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324 人生という名の列車


 いったいどれだけの間、そうしていただろうか。


 分からない、1分かもしれないし10分かもしれない。気がついたときにはずいぶんと長い時間がたっていたような気がした。


 シャネルに呼ばれて、やっと自分がまだ列車の上にいることに気がついた。


「シンク。シンクってば! 大丈夫?」


 大丈夫?


 ああ、大丈夫さ。


 俺はね。


 客室の方に戻ろうと思う。ふと見れば列車の天井には金山の剣が刺さっていた後があった。……もう少し深々と刺していれば、最後に手を伸ばしたときに剣がはずれることはなかったのかもしれない。


 けれどそんなことはいまさら……。


 魔石が俺の足元に転がっていた。


 それを1つ拾い上げる。


 こんなものっ!


 と、思って列車の上からそれを投げた。


 金山があそこで落ちたのは十中八九魔力不足のためだ。きっとあの橋を作った大魔法で魔力がほとんど枯渇したのだろう。


 俺も経験があるが、魔力がない状態というのは本当につらいんだ。眠気だとか倦怠感だとか、ひどい風邪をひいたような状態になって。


 倒れちまうんだよ。


 俺は列車の中に戻った。


「おかえり」


 シャネルは目を伏せて、言う。


「落ちたんだ、あいつ」


 俺はそうつぶやいた。


 シャネルは悲しそうに頷いた。。


「私も、止められなかった。彼女、噛み付いて私のこと振り払ったのよ。ほら、見て」


 シャネルの白い手には、赤い歯型のようなものがあった。


 いまは少し痛いかもしれないが、たぶん明日にはきれいサッパリ消えているだろう。そういうキズだった。


「落ちたんだ……俺は助けようとした。手を伸ばした!」


「ええ、ええ。分かってるわよ」


「だのに、あいつは落ちたんだ! 俺のせいじゃない……俺は違うんだ。俺は金山のことを殺してない」


 これじゃあダメじゃないか。


 俺が殺す前に死んじゃったら復讐ができないじゃないか。


 人を助けて、愛するティアさんも一緒に落ちて、そりゃあ金山は幸せだったかもしれない。けど俺は!? 俺は――あいつを殺していない!


「まだ金山は生きてる」


 自分でもバカなことを言っている。


 そもそも俺はどうして金山に生きていてほしいなんて思っているんだ? 死んでいるならそれで良いじゃないか、面倒が少なくて済むんだ。


 俺が殺さずに済んだんだって。


「シンク、残念だけどあの高さじゃさすがに……。魔法でも使わないと」


「ならそうしたんだよ、魔法をつかった。それで生きてる」


「駄々をこねないで、シンク。そうは見えなかったわ」


 俺はシャネルを睨んだ。


 ――お前は、あの2人が死んでも良いっていうのかよ!


 でもそれは逆恨みだ。


 それに、シャネルの目だって寂しそうなものだった。まるでそう、いままさに友を失ったように。


「ごめん」


「良いのよ、シンク。でもね、聞いて。私たちがなんと言ったところで列車は走り続けるわ。そうでしょう?」


「……ああ」


 そうだ、シャネルの言う通りだ。


 この列車はグリースの首都へといく。それは変わらない。そのために俺たちは戦ったのだから。人が安心するために――。


「ごめん、シャネル。俺ちょっといま、1人になりたい」


「ええ、そうね。それが良いわ」


 俺たちの周りには乗客たちが集まってきた。


 なにか感謝の言葉を伝えようとしてくれているのだろうが、俺とシャネルの雰囲気があまりにも暗いので話しかけづらいのだろう。


「悪いシャネル、あと任せた」


 俺は面倒なことをすべてシャネルに丸投げして、1等車の方へと歩いていく。そちらならば誰もいないと思ったからだ。


 通路ですれ違う人たちは道をゆずってくれた。


「――もう大丈夫ですよ、安心してください」


 シャネルが説明をしている、こういうときのシャネルは俺と違って世慣れしている。


 俺には無理だ。


 気持ちがぐちゃぐちゃになっている。


 ――俺は金山に死んでほしかったんじゃないのか?


