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349 怪物と戦う時


 気がつけば俺はまた、記憶の旅から帰ってきていた。


 放心するように座り込み、背中に薄ら寒いものを感じている。


 ――ガングー。


 その男を初めて見たときから、俺の中になにか違和感のようなものが芽生えていた。あの男の雰囲気、恐ろしいまでに自分勝手で、しかしそれが他人――ドレンスという国のために行われているのだという不遜な態度。


 それを俺は、似たものをもっと小さなスケールで見たことがあるように思えてならなかった。


 極めつけはあの笑顔だ。「ありがとう」そう言った瞬間、彼はたしかに笑顔だった。


「見たことのある笑顔だ」


 面影がある。


 ガングー・カブリオレ。


 ドレンス指折りの英雄。そんな人間に親近感のようなものを抱いていた。


「朋輩」


 闇の中から声がした。


「声はすれども姿は見えず……」


 俺は冗談めかして言ってみる。


「いえいえ朋輩、ここにおりますよ」


 後ろだった。


 振り返ると、アイラルンは金色の髪を手ぐしで整えながら、疲れたように微笑んでいた。


「えらい久しぶりじゃねえか。元気してたか?」


「思いやりの言葉、痛み入りますわ」


 いやべつにお前のことを思いやったわけじゃないけどさ……。


「ま、なんでもいいや。というかここどこ? なんか知ってるの?」


「もちろんですわ。わたくしは朋輩がここから出られなさそうですので、少し手助けにまいりましたんですよ」


「それはそれは」


 遠くの方で光球が星のように光った。


 それを触れば魔王――キンサン・ブルアットルの記憶が覗けるのだが。


「朋輩、気になりますか?」


「まあな。なあ、俺ガングーって人を見たぞ。知ってるか、ガングー」


「もちろんですわ」


 そうか、アイラルンでも知ってるのか。さすがに英雄は違うな。


「あの記憶……あれはいったいなんなんだ?」


「朋輩、まずひとつ勘違いしておりませんか?」


「え?」


「朋輩は記憶を見ております。しかしそれは朋輩だけではないのです」


「ごめん、意味がわからない」


 察しは良い方だけど、さすがにそれだけじゃあ。


「つまりですね、『深淵を覗く時、深淵もまたこちらを覗いている』ということですわ。有名な言葉ですわね」


「『怪物と戦うものは、その過程で自らも怪物とならぬように気をつけろ――』ってやつだな。えーっと、ニーチェの言葉だな」


「そのとおり。そしてわたくしが何を言いたいのかと言いますと――あっちらも見ておりますのよ。貴方様の記憶を」


「あちらってまさか……」


 魔王か?


「この空間は魔道具によって作りだされたものですわ。もともとは新婚の夫婦などが互いの記憶を共有するために使われていたもので……まあ結婚してまで互いに信じられない破廉恥な人間たちが使う、愚かな道具です」


「わざわざ魔王が俺にそんな魔道具を使ったのか!」


「そういうことになりますわね」


 せないという言葉はこういう時のためにあるのだろう。


 どうしてやつは俺の記憶を知りたい?


 いや……逆か?


「自分の記憶を見せたいのか? この俺に……」


「それは分かりませんが」


 しかしなぜ?


 自慢のためだろうか。ダメだ、これに関しては本当に分からない。本人に会って直接聞くしかないだろう。


「で、アイラルン。ここから出る方法は?」


「それは簡単です、朋輩には力があります」


「力……?」


 いや、それよりも。


「どうしました、朋輩。なんだか怪しい顔をしておりますが」


「いやあ……ね?」


 俺は遠くに見える光球の方を向いた。


「ま、まさか朋輩!」


「気になるっちゃあ、気になる」


 理由は分からない、なぜやつが俺に自分の記憶を見せる、あるいは、俺の記憶を見たがるのか。しかし俺は……好奇心がある。


「触ってきちゃダメか?」


「朋輩、わたくしの言ったこと聞いてました? 相手にも記憶を見られるのですよ」


「見られて困る記憶か?」


 あ、いや。他人に記憶を見られるのってなんか嫌だけどさ。


 でも俺は他人様に後ろ指をさされるような恥ずかしい人生を送ってきたとは思っていない。とくにこっちの異世界に来てからは。


「やめたほうがいいですわよ」


「なんか、お前が困るような言い方だな」


「……ソンナコトナイデスワヨ」


 あきらかにおかしい!


 おいおい、これ俺じゃなくても気づくだろ。


「なにを考えている、アイラルン?」


「おっほっほ、朋輩。わたくしは、いつでも」アイラルンはまったく、女神のように清らかに笑ってみせた。「貴方の味方ですわ」


「なーんか怪しいな」


「まあまあ、さっさと出ましょうよこんな空間」


 俺はその言葉に返事をせずに光の玉の方に走り出す。


「好奇心はキャットも殺す!」


 これ、言うの何度目だ?


「あっ、待ってくださいまし! 朋輩、待って! いや、マジで!」


 うわ。女神なのにマジとか言っちゃってるよ。


 そうとう嫌なんだな。


 なんでか分からないけどアイラルンのことからかうの楽しいな。


 でも本当に嫌がってそうだからさすがにここらでやめにするか。


 俺は急ブレーキ、立ち止まる。


「あっ!」


 すると。


 ドンッ!


 と、後ろからアイラルンにぶつかられた。


「うわっ!」


 こんどこそ本当に体勢を崩して光にぶつかる。


 不可抗力、不可抗力です!


「あわわわわ! 朋輩!」


「すまん、本気で!」


 視界が光に飲み込まれる。


 俺は記憶の旅を始める。


 この先にいったいなにを見るのか、見せられるのか……。


 分からない。


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