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033 夜のかたらい


「おい、兄さん。こっちにこいよ」


 スピアーが俺を呼んでいる。俺はテントの中からのっそりと体を出した。


「なに?」


 一日中こうして山登りをしていて、ある程度は打ち解けられたと思う。だからいつの間にか敬語もかなり砕けたものになっている。


「こっちで飲んでるんだ。兄さんも参加しろよ」


「うーん」


 アルコールか……。昨日のこともあるし、あまり乗り気ではない。でもここで一人テントで寝ているのも感じが悪そうだ。


 というか、今の今まで疲れたと寝ていたのだけど。


「わかった」


 どうやらみんな、()き火をしているらしい。山の夜ってのは寒いからな、こうでもしていないと凍えてしまう。


「おう、若いの。はやく来い」


 魔法使いはどうやらかなり酔っているらしい。俺のことを嬉しそうに手招きする。まったく、こっちはコンパニオンのお姉ちゃんじゃないんだぞ。


「どうぞ、さっそく一献(いっこん)


 僧侶がアルコールの入ったコップを差し出してくる。


「こんなの、誰が持ってきたんっすか?」



 みんなそれなりの荷物を持っていたはずだが。もちろん俺もだ。


 けれど俺の言葉に、他の三人はニヤリと笑った。


「全員だよ、全員!」


 スピアーが言う。


「わしの酒は絶品じゃぞ!」


「たしかにこれはかなりの蒸留酒ですな」と僧侶。


 つうか僧侶って飲酒して良いのか? 生臭坊主って言うんじゃないのかな、そういうの。


 俺は苦笑いをして焚き火の周りに座る。


 ……はは、久しぶりに笑った気がする。苦笑いだけどね。


「じゃあ、いただきます」


 一息に飲み干す。


「おおっ、これは強い!」


 僧侶が両手を叩いて喜ぶ。


 そうなのだろうか? 自分ではよく分からないが、まあ酔えるほど飲める人間は少なくとも酒が弱くないと聞いたことがあるからな。


「ほれほれ、どんどん飲むのじゃ若いの!」


「あ、ありがとうっす」


「俺も飲むぜえ!」


 見れば周りでも酒盛りが始まっていた。まあたった一泊だからな、それぞれパーティーで固まっているのだろう。でも俺たちのパーティーは一番賑やかに思える。


酒を飲み(おいしい)、つまみを食べ(塩辛いもの大好き!)、バカな話をする(ワイ談だ!)。


なんせ男だけで四人だ。話なんてシモネタばっかりだ。


「そういや兄さんの恋人、美人だったな」


「シンクどのは恋人がいるのですか? 私もあやかりたいものです」


「お主は僧侶じゃろ。神様が恋人で良いじゃろうが」


「はっはっは! たしかに私の恋人は女神ディアタナ様ですな!」


「で、兄さんの恋人ってあれバストサイズいくつ? かなりデカかったよな」


「し、知らねえよ」


「ええっ! 揉んでないの? 揉めば分かるだろ、もったいぶらずに教えてくれよ!」


「揉んでも分からねえよ!」


 つうか揉んだことないし。押し付けられたことならあるけど。


「お主ら、まだ若いのう。わしくらいになると胸よりも尻じゃ。尻の方が良いに決まっておる」


「それよく言うけど本当かよ? 普通は胸だよな、兄さん」


「まあ。でも歳取ると趣味は変わるっていうし」


 ま、シャネルの場合は尻も最高だけどね。あと顔と声と匂い。性格には難ありだけど。


「やっぱり私もあやかりたいものです!」


 馬鹿笑いが響く。


 酒を浴びるように飲む。


 悪くない気分だった。


 ああ、冒険者って楽しいな。こんなふうに生きれたら良いだろうな。あるいは復讐なんて考えないで……こうして面白おかしく生きて。


 それで冒険から帰ったらシャネルに「おかえりなさい」って言ってもらって。


 そういのって最高の人生だと思うぜ。普通のサラリーマンみたいでさ。そりゃあちょと辛いこともあるだろうけど、シャネルとなら大丈夫だよな。


 でも、そんなことは全て妄想だ。アルコールで麻痺した頭がつくりだした淡い幻想。俺はこの異世界に復讐のために来たのだ。


 だけど今日、この時だけは……少しだけ笑わせてくれよ神様。


「それにしても兄さんよぉ――」 


 酒が回ってくるにつれて話はディープな方向へと発展していく。