 分からない、自分でも。


 すれ違う人たちが口々に俺に感謝の言葉を告げる。それをすべて無視する。


 1等車に行った。


 そこらじゅうに血が飛び散っている。潰された死体も転がっている。これは金山がやったことだ。あいつは平気で人を殺した。


 ……けれどその後にこの列車の乗客を、俺も含めて救った。


 なにが悪いとか、良いとか、そういう問題じゃない。ただ事実として金山の行為がそこには残っていたのだ。


 思い出。


 そう、これは思い出だった。


 すでにそこには金山はいない。人は死ねば過去になる。いや、死なずともだ。


 俺という人間がここにはいる。


 俺の人生において、俺はいままで様々な人に出会ってきた。


 それを振り返ればまるでレールの上を走る列車のように俺は自分の人生を歩んできたことになる。そのときは、必死で前に進んでも、後で振り返ればすべてがそうなるべきだったという、必然。


 出会いがあり、


 別れがあり、


 そしていまの俺がいる。


 人生という名の列車は、いつまでも進む。その人間の人生が終わるときまで。


 時に駅に停まることもある。


 時にカーブで速度を落とすこともある。


 車窓から外を眺めれば、きれいな景色もつまらない景色も見えることがある。


 そしていつしか列車は終点につくのだ。


「ここがそうさ、終点……」


 俺は部屋のように区切られた客室に入った。


 こういう客室のことをコンパートメントという。


「もうどこにも行けないのさ、行きもしない」


 魔王を討伐する意味もなくなったのではないだろうか?


 金山が死んだのだ、魔王を殺して喜ぶ金山を殺すという目的は果たせない。


「しばらくグリースを観光して、それからドレンスに帰ろう」


 もう終点だぞ、榎本シンク。


「それであとは余生だ」


 まだすこし早いかな?


「俺は、これで、終わりだ。なあ、アイラルン。そうだろう、アイラルン?」


 俺のことをこの異世界へと運んでくれた女神を呼ぶ。


 しかし答えは返ってこない。


「ッチ」舌打ち。「あいつ、サボってんのかよ。俺が呼んだら出てくてくれよな」


 もっとも、いままでだって俺が呼んでもアイラルンが出てこないことはあった。


 あ、でもよく考えたらそういう場合は返事だけでもあったはずだけど……。


「もしかして俺の復讐が終わったから、あいつはいなくなったのかな?」


 それもありえる気がした。


 やれやれ、と俺は窓の外を見た。


 ガラスに反射した俺の顔はずいぶんと疲れていた。


 その顔を見ているうちに、ふと気になって俺は『女神の寵愛~視覚~』のスキルを発動させた。金山が死んだということは、俺はやつの持っていたスキルを手に入れたことになるのではないだろうか?


 残るスキルは『女神の寵愛~触覚~』。


 名前を聞くだけではどんなスキルかは分からないが、きっとそれなりに使えるスキルなのだろう。


 だが、鏡に映る俺の顔、そのスキルは――。


『武芸百般EX』

『5銭の力+』

『女神の寵愛~シックスセンス~』

『女神の寵愛~視覚~』

『女神の寵愛~嗅覚~』

『女神の寵愛~味覚~』

『女神の寵愛~聴覚~』


 ただそれだけだった。どこを見ても『触覚』のスキルはなかった。


 つまり、金山はまだ生きているのだ!


 俺はすぐさま察した。


 あいつは生きている、俺はまだあいつに復讐ができる!


 ここは終点なんかじゃない。


 よしんばそうだとしても、列車を乗り換えればいいだけじゃないか! 人生に終点なんてどこにもないんだ、ずっとずっと走り続けることができるんだ!


 俺の中に仄暗ほのぐらい希望の光がともる。


「まだ終わってない、なにも……なにも終わってない!」


 俺は1人笑うのだった。



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