351 最後の100年
大変革が起こり、最初の100年をブルアットルは冒険者として過ごした。
しかしどれだけのモンスターを討伐しても、どれだけの人助けをしても彼を称える声はなかった。その頃はまだギルドというシステムがなく、どれだけ人からの依頼をこなしても名声を得ることはできなかったのだ。
ちょうどギルドができるころ、彼は冒険者をやめた。ギルドを作ったその男は人々から称賛を受けていた。その下で動くことを彼は良しとしなかった。
なぜなら彼は誰にもしばられたくはなかった――あのガングーのようになりたかったのだ。
次の100年、彼は商売でもしようと思った。けれど彼には商才がなく、いくつか店をだしてみたがその全てがダメだった。
そして次の100年、ブルアットルは初心に立ち返る。
――俺はガングーのようになりたいのだ。
だがその方法はなにも思いつかなかった。
幸い、時間だけはたっぷりとあった。彼は不老だったのだ。
だがその悠久の時間の中で、彼はますます壊れていった。
ガングーになりたい、しかしそのためになにをすらば良いのか分からない。100年だ、100もの間ブルアットルは悩み続けた。
そして見出した結論は、ある意味では原始的なものだった。
――力だ、力さえあれば良いのだ。
それがいまから100年前のことだ。
「あの、朋輩。そろそろ帰りませんこと?」
俺の隣にいるアイラルンが言う。
「なんでだよ、あと100年だろ」
俺はブルアットルの人生を早送りされたビデオのように眺めた。
それで思ったのだが、この男の人生というのは長いだけで中身がないのだ。大変革からこっち、ただ名声を求めて行動していた。
だがその間に、友もなく、恋人もいなく、また敵すらもいなかった。人生という長い旅路を、ずっと1人で歩いていたのだ。
可哀想に。
負け惜しみでもなんでもない、ただそう思った。
目的があるようで、なにもない男だったのだ。ブルアットルは。
だがあるとき、彼の元に一柱の女神が現れた。
――アイラルンだった。
「おい、あれお前じゃないか!」
「おっほっほ」
誤魔化すアイラルン。
なるほど、これを見られたくなかったから俺のことをさっさと元の世界にもどれと急かしていたのか。
「あなたはわたくしの好みではありませんが、因業なかたですね」
ブルアットルの記憶の中のアイラルンは、そう言った。
「誰だ……お前は。どこかで見たような……」
「忘れているならそれで結構。ときにあなた、ご自身のスキルはご存知ですか?」
「スキル……だと?」
ブルアットルはそのとき、力を手に入れるために1人で山ごもりをしていた。それがいったいなんの意味があるのか分からない鍛錬を、ずっとずっと続けていた。
たしかにそれは一定の成果はあったかもしれない。しかし師もなく独りよがりに技を磨き続けるブルアットルは、ここ10年ほどまったく武術に関して上達していなかった。
「わたくしはあなた方、因業な者たちにスキルを授けました――」
本当にアイラルンって余計なことしかしないよな。
敵に塩を送るってやつね。
あ、でもよく考えたら俺も『女神の寵愛~シックス・センス~』のスキルもらってるのか。ブルアットルとはおあいこね。
「お前、まさか女神か?」
「ご明察。あなたに与えたスキルはとっても簡単。願えば良いのです」
「願う……?」
「そう、あなたが欲しいと思ったものを願えばそれが叶います。相手のものを奪ってでもね。つまりは他人のスキルを奪うスキルですわ」
記憶の中のアイラルンはケラケラと笑っている。
「おいおい、なんつうもんあげてんだよ」
チートスキルじゃねえか。
「だって……」
「だって?」
「あのかたの魂の形が、そのスキルをなしたのですわ」
「じゃあ俺の場合はどうなんだよ、察しが良いからシックス・センスになったのか?」
「まあ、おおむね」
にしても、他人のスキルを奪うスキルだって?
これはうかつに戦えないぞ――。
ブルアットルは自分の両手をじっと見ている。
「俺の……力。他人の力を……?」
「あなたに一つだけ言っておきますわ。これから先、世界はどんどん変わっていきます。あなたの待ち望んでいた人も現れるでしょう」
「俺の?」
「そうです。それまで、せいぜい。お好きなように生きてくださいまし」
ブルアットルとアイラルンの会話は、ただそれだけだった。
それからすぐにブルアットルは山を降りた。
そして、手当り次第に他人のスキルを奪い始めた。
自分が強くなっていく実感。他人を蹴落として上がっていく喜び。最後にはガングーのように、いやそれすらも超えて行けるのではないかと。
そして、彼はさらに十年ほどの間、ありとあらゆるスキルを集め続けた。いつかし彼には敵はおらず、間違いなく最強と呼ばれるような人間――いや、化け物が誕生していた。
「おいおい、これどーやって倒すのさ?」
俺はアイラルンに聞く。
「創意工夫と臨機応変で乾坤一擲の必殺技を放つんですわ」
「乾坤一擲ってどんな意味だよ」
「運任せという意味ですわ」
……なんじゃそりゃ。
最強の自負を持った後で、ブルアットルはとうとう行動を始めた。
狙ったのはグリース、その国だった。
彼はアイラルンの言葉を覚えていた。これから世界は変わっていく。そのとき、台風の目となる国はつまりグリースである。我々のいた世界でいうところの大英帝国。近代国家の礎たる大国。
その国の王――つまりは魔王となれば自分は世界を手に入れることができるのだと。
彼はグリースの軍隊に入る。
約500年ぶりの軍隊生活の中で、ブルアットルはメキメキと頭角を現した。
とはいえ、彼が自分の力を万全に発揮していたかというとそうではなく。むしろブルアットルは自分の力を隠した。
それはいままで全てのことに満足できなかったブルアットルの悪癖に見えた。
最初に自分を隠し、ここぞという場所でふざけたほどの力を発揮して周りをあざ笑う。周りをアッと言わせる。それで彼は溜飲を下げる。
そんなことを繰り替えして、彼は魔王軍の中でも地位を上げていく。
しかし、しかしである。
彼は幹部にはなれなかった。
魔王軍の幹部になるには力だけでは不十分だったのだ。たとえば貴族であることなどの後ろ盾が必要だった。それがなければ、なれてもせいぜいが魔王軍の将軍といったところで……。
これはブルアットルをがっかりさせるには十分なものだった。
――俺は力を手に入れたんだぞ? だというのに、俺をお前たちは認めないのか。
不満をため続ける男。
そんな時だった。
魔王が死んだのは。
いいや、厳密に言えば殺されたのだ。
勇者と呼ばれる男――そう、月元という名の異世界からきた男に……。




