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346 ブルアットルの初体験


 最初の戦場で、ブルアットルはたいした活躍もしなかった。


 敵を1人、たまたまラッキーショットで撃ち抜いただけ。あとは他人の後ろに隠れていただけ。ブルアットルの得意技だった。


 もっとも、活躍をしなかった代わりに死ぬこともなかった。


 兵隊はただの兵であり、英雄とは違う。


 英雄は人々に夢を与えて導くのものだ。しかし兵隊のやるべきことはもっと簡単、言われたことを言われたとおりにやる。


 そういう意味ではブルアットルは最高の仕事をしたとも言える。


 今回の戦場になったのは街の外だった。敵の部隊は中の住民に被害を与えないためにと、自分たちが数的に不利であるにも関わらずわざわざ街を捨て外に出てきたのだ。


 決戦といえば聞こえは良い。


 だが、それはていの良い自殺のようなものだった。


 さして時間もかからず、ドレンス方面軍ルーテシア大隊は敵を蹴散らした。


「よしよし、生きてるなブルアットル」


 戦闘が終わって、わざわざルーテシアはブルアットルのところまで来た。


「はい!」


「新兵のうち、3割はここで死ぬ。まあこいつらは運がなかったやつらだ。そういう意味じゃあ、お前はちょっとばかしマシだな。ところでブルアットル」


「はい」


「もしものとき、軍事法廷にかけられる覚悟は?」


「あります」


「よろしい。ではついてこい」


 ルーテシアは馬に乗っていた。なかなか良い毛並みをした馬だ。闘志もありそうで、戦場では活躍しそうだ。俺ちゃん、馬にはちょっとうるさいのよね。


 ブルアットルがルーテシアの後ろをまるで金魚のフンのようについていく。


 当然のごとくルーテシアがまっさきに街に入ったので、2人目の略奪者となったわけだ。


 さらに後ろから入ってきた兵隊たちはタルを持っていた。俺はてっきりワインでも入っていて、勝利の美酒に酔いしれるのかと思った。


 けれど、違った。


 兵隊たちがタルの中身をそこら中にぶちまける。


 嫌な臭いがした、油だ。


「よし、つけろ」


 ルーテシアが言う。


「え?」


「火だよ、火。マッチかなんかあるだろう」


「はい」


 ああ、なるほど。そういうことか。


 ブルアットルのやつ、トカゲの尻尾にされてるんだな。もしなんかがあったら火をつけた責任をとらされる、と。


 でもなんで火をつけるんだ?


 ブルアットルは素直に火をつけた。


 火はゆっくりと燃え広がっていく。


「はっはっは! これで良いぞ、こうすりゃあ街の住民共は金目のものを抱えて逃げ出す」


 あっ、察し。


 いや、酷すぎじゃねえかルーテシアさん? こいつマジで貪欲とか通り越して人としてダメでしょう。


「どういうことですか?」と、ブルアットル。


 馬の上から足蹴にされた。


「バカ、ちったは自分の頭で考えろ。金目の物を持ち出してくるんだぞ? そこを奪えば探す手間がはぶけて楽だろうが」


「なるほど!」


 なるほど、じゃねえよ。


 人として問題があるぞ?


