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327 五行魔法と童貞の話


 とおしてもらった部屋は高いところにはホコリが残っているものの、手の届く範囲や床はきちんと掃除されていた。


 たぶん手の届かない場所は老人の2人暮らし、掃除が行き届かないのだろう。


「なあ、シャネル」


「なあに?」


「とりあえず、そうだな。作戦会議といこうじゃないの」


 シャネルは良いわよ、と言いながら部屋のすみに持っていた手荷物を置いた――持ってましたよ、手荷物。そりゃあそうでしょ、旅行に行ってるんですから。


 え、旅行じゃないって。そうだね、いちおう魔王討伐の大事なクエストだったね。


「というわけでさ、俺たちの目的のおさらいだ」


「はい」


「魔王討伐、これはまあ最大の目標だ。良いな」


「そうね、大変そうだけど」


「それと俺は金山への復讐。あいつは生きている」


「わたしはまだ半信半疑だけど、シンクがいうならそうなのでしょう。にしてもあの魔法、すごかったわね」


「魔法?」


「そう、あの男の人」


 あ、これシャネルさん金山の名前覚えてねえな。


 ま、いつものことか。


「あれ、いわゆる土系統の魔法だよな」


 おっきい橋とか作ってたし。


 すげえよな、魔法って。シャネルもああいうのできないのか? できないよな、俺たちどっちもなにか作ることって苦手なんだろうな。


 しいていうなら子供くらいか、作れるの?


 おっと、失言だったな。童貞にはつくれませんわ。


「シンク、なにか勘違いしてるようだけどあれは土系統の魔法なんてチンケなもんじゃないわよ」


「え?」


「あれ、五行魔法だったわ」


 頭の中に疑問符が。


 テンテンテン(効果音)。


「ごめん、分からない」


「だからね、魔法には5つの属性があるわ、知っていて?」


「えーっと、火と、水と、土と……あとなんだったかな? 風?」


「残念、風は系統にないわ。正解はもくきん


「木金……」


 曜日だろうか。


 なんか月火水木金、うーんなんだか腹が立つぞ。ま、あとは金山だけだから。


「木火土金水、ここに陰陽を入れて厳密には5つの系統があるの」


「ふんふむ」


 半分くらい分かったよ!


「で、あれは土系統じゃなくて。その5つの系統を全部合わせたもの。すなわち五行魔法よ」


「そんなことできるの?」


「普通は無理よ。2つの属性をあわせる魔法ですら、そうとうな才能がいるわ。あんなことできる人……1人しかいないと思ってた」


「1人はいたんだな、少なくとも」


 金山を入れて2人か。


「お兄ちゃんよ」


「……なるほど」


 あの変は人、といったらシャネルには失礼か。


 ――ココ・カブリオレ。


 シャネルの兄でありながら、女装をしている変人。ちなみに可愛い、というか美人だ。


「そうとうな才能と、血のにじむような努力の果てに到達する魔法の最奥義。それにしてはあの人、魔法に対しての傲慢さがなかったけど」


「そういう性格じゃねえんだろ」


 にしてもなあ、そんなにすごい魔法だったのか。


 まあたしかに、なにもないところからあんなでけえ橋を作り出してたからな。


 もしかして、その『五行魔法』とかいうのは金山のもっているチートスキルか? そういやあいつのスキル、なんか見ることできなかったな。なんでだろう。


「とりあえず、私は兄を殺せればそれで良いわ。とはいえ、この国にはいないでしょうから。少しおやすみね」


「悪いな、俺の目的を優先させてもらって」


「良いわよ、べつに」


 ちらっとシャネルを見る。


 いつものゴスロリ・ドレス。最初こそ物珍しかったが、いまではもう慣れた。


 胸元の部分は白いレースになっている。


 シャネルは胸を持ち上げるようにして手を組んで、なにかを考えているようだった。


「あの霧……建物の中には入ってこないのね」


「ん?」


「ほら、外は霧でいっぱいでしょ?」


「そうだな」


 シャネルは窓を開けた。


 外の景色は全然見えない。なんだかさきほどより霧がこくなっている気がした。


「でもほら、中にはぜんぜん入ってこない」


 本当だ。


 なんでだろう。


 俺は外に手を伸ばす。


「……なんか、外気は生暖かいな」


「ちょっと変わって」


 俺は窓際の場所をどいた。シャネルが外に手を伸ばす。俺は横目でシャネルの胸元を盗み見た。いつ見ても大きい。ちょっと触らせてくれないだろうか?


