034 ヒクイドリの襲撃
そいつらがやってきたのは、朝方だった。
「敵だっ!」
という、他のパーティーの人間の声で叩き起こされる。
俺たちのパーティーで起きていたのは魔法使いだけだった。老人は朝が早いって言うからな。
「なんだなんだ!」
スピアーが慌てて鎧を着込む。
俺はそんなものをもともと持っていないので、さっさとテントから飛び出した。(ちなみにスピアーと二人のテントでした)。
敵の数は10匹ほど。
山の斜面をものすごい速さで駆け下りてくる。二足歩行の巨大なニワトリのようなやつ。
「コケッー!」
俺は剣を構える。
向かってきたその鳥を――横薙ぎに斬り捨てる。
そう強くはないようだ。
だが一匹倒していい気になっていた、左右から二匹の鳥がものすごい跳躍力で俺に襲いかかってくいる。
――まずいっ!
だが、鳥は空中で串刺しにされた。
「ギリギリセーフ!」
スピアーだった。
やはりかなりの腕だ。たった一回の投擲で二匹を一気に倒したのだ。
「なんだよこいつ!」と、俺は聞く。
「火喰鳥です!」
僧侶がそう答えた。
炎の玉が飛んできた。僧侶が魔法のバリアでそれを防ぐ。
ヒクイドリとはようするに巨大なニワトリだ。ウコッケイにも似ている。だが違うのはその名の通り、口から火を履くところと、燃え盛る翼を持っていることだ。
俺はピンときた。たぶんジャイアント・ウコッケイはこのヒクイドリとの縄張り争いに負けて山をおわれたのだろう。俺の勘はよく当たるから、これは正解のはずだ。
「おぬしら、時間をかせげ! わしが魔法で地面を割る!」
魔法使いが巨大な呪文の準備にかかる。魔法はその威力が強力になればなるほど詠唱も長くなるのだ。
「よし、兄さん。俺たちで前衛行くぞ!」
「了解!」
他のパーティーも戦っているが、どちらかといえば押されている。工作部隊なのだ、戦闘は得意ではないのだろう。
ここは俺とスピアーで気張らなければならない。
ったくよ、起き抜けにこれはきついぜ。
一匹、二匹、三匹。どんどんヒクイドリを斬り捨てていく。昨晩の酒は残っていない。これならかなり動ける。
あ、俺いまお金はいくら持ってたっけか?
財布の残高が気になる。なにせ俺にとって命と金はまさに同等の価値なのだ。お金がある限りは『5銭の力』によって死なないのだから。
「バフいきます!」
僧侶の補助魔法だ。さらに動きやすくなる。
だが、同時にヒクイドリの数も増えだす。
「何匹いやがるんだ!」
「1、2、たくさんだよ!」と、俺は答える。
それでスピアーは笑ってくれた。「面白いな、兄さん」あんがい余裕だな、こいつ。
俺たちは善処しているが、いかんせん他が押されている。中には壊されているテントもある。いったいヒクイドリ共はどうして俺たちを襲っているんだ? 分からないが、モンスターなんてそんなもんかもしれない。
「よし、アース・クエイクじゃ! お主ら全員、離れておれっ!」
魔法使いの準備が整った。
地面が揺れだした。アース・クエイク……地震という意味だ。その魔法名の通り、地震を起こすものだろう。まさかの大技だ。
だが、その魔法の規模は思っていたよりもさらに大きかった。
地面が割れ、そこにヒクイドリどもが落ちていく。
「これもう地割れじゃねえか!」
しかも間の悪いことにその地割れは俺をも飲み込もうとしてくる。
走る、走る、走る!
だが――足を引っ掛けた。
「うわっ!」
――落ちる。
「兄さんっ!」
がしっ、と手をつかまれた。スピアーだ。
「落ちるって! 落ちる落ちる!」
地面がない。足がぶらぶらする。怖い!
「大丈夫ですか!」
僧侶も駆け寄ってくる。そして開いている方の手を掴んでくれる。
俺は二人がかりで引っ張りあげられた。
「助かった……」
死にかけた。
さすがに地割れのクレパスに落ちたらお金だって一気になくなって死ぬだろう。
「おい爺さん、あぶねえぞ!」
「すまぬ、すまぬ」
魔法使いは大技の影響で疲れたのか、その場にへたりこんでいた。
「それにしても酷かったですね」
僧侶の言葉に俺たちは頷く。
戦闘自体は15分ほどだっただろうか。それよりも戦っている間は緊張から一瞬に感じた。だが、被害は甚大だ。
テントは数個、壊されている。
また、冒険者の中に死人も出ていた。なにも地割れに落ちていったのではない、ヒクイドリに食い殺されたのが1人と、丸焼けになったのが2人だ。
12人の冒険者が9人に減ってしまったのだ。
「くそ、楽な仕事とはいかねえな。こりゃあ……」
「ヒクイドリはまた来るでしょうか?」
僧侶の言葉に俺たちはゴクリと唾を飲み込む。
……それは恐ろしい考えだ。
まだ朝なのだ。戦闘にたけた部隊が来るまでは半日以上はある。もしもう一度、今のような襲撃があったら。次は耐えられるだろうか?
もし次が来たら、俺は逃げるか?
いや、そんなことはできない。俺は一人で逃げてもいいが、そんなことをすれば前衛職のスピアーはかなり辛くなるだろう。それに、夕方に登ってくるシャネルにも危険が及ぶかも知れない。ここは俺がなんとしてもこの場所を守らなければ。
「ヒクイドリは縄張り意識の強いモンスターじゃ。おそらくまた来るじゃろう」
「爺さん、結界魔法は?」
「もう少し休めば張れると思うが……」
「なら俺のポーション飲んどけ。なあに、俺はどうせやられねえよ。それよか爺さんの魔法が頼りだからな」
「おう、こりゃあありがたい。最近の若いもんも捨てたもんじゃないの」
俺もポーションを渡そうとして、思い出した。
――そうだった、俺二日酔いで飲んじまったんだ。
なんだか恥ずかしくなる。それと対象的にスピアーが眩しく見える。良いやつだ、こいつは。
魔法使いはもう一人いたはずだが、そいつはヒクイドリに食い殺されていた。だから本当に、俺たちのパーティーの魔法使いがここの拠点防衛の要なのだ。
「夕方までか」
俺のつぶやきに、他の三人が頷いた。
死闘が始まろうとしている。そんな予感があった。




