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036 仲間の死


 最初に不覚を取られたのは僧侶だった。


 前に出すぎていたところをヒクイドリ5匹に袋叩きにされたのだ。


 スピアーがすぐさま助けに行こうと動いたがダメだった。ヒクイドリの数があまりに多く連携がとれなかったのだ。スピアーは自分の前にいる敵で手一杯だった。


 囲まれて炎を浴びせられ、僧侶は絶叫した。


 俺もなんとか援護に向かおうとしたが足元にヒクイドリが放った火の玉が飛んできて動きを止められた。その間に僧侶は焼死していた。


 一瞬だった。


 人間とはこんなにもあっさりと死ぬのかとそう思うほどに。泣きたくなったがそんな暇もない。油断していてはこちらもやられることになる。


「くそっ! くそっ! くそっ!」


 意味のない悪態をつきながらもヒクイドリを斬り殺していく。


 一体何匹やっただろうか? もう覚えてもいない。


 大き一撃はもらっていないものの、体中火傷だらけだ。ヒクイドリは常時その羽を燃やしているモンスターだ。死んだ後も少しの間は羽が燃え盛っている。それを踏みつければ当然、足も焼けただれてボロボロになっていく。


 きつい。


 どんどん動きが鈍くなっていく。


 ときおり、魔力のたまった魔法使いが大技で周囲のヒクイドリを一掃する。その瞬間だけが、俺たちの休める時間だ。それもそう、長くはないが。


「兄さん、俺は遊撃で前に出る。兄さんは専任で爺さんを守ってくれ」


「わかった!」


 僧侶の抜けた穴を埋めるように、一瞬で作戦を決める。


 スピアーが前に出ていく。その背中はさすがに疲れているように見える。俺だってだ。


「若いの……」


 息を切らして魔法使いが俺に言う。


「どうしたっ!」


 向かってくるヒクイドリを斬る。


 口から吐き出される炎にさえ注意すれば、数が多いだけでそう強いモンスターではない。


「わしはもうダメじゃ」


「弱音を吐くなよ!」


 陽がくれかけている。空が茜色に染まる。ヒクイドリたちはまだまだいる。


「しかしもうこの老体は動かんのじゃ。魔法を唱えようにも魔力がない……杖じゃってまともに持ち上げられんのじゃ」


「うるせえ! できないなんて思ったらできることだってできなくなるんだ! だからできない事でもできると思ってやるんだよ!」


 それは俺がシャネルに言われた言葉だ。


 なにげないセリフだったのだろうが、俺にとっては結構好きな言葉だった。


 だから俺はひそかにそれを胸に刻んでいたのだ。


「ふっ、若いのう。じゃがわしも昔は若かったんじゃ。よし! 最期の魔術、いくぞ! お主ら、離れておれよ!」



 地を這う我らに慈悲はなく、かつてのエデンは夢の園。その悲しみは大地を揺らし、それゆえ神の子どもは皆おどる――アース・クエイク!



 呪文と共に、地面が揺れだす。


 足の細いヒクイドリの中には転倒するものもいる。


 そして大地が割れだした。そこに多くのヒクイドリが落ちていく。


 俺はその時、見てしまった。物言わぬ僧侶の死体も、ヒクイドリと共に地面の裂け目に飲まれていくのを……。今度は俺のときのように誰も助けない。


「やったな、爺さん!」


「あ、ああ……」


 スピアーの称賛に魔法使いは何か言おうとしたが、すぐに黙りこくった。


「どうした?」と、俺は言う。


 だが魔法使いは答えない。そして、弱々しくそのマントのからポーションを取り出した。こういうここぞというときのために大切にとっておいたものを虎の子という。


 魔法使いは虎の子のポーションを飲もうとして……そのまま動かなくなった。


「お、おい!」


 スピアーが駆け寄る。


「ど、どうして?」


「死んでる……魔力の使いすぎだ」


「そんな……」


 俺のせいだ。俺が魔法を使うことをすすめたから……。


「そ、そうだ。ポーションを飲ませよう!」


「よせ、兄さん。もう死んでるんだ、飲ませても無駄だ。それよりも俺たちで飲んだほうがまだマシだ」


 俺は思わずスピアーを睨む。


 どうして無理だなんて言い切るんだ!