 スピアーは下品に笑いながら無理やり肩をくんできた。


「なんだよ」


 ろれつがちょっとばかし回っていない俺。


「やっぱあれか、そんな若さでこんな仕事やるくらいだ結婚資金とかかよ」


「なんでそーなるんだよ」


 頭がくるくるしている。酔ってる。


「はっはっは、結婚ですか。いいですね、私は聖職の身ですので結婚は禁止されていますが、もしもその時はどうぞお呼びください。神への祝詞をささげましょう」


「若いのう……わしももう一回り若かったらのう」


「なんだ爺さん、独り身か?」


「いや、二十年前にな……」


「あ、すまねえ。悪いこと聞いた」


「……飲み屋のお姉ちゃんに振られたのが最後の恋じゃった」


「なんだそれ、独身じゃねえかよ」


 思わずツッコんでしまう。


「そうじゃよ、悪いか?」


 悪くないけどね。でも今の言い方だと妻と死別したみたいだから。


「それで兄さんは?」


「なんだよ結婚って。そもそも誰と?」


「そりゃああの美人で銀髪のお姉ちゃんだよ」


「シャネルねえ……」


 いや、まったく考えたこともなかった。結婚だなんて。そもそも俺とシャネルってどんな関係なんだろうか? まさか恋人ってわけじゃないけど。


 いやでも相思相愛なんだよな? よく分かってないけど。


「なんにせよ結婚とかそういうのじゃないから。そういうみんなはどうなのさ? どうしてこの依頼を受けたんだよ」


「私は困っている人がいると放っておけない性格でしてね」


最初に答えたのは僧侶だ。


「そりゃあすばらしい考えだ」と、スピアーが茶化すように笑う。


「たまたま立ち寄った町でそういった依頼がありましたので、はせ参じたわけです」


「わしは研究費のためじゃな。土属性の魔法を使うための鉱物にしても金属性の魔法を使うための金属にしても何かと物入りじゃて。こういった依頼なら危険は伴うが、かなり割りが良いからの。まあ、そんなところじゃ」


「爺さんも元気だねえ。金のためにこんな場所まで」


「おかげでへとへとじゃわい」


「それで、スピアーは?」


 言い出しっぺのくせに自分は言わないスピアーに俺は水を向ける。


「俺か? まあ、俺も爺さんとおんなじようなもんさ。金のためだよ」


 そう言って、ニヘラと笑う。


 けど、すぐに真面目な顔になった。


「けど、こういう仕事も今回で終わりにしようと思ってんだ」


 スピアーは何気ない動作で自分の槍を抱え込むように抱いた。


「なんで?」と、俺は聞く。


「故郷にさ、妹がいるんだ。妹は目が不自由でな……その治療費に莫大な金が必要だったんだ」


「もしかして……そのお金を稼ぐために?」


「いや?」スピアーは笑う。「妹の目はとっくの昔に治ってるよ」


「なんだよそれ」


「ま、俺ももういい年だしよ。故郷に帰って適当に店でもやろうかと思ってよ。妹ともぜんぜん会ってないからさ。で、今回で最後にしてよ。それなりの金もらってゆうゆうと故郷に帰ろうかって思ってな」


「なあんだ、それで今回で最後か」


「なんじゃ、まだ若いのに冒険者は廃業かいな」


「そういうなよ爺さん、これでも結構悩んだんだぜ」


 わっはっは、とスピアーは悩みなんて微塵も無さそうに笑う。


「なんだそれ」と、俺。


「しんみりさせちまったか? すまねえな、ほらよ。のめのめ」


 進められるままにアルコールをあおる。


 にしてもなあ……結婚か。それはどうもありえない事に思えた。


「それにしても、妹どのですか。どうですか、私に紹介していただけないでしょうか?」


「うるせぞ、ハゲ。なんでハゲに妹紹介しなくちゃならねえんだよ」


「ハゲですと! 私のこれは剃っているだけです! 断じてハゲではありません!」


「じゃあファッション?」と、俺は聞く。


「そうです!」


「お主らうるさいのう。わしを見てみよ、御年82でこのフサフサじゃ」


「え、爺さんそんな歳なのかよ! 明日の朝起きてたら死んでんじゃねえのか!」


「なんじゃと!」


 笑いが重なる。


 ははは。


 結局、飲み会は夜更けまで続いた。


 ああ、本音を言おう。楽しかった。本当に……楽しかった。


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