俺はちょっと怒っていた。
だってこの女神といったら、自分の保身のためにあんな重大な情報を隠そうとしたのだぞ。
なんだよ、他人のスキルを奪うスキルって。
「でも朋輩ならきっと、知らなくても勝っていましたわ」
「気が早い」
まだ魔王と対峙したわけでもないのに。
「さて、では朋輩。ここを出る方法ですが……はい、わたくしにキスしてくれたら教えますわ」
「ふざけるなよ」
「と、言うわりにはわたくしと目も合わせない」
「童貞なもんでね」
あっちからいじられる前に先手を取る。
「まったく、たくましくなって」
たくましいか?
まあいいや。
「で、どうやって出るのさ」
「簡単ですわ。朋輩、必殺技があるでしょう」
「『グローリィ・スラッシュ』な。まあ俺の必殺技っていうか、勇者だった月本のパクリだけど」
言い方が悪いか。参考にしたとかでなんとか手を打ってくださいな。
「朋輩はそもそもあれがどんな技かご存知ですか?」
「そりゃあ知ってるさ、自分でつかってるんだから。こう、ためた魔力がドバーって出るんだよ。ビームみたいに。で、ちょっとコツはいるけどビームにしないでそのまま斬ることもできるんだ。どっちかというと、こっちが本当の『グローリィ・スラッシュ』だな」
なんせスラッシュって名前なんだから。
「おおむねその認識で間違いはありません。追加するなら、その必殺技はなんでも斬れるんですわ。斬る、というよりも消滅させると言ったほうが近いかもしれませんね」
「ちょっと待ってくれよ、それいまのこの現状を打破することを関係あるのか?」
「おおありですわ」
どういうことだ、と俺は考える。
そして一つの考えが導き出された。
「なんでも斬れるって言ったよな、いま」
「言いましたわ」
まさか……けれどアイラルンのこの言葉。そういうことなのか?
「なんでもって、なんでも?」
「はい」
「それってまさか、概念的なものでも?」
「もちろんですわ。朋輩が斬れると信じたものでしたら、なんでも斬れます」
「すげえな『グローリィ・スラッシュ』!」
そういえば……と、俺はこの必殺技を習得したときのことを思い出す。あのときはそう、シャネルに言われたのだ。
できるかできないかは分からない。けれど、できないと思えばできることだってできなくなる。つまりは心の持ちようだと。
そうか、だから俺はシャネルの言葉でこの技が使えるようになったのか。
「なので朋輩、さっさとこんな夢の世界は斬り捨てて、シャネルさんを助けに行ってくださいまし」
「了解だぜ」
俺は刀を腰だめに構える。居合の構えだ。
夢の中で刀を持っているってのも変な気がするが、まあ夢の中で全裸じゃないのだから不思議でもないか。
「頑張ってくださいまし」と、アイラルン。
「いくぞ、隠者一閃――『グローリィ・スラッシュ』!」
――シュン。
と、空間を引き裂くような音がした。
ただ、それだけだった。
「ぜんぜん斬れねえんだけど?」
「それは朋輩の信じる力がたらないからですわ」
えー。
信じてるぞ?
でもまあ、実際思う。概念を斬るってなんだ?
「はいはい朋輩。もう一回」
「『グローリィ・スラッシュ!』」
スカッ!
ダメでした……。
「ぜんぜんですわね」
「本当にできるのかよ?」
「朋輩、そういう考えがダメなんですわ!」
はいはい。
俺はもう一度やってみる。叫び声が足りないかと思って腹の底から声をだすが。
うるさいだけである。
「朋輩、こんなことをしている間にもシャネルさんの身に危険が迫っているかもしれませんわ!」
「急かすなよ!」
そんなこと言われるとこっちも焦っちゃうだろ!
「はいもう一度!」
「『グローリィ・スラッシュ』!」
「あ、いまいい感じでしたわ!」
「マジで!?」
「いえ、気のせいでした!」
こいつ、ぶん殴るぞ!
いったん休憩、座り込む俺。
けっきょく『グローリィ・スラッシュ』は出ていないので魔力はつかっていないが、叫び続けたせいで喉が少し痛かった。
「なにがいけないのでしょうか? もしかして朋輩、心の奥底ではこの空間でわたくしとずっと一緒にいたいとか考えているのではありませんか?」
「それはないな」
即答できた。
「せめてもう少しサービス精神をおもちになって」
「いやあ、アイラルンは美人だから一緒にいると緊張しちゃって。あれ、もしかしてそのせいで出ないのかな?」
「美人と言ってもらえるのは嬉しいですが、わたくしのせいにしないでくださいせ」
「もうしわけない」
さて、そろそろ休憩も終わりにするか。
冗談めかしてやってる場合でもないのは分かっているんだ。
「朋輩、『グローリィ・スラッシュ』は心で放つんですわ!」
「分かったようなこと言いやがって」
「でもそれが真理ですわ」
やれやれ。
俺は気合を入れて刀を構えた。
だが、いつもの居合の構えではない。あれはそもそもビーム状に魔力を撃つさい、そのほうが振り抜くことができてビームを放ちやすかったからだ。
では、ただ斬る場合は?
もしかしたら、ただ上段から振り下ろした方がやりやすいのではないだろうか。
そう思った俺は、刀を大上段に振りかぶった。
よし、やってやるぞ。気合を入れて。
心を整えて……。
「朋輩、やっておしまい!」
「待て、その言い方なんか小悪党っぽいぞ!」
一瞬で集中が途切れた。
「あら、ごめんあそばせ」
「たくよぉ、人がせっかく気合入れてんだから黙ってろよな」
「そんな。応援くらいさしてくださいな」
「じゃあちゃんと気合いの入るやつにしてくれよ」
「任してくださいませ!」
いやあ、心配だなあ。
でもやるしかないか。
行くぞ……。
「隠者一閃――」
気合いを込めて叫んだ呪文の詠唱をした瞬間に、
「行け! グローリィ・スラッシュ」
アイラルンも吠えた。
それと同時に俺も叫ぶ。
「『グローリィァァイ・スラッシュウゥゥ!』」
巻き舌気味で、思いっきり。
不安はない。
迷いもない。
ただ信じている。
この刀はなにもかも斬れるのだと!
なにもない空間を刀がはしる。そして、光が差し込むように溢れ出す。
「やりましたわ、朋輩!」
「どうよ、やってやったぜ!」
笑う。
アイラルンも笑う。
「行ってらっしゃい、朋輩」
「まかせときな」
悪い気分じゃなかった。むしろ好、いい気分だぜ。
あとはこの刀で、魔王を斬るだけだ!
先日、劇場版『GのレコンギスタⅠ 行け!コア・ファイター』を見てきました
だからどうしたんだって話しなんですが、まあ面白かったので。
今日のタイトルはそれによせてあります、おこがましいのですが。