 だけど、スピアーの悲しそうな顔がもう全てが手遅れだと物語っていた。


「ごめん、そうだな……」


「これで俺たち二人か」


 スピアーは魔法使いの死体をテントの中に入れた。俺は手を合わせて黙祷する。


 そうだ、俺たちはこれでもう二人だけ。


「どうする、兄さん。もういっそ俺たちも逃げるか?」


「まさか……ここまでやったんだ」


「ああ。そうだな。ここで逃げちゃあ死んでいった二人が浮かばれねえよな」


「まさかこんな大変なクエストとはね。これで前哨戦(ぜんしょうせん)なんだからドラゴンってのはどんだけ強いんだよ」


「さあ、知らねえよ。けどよ俺たちがこれをやらなくちゃ、勇者様がこいつらと戦ってたのは確かだろ。そう考えたら俺たちの仕事には意味があった」


「そうだな――」


 さて、と俺たちはまた武器を構えた。


「兄さん、お客さんがたくさん来たぜ」


 俺は笑う。


 分かっている。


 あの魔法でヒクイドリを全て倒したわけではないのだ。それどころか相手にはまだまだ増援がいた。なんという数だろうか。この数をたった二人で――。


 ――無理だ。


 と、弱音を吐きたい。


 けれど弱音なんて吐いていられない。気弱になった心を怒りやらなにやらで上書きする。


「まったく、望まれない客だな」


「なあ兄さん、これ終わったらまた一緒に酒のもうぜ」


「いいねえ……」


「あの美人の姉さんも紹介してくれよ」


「はは、性格はかなりキツイぞ」


「俺の妹も紹介してやるよ。こっちも性格はかなりのもんだけどな!」


「そりゃあ良い!」


 もう勇者が来てくれるとすら思っていない。


 ただ戦う。ヒクイドリを倒すために。


 戦うために戦うのだ。


 それが死んでいった二人の魂を救うと信じて。


「行くぞ!」


「おうっ!」


 まさに修羅となる。


 一振一殺(ひとふりいっさつ)


 斬る、殺す、勝つ!


 それだけを考えて――いいや、何も考えないで。ただただ戦い続ける。


 何度か死んだかもしれない。けれどそのたびに『5銭の力』が発動して俺は死なずにすむ。


 俺たちはやがて背中合わせで戦うことになった。


「兄さん、生きてるか!」


「そっちこそ!」


 こうしていれば敵がどれだけ多くとも、前にだけ集中できる。理にかなった戦い方だ。背中を任せられる味方というものは本当に頼りになる。


 ヒクイドリの数は目に見えて減っていく。


 そして、その数はもう少ない。


 ここで俺は必殺技を出す。


「隠者一閃――グローリィ・スラッシュ!」


 俺はそのビームを前にだけではなく、横から一薙(ひとな)ぎするようにスライド移動させた。180度、目に見えていた敵の全てが俺の放ったビームの餌食になった。


「……やった、やったぞ!」


 もの凄い疲れが俺を襲う。


 倦怠感。


 体力とは少し違う、気力とも違う、ただ単純な生命力が減っている感覚。これこそが魔力の正体なのだろう。


 これがあるから、できることならば使いたくなかったのだ。だがもう無理だった。


 俺は振り返る。そこにはスピアーがいる。


「やったな、スピアー!」


 俺は声を掛ける。


 だが、スピアーからの返事はない。


「お、おい。スピアー?」


 その体が、どうっと倒れた。


「おい!」


 俺はスピアーにしがみつき、気がつく。もう息をしていない……。


 体には無数の傷と火傷の後。このクエストの前にはピカピカだった鎧だってボロボロだ。槍なんてよく見れば刃の部分がほとんど潰れている。


 スピアーはこんな状態で戦っていたのだ。


 いや、守ってくれたのだ。俺の背中を。


「……ありがとう」


 こいつのおかげで助かった。


 さあ……これで独りぼっちだ。みんな死んだ。


 俺は泣いてしまいたかった。でも泣いたところで何も変わらない。せめてもの気持ちにと、スピアーと魔法使いに墓でも作ってやろうかと思った。


 もう周囲に生きているヒクイドリはいない。安全だ。


 俺は、魔法使いの死体をいれたテントを覗き込む。


「――うっ!」


 思わず吐きそうになった。


 いや、無理だ。吐いてしまう。


 魔法使いの体は見るも無残になっている。


 食われているのだ、ヒクイドリに。やつら、死肉を食いやがった。ふざけるな――俺の仲間を!


 そうだ、三人は仲間だった。


 確かに出会ってから一日しか経っていない。けれど確かに俺たちはパーティーだったのだ。


「くそ、くそ!」


 俺は地面に突っ伏して泣きわめく。声をあげて、みっともなく。どうせ誰も見ていない、だから思う存分に泣いた。


 こんな場所にこなければ良かったと初めて思った。


 ふと見れば、ポーションの瓶が転がっている。たぶん魔法使いが飲みそこねたものだろう。俺はそれを無造作に服のポケットに入れた。


 そのとき――。


 ザッ、ザッ、ザッ。


 足音が聞こえた。


 誰かがここに登ってきているのだ。


 はっ、と思い出して空色を見る。もう夜のとばりが落ちそうだ。夕方と夜の境目。こういう時間を逢魔(おうま)(どき)と言う。


 魔に逢う時――その言葉の通り、何か悪いものに出くわしそうな時間。


 俺は慌てて物陰に隠れる。


 はたして、山を登ってきたのは勇者一行だった。


(――遅いんだよ!)


