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342 宮殿侵入――そして


 宮殿の前にある門は開かれていた。


 最初、それはパーティーがあるから開いていのかと思った。けれど門の前には兵隊の姿もなく、ひっそりと静まり返っていることからただ開いているだけに思えた。


「不用心」と、シャネルが言う。


「ま、おかげでこうして中に入れるんだ。ありがたく思おうぜ」


 いきなり戦闘が始まるかと思っていたけど、どうやら宮殿に近づくまではできそうだった。


「お先にどうぞ」


「いやいや、こういうのはレディーファーストで」


「じゃあ同時に入りましょうよ」


「よし来た」


 シャネルは今日、真っ白い服を着ていた。汚れ一つない、まるでウェディングドレスのようなロリィタドレスだった。初めて見る服だった。もしかしたら今日のためにとっておいたのかもしれない。


 俺たちは荷物のほとんどを宿に置いてきた。


 そのまま処分してくれと言ってある。服やカバンは捨てても惜しくないものしかない、とシャネルは言っていたので、たぶんいま着ているこの白い服が一張羅いっちょうらなのだろう。


「ねえシンク、思ったのだけど」


「なんだ?」


 門の前で突っ立っている俺たち。


「パーティーというか晩餐会っていうの? ふつう何時からだと思う?」


「分からないけど、夜だろ?」


 いまは夕方だ。まだあたりが暗くなるまでには時間はありそうだ。


 うまい具合に今日は霧が薄い。俺たちはガスマスクをつけずに外出していた。


「でしょう? で、招待客の姿は?」


「いや、見えないな」


 宮殿の前の方にある車止めに、馬車の1台も停まっていない。


 それどころか、宮殿のまわりにある広大な庭に誰もいないのだ。


「不思議だと思わない?」


「言われてみれば。本当に今日なのかよ? パーティーって」


 もしかして延期とか中止された? まいったなあ、それじゃあ中にココさんもいないかもしれないのか。いや、そもそもパーティーがあるとしてもココさんが中にいるかは分からないけど、可能性は高いだろう?


「ま、入ってみてよね」


 シャネルが門を超えた。


 俺も足並みをそろえる。


 するとどうだろうか。俺たちが門を超えると、勝手に門がしまった。


 慌てて振り返る。太い鉄格子はなんの音もたてずに無骨な威圧感を俺に与える。


「どうして閉まったのかしら?」


 俺は考えた。


「可能性は2つ。1つは全自動だった」


 自動ドアみたいなね。


「もう1つは」


「俺たちを待っていた。シャネル、気をつけろよ。もしかしたら罠かもしれないぞ」


「慎重なのは良い事だけど、そういうことってありえるかしら? 私たちのことがあっちに感知されてるってことよね?」


「あるいは俺たちをピンポイントで狙っているんじゃなくて、き餌みたいなものかもしれない。冒険者、あるいは魔王の命を狙う人間を誘い込むための――」


 俺は門の方へと腕を伸ばす。


 ――バチンッ!


 いきなり指差先に静電気のような衝撃がはしる。


「痛っ……。まあ、あらかた察してたけどさ」


「どういうこと?」


「閉じ込められてるんだよ、俺たち。こんなスカスカの鉄門扉だけど、外に出ることができないんだ。門を開けようにも触れない」


「結界魔法ね。さすがグリースって言ったところかしら。ドレンスじゃあこんな魔法使える人間、片手で数えるくらいしかいないわ。悔しいけどこと魔法を使うという分野に限って言えば、グリースはどこの国よりもすごいわ」


「とはいえ――」


 俺は刀を抜き、門に向かって力いっぱい真一文字に振り抜く。ブチブチと厚紙でも切るような感触が手に伝わった。


「あら、普通に斬れたわね」


「退路は確保しておかなくちゃな」


 もっとも、これで罠であることは半ば確定したようなもの。退路うんぬんではなく、このままトンズラするというのもアリなのだ。


 だがシャネルはそんな気はさらさらないようだ。


「行きましょう」と、宮殿の方に向かって歩き出す。


 やれやれ、今回のシャネルはかなりやる気だ。それもそうか、ココさんに――復讐相手にここまで近づいているのだ。俺がもしシャネルの立場だったら、おもちゃ屋に来た子供みたいに走っていただろう。


 とはいえそこはシャネルさん、まるでランウェイを歩くモデルのように優雅に進んでいく。


 そして宮殿まで行くと――。


 中から音楽が流れていた。


「あら、ちゃんとパーティーはやってるみたいね」


「どうだかな」


「え? どういう意味?」


 音楽の音が大きくなった。と、思った次の瞬間には宮殿の中からぞろぞろと兵隊が出てきた。パワードスーツのような鎧を着た、例の魔族の成り損ないだ。


 兵隊たちは俺たちを取り囲むように散らばる。しかし襲ってくるわけではない。


 なにをするかといえば――踊りだしたのだ。


 下手でぎこちないステップを踏んで踊る兵隊たち。音楽に合わせているつもりなのだろうが、どうにもそう見えないほどに不器用だ。


「なになに、なに?」


 珍しい、シャネルが混乱している。


 そのおかげで俺は逆に冷静になることができた。


「歓迎してくれるんだろうさ」


「バカじゃないの? これがパーティーのつもり? お人形遊びならヨソでやってよね」


「お人形?」


「だってこれ、生きてないでしょ全部。魔族だなんだって言っても、こんなの死体を魔力で無理に動かしてるだけよ。そうでしょう?」


 俺は魔法についてはよく分からないが、しかし生きていないか。


 なんだか警戒な音楽を鳴らし、飛んだり跳ねたりしている兵隊たちがとても惨めに見えた。


「さっさと行くわよ」


「おう」


 俺たちは出てきた兵隊と入れ替わるようにして宮殿へと入っていく。


 最初に俺たちを出迎えるのはダンスホール。


 外の騒ぎとは真逆に、誰もいない。


 宮殿というよりもそう――邸宅のような間取りをしている。


 赤い絨毯が敷き詰められている。華美な装飾は金ピカなものばかり。慎ましい俺からすればあまりセンスが良いとは思えないが……。


「シンク――」


 シャネルが警戒する声を出す。


 見れば奥の階段から、シルクハットをかぶった少年が降りていくる。黒い洒落たスーツを着ているが、身長が小さいせいでどうにも衣装の方に着られている感があった。


「やあ、ようこそ」


 少年が言う。


 こいつはたしか魔王軍の四天王の1人で――。


「そしてさようならだ」


 えっ?


 一瞬で世界が暗転した。


 真っ暗。なにも見えない。


 そして……。


「ふうん、これが魔王様のお気に入りかぁ」


 少年の声が耳に届く。


 そう、この少年はたしかロンドンという名前だったはずだ。魔族の完成形だとか、そんなことをシャネルが調べてくれて……。


 真っ暗。


 真っ暗。


 真っ暗。


 眠るのとも違う。まるで死がやってきたかのように、俺の意識は薄れていく。


 そしてそのまま――ブラックアウト。



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