 いや、頼めば触らせてくれるかもだけど……。


「うーん」


 なんだろう、あらためて久しぶりに2人きりになるとあれだ。


 距離感がビミョ~に分からないのである。


「本当ね。この霧、体に悪そうなのは確定なのだけど」


「ソウダネ」


 声が裏返った。


「どうしたの、シンク?」


「エ、ナニガデスカ?」


「変なの。ま、いつものことかしら」


 え、俺っていつも変なのか。


 シャネルがじっと俺を見つめる。


「あ、いや。そのさ。そ、そういやシャネルはその、あれだ。うん。シャネル?」


「なあに?」


「いや、なんでそんな近づいてきてるの?」


「なんでかしら」


 俺は一歩下がる。


 シャネルはしかし距離をつめる。


 刀の柄がシャネルの腰のあたりに当たった。シャネルは無言で俺の腰から刀を抜き取ると、ぞんざいにそこらへんに立てかける。


「ちょっと待って!」


「なにを?」


 両肩に手をのせられた。


 そのまま力を入れられる。抵抗しようとしたが、シャネルが胸を俺の胸に押し付けるように身を寄せてきた。そのせいで足から力が抜けた。


 倒れる、ベッドに。


 シャネルがのしかかってくる。柔らかい女の子の体……。


「待って!」と、俺はもう一度言う。


「なにを?」


 まずい、なにがまずいってなにかがまずい!


 俺はいま、チキっている!


 ここが童貞卒業の大チャンスなのは分かっている、けどダメだ! 心の準備が!


 あれかよ、シャネル。旅先で気分がよくなっちゃってるのかよ。


「とりあえずあれだ、風呂に入ってからにしよう!」


 俺はよく知らないけど、そういうもんなんだろ?


「いいわよ、そんなの。今日だけ特別よ」


「俺がよくないんだよ!」


 シャネルが俺の頬に手をそえた。


 シャネルの青い宝石のような目が真剣に俺を見つめていた。


 その目に自分の目をあわせることが恥ずかしくて、俺は顔をそむけた。


 だけど無理やり正面を向けられる。


 馬乗りになられて、シャネルと見つめ合っている。 


 顔から火が出るほどに恥ずかしい。


 俺は自分に自信がない、シャネルのような美人とこうして見つめ合っただけでアガってしまう。本当のところいうと、自分がシャネルとつりあわないのだとずっと思っていた。


 シャネルは俺のことを好きだと行ってくれるけど、なにかの気まぐれでそうなっているだけで。もしかしたらすぐに飽きられるかもしれないとさえ思っていた。


 けれどそんな不安は、シャネルと長いこと旅を続けるうちに消えた。


 彼女は俺のことを愛している。そう信じさせてくれた。


 ――だけど、ダメだ。


 こうして最後の一線を越えるその時になれば、怖気づく。


 俺はシャネルとはつりあわないんだって、今さら思う。


「大丈夫」と、シャネルは言った。


「え?」


「不安なんでしょ、私もよ。初めてなんて誰でもそんなもの。違うかしら?」


「その通りだな」


 シャネルが俺の手に自分の手をからめた。


 その手の動きがいかにもなまめかしくて、俺は自分が興奮していることに遅れて気がついた。


 もうこのまま性欲に身を任せれば良い、たしかに初めてで失敗するかもしれない。でもそうだとしても、トライアル・アンド・エラー。なんどだって頑張ればいいさ。


 俺は覚悟を決めた。


 シャネルが唇を近づけてくる。


 けれど目を閉じているせいか、俺の唇ではなくて頬のあたりにキスをした。


 ならばこっちから――そう思った。


「好きよ」


 目を閉じたままのシャネルが言う。


 俺もだよ、なんて言葉は恥ずかしくて言えなかった。


 そのかわりキスを返そうと思った。


 心臓が、はれつしそうだ。


 けど、俺の敏感な耳はほかにもう1つ、大きな心臓の音を感じた。シャネルだ、シャネルも緊張しているんだ。顔にはまったく出ていないけど。


 なんだよ、可愛いところもあるじゃないか。


 そりゃあそうだよな、だってシャネルだって初めてなんだから。


 ――やるぞ!


 けど、ダメだった。


 いきなり部屋の扉がノックされた。


 シャネルが微笑んだ。


「残念」


 いきなりシャネルは俺からどいた。


 逃した魚は大きいというが、これじゃああんまりだ。せっかくこっちがやる気になったときだったのに。


「もし、お客様」


 この宿のバアさんの声。もう腹たってるんでバアさんで良いです。


「はい、なんです?」


 シャネルが部屋の扉を開けた。


 やはりというか、老婆が立っていた。


「言ってなかったのですが、今日の夜は出せますが明日の朝ごはんは出せないんです」


「そうですの、分かりました」


 失礼します、と老婆は下がっていく。


 俺はベッドに寝転がる。


「続き、やる?」


「……やらない」


 もう泣いちゃいそう。


 つうかそのうちマジで泣くぞ。


 はあ……。


 こうして俺は今日も童貞の夜を過ごすのだった。


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