 せめてあいつらがもっと早くこれば、俺たちのパーティーは壊滅せずにすんだかもしれないのに。


 最初に登ってきたのは、武道家の女だ。この前のように素手ではなく、今は鉤爪をつけている。その鉤爪は薄黒くなった血で汚れているようにも見えるが……。


「誰もいませんね、ご主人様」


 武道家の女が言った。


 たしか何やら名前があった気がするが、忘れた。


「おうおう、そうか」


 勇者――月元は右手に僧侶の女の子を抱きかかえながら、性格の悪そうな笑みを浮かべている。その顔を見るだけで殺意が湧く。


「やっぱりあいつらの言った通りだったか」


 ――あいつら?


 誰のことだろうか。


「そうですね、やっぱり全滅したんでしょう。まあ、ザコばかりでしたし」


 武道家の女は鉤爪の血を何やら紙のようなものを取り出して拭いた。


 その瞬間、俺の第六感が告げた。あの血は人間のものだ! では、誰の? そんなの決まっている。逃げた工作部隊のやつらだ。


「ま、逃げたザコの粛清(しゅくせい)はしましたし。……ここには何人か残っていたらしいですけど」


「おおかた、こいつだろうさ」


 そう言うと、勇者はスピアーの死体を邪魔くさそうに蹴った。


 ダメだ、もう我慢できない。俺は一度はしまった剣を抜く。


 ここで、殺す!


 しかし、その殺意をすんでのところで抑える。状況は悪い、俺は満身創痍。しかしあちらは万全の大勢だ。ここで俺が出ていっても無駄な特攻にしかならない。


「あー、こいつなんて名前だったかな? 顔は覚えてるんだけど、忘れたなあ。ザコの名前なんていちいち覚えてねえし」


「はい、ご主人様」


 勇者はスピアーの死体を見てニヤニヤと笑っている。


 ふざけるな!


 だが、俺は出ない。ここは我慢するしかないのだ。


 続々と登ってくる討伐部隊の最後に、魔法使いたちの姿がある。その最後尾にシャネルの姿を認めた時、俺は泣きたい気持ちになった。


 今すぐにシャネルに駆け寄って、その豊満な胸に顔をうずめて、今までのこと全部を泣き言としてぶちまけたかった。けれど今はそれもできない。


 シャネルは遠目からでも分かるほどに不機嫌そうな顔をしている。しかしそんなすました顔も美しかった。


 しかし、その顔が一瞬だけ不安そうになった。


 周りをキョロキョロと見ている。……俺の死体がないか探しているのだろう。だがそれがどこにもないことを確認して、また不機嫌な顔に戻った。


「おい、お前ら! 使えるテントと食料を探せ!」


 月元は討伐部隊のやつらに命令を下す。中にはまだヒクイドリに壊されていないテントもあったのだ。それを見ていっているのだろう。


 誰かが魔法使いの無残な死体を引っ張りだしてくる。その顔は険しい。その死体を無造作にヒクイドリの死体に重ねていく。


 死骸を一箇所に集めて、何をするつもりなのだろうか?


「ちょっとあんた、火属性の魔法が使えるんでしょ!」


 気の強そうな魔法使いの女がシャネルに言う。あの女も覚えている、勇者パーティーの一員だ。


「ええ」


 シャネルは相手を冷ややかな目で見つめた。その眼力で魔法使いの女は一瞬たじろいだ。


 しかしすぐに気を取り直す。


「ならこれ、邪魔だから全部燃やしなさい!」


 そうか。そのために死体を集めたのか。でも、あの中にはスピアーや魔法使いの死体も入っているのだぞ。


 シャネルは分かったとも言わずに作業的に呪文を唱え、死体の山に火をつける。


 俺は見ていられなかった。


 俺の仲間たちが燃やされるところなんて、見ていたくなかった。


 俺はそのまま平地となった拠点を離れていく。もとより月元が来るときには身を隠すつもりだったのだ。これで良い……。


 ――シャネル、またな。


 心の中で(好きだよ)なんて愛を囁いてみる。どうせ聞こえないから言い放題だ。


 俺は名残惜しくて振り向く。


 すると――見えないはずだ。そんな位置取りではないはずなのに、シャネルもこちらの方を見ているように感じられた。きっとそれは気のせいだけど。でも……嬉しかった。


 それで俺は不思議な勇気をもらって隠れるように山から森へと入っていく。


 俺はここで、一晩野宿をする。そして明日、月元に復讐を果たすのだ。



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