 ルーテシアの算段通り、住民たちはそれぞれの家宝やら金目のものやらを家から持ち出す。そこを兵隊たちが襲いかかる。


 酷い光景だった。


 こんなものをなぜ俺が見なければならないのかと思った。


 目をそらす。終わるのを待つ。


 住民たちの悲痛な断末魔の叫び。それが聞こえる。


 俺は無力だった。俺の体はこの光景になんの干渉もできないのだ。それが嫌で嫌でたまらない。


 ブルアットルはじつに楽しそうに虐殺に参加した。


 けれど、本当に酷いのはそのあとだった。


 夜になり、兵隊たちは野営をした。もといた拠点まではその日のうちに帰ることができない距離だったからだ。


 野営と言ってもテントのようなもので寝られるのは偉い人間だけ。ブルアットルのような新人は野宿に近かった。


 兵隊たちはそれぞれ、ぶんどってきた戦利品を見せあっていた。中にはそれを売ったり、交換したりしている人間もいた。


 ブルアットルもだ。彼は今後のことを考えて、戦利品を全て金貨と交換した。こうすれば持ち運びもしやすいということだ。


 ブルアットルは木に背中を預け、月の光でその金貨を見つめた。


 まわりには誰もいない、少しだけ他の兵隊とも距離をとっていた。


「兵隊になってよかった……金貨だ。初めて触った」


 1人で笑うブルアットル。


「あいつはこんなもん、一生持てないだろうさ。へっへっへ、負け組が」


 あいつ、というのが誰を指す言葉か。たぶん、あの日一緒に遊んでいた少年だ。


 笑っているブルアットルに、見たことのない男が近づいてきた。


「ここにいたのか、ルーテシア将軍がお呼びだ」


「将軍が?」


 呼ばれたブルアットルは金貨を大事にしまってルーテシアのいるテントへと行った。


 ルーテシアはワインを飲んでいた。


「おう、来たかブルアットル」


「はい」


 ルーテシアは少しだけ酔っているのか、上機嫌だ。獣のように笑う。


 ルーテシアはどちらかといえば小柄な男だったが、その肉体ははたからみても筋肉がみっちりと詰まっているようだった。ずんぐりむっくりとした体型は、どこかプロレスラーのようにも見える。


 さて、テントの中にはブルアットルとルーテシア以外にも2人の女性がいた。2人の女性は手足を鎖で繋がれて、とても窮屈そうにしていた。


 その表情の、なんと同情を誘うことか。


 1人は悲しそうに目を伏せて、全てを諦めたように床を見ていた。


 もう1人は気の強そうな目を入ってきたブルアットルに向けて唇をきつく噛んでいた。


 どちらも美人だった。


「どっちがいい?」と、ルーテシアは聞いた。


「と、言いますと?」


「つまりよぉ、キンサン」ルーテシアはブルアットルのことを親しげに名前で呼ぶ。「どっちとやりたい?」


 ブルアットルは少し迷ってから、気の弱そうな女の子の方を指差した。灰色の髪色をした女の子だ。女の子は自分が選ばれて目を見開く。


「……あっ、いやっ」


 首を横にふり、それだけ、なんとか言うことができた。


 ルーテシアは笑いながらその女の髪を掴んだ。


「じゃあ、俺はこっちの女とやる。キンサン、お前はそっちだ」


「はい」と、言いながらもブルアットルは物欲しそうな目で気の弱そうな女性を見る。


「そう悲しい顔をするな、俺が飽きたらお前にも別けてやるさ」


 ブルアットルは頷きながら、気の弱そうな女性に近づく。こちらは金髪だ。燃えるような唇は腫れぼったく、日本人の好みとは少しだけ外れている。だが肉感的で、抱きしめたら気持ちよさそうだった。


「……初めてだ」


 と、ブルアットルはつぶやく。


「なんだ、キンサン! 童貞かよ、なら好きなようにやっちまえ。壊してもいいぞ」


 俺はテントを出た。


 嫌な気分だった。


「やめて、やめて!」


 中から声が聞こえてくる。


 俺は耳を塞ぐ。


 ――これが魔王かよ。これがキンサン・ブルアットルとか言われる男の過去かよ!


 腹がたってしかたがない。刀を抜くも、斬れるものなどない。


 だから俺は、代わりに魔王を恨む。


 こんな光景を見せやがって。


 今頃シャネルは大丈夫だろうか?ふと、不安になる。いてもたってもいられない。


「クソがぁ!」


 叫んだが、意味はなにもなかった。


今日でこの小説を投稿し始めてから1年がたちました

ときどき休んだりしながらも、だいたい毎日投稿ができました。

それもこれも、いつも読んでくれたり感想をくれたりする皆様のおかげです

ありがとうございます。


この流れで言うのもしのびないのですが、来週の火曜日くらいからしばらく投稿をおやすみします

12月1日からはまた毎日投稿する予定です

もうしわけありません。

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