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321 イジメっ子


 1等車に踏み込んだ俺たちを迎えたのは、テロリストの集団だった。


 さきほど逃げたやつが報告したのだろう。


「俺が行くぞ、サポートしろ」


「了解」


 抜身の刀を構える。


「あんたら、いまならごめんなさいで許してもらえるかもしれないぜ」


 ま、ここまで大事になったらそうもいかないだろうけど。


「野郎ども、行け! とにかく時間をかせげ、この列車が本命だぞ!」


 おそらくテロリストどものボスだろう、濃い無精髭ぶしょうひげをはやした男が大声でがなり立てている。


 しかしその言葉の意味は明らかではない。


 時間をかせぐ?


 本命?


 本命といえばバレンタインのチョコくらいしか思うかばないが……。


 まあ、いまはそんなことを考えている場合ではない。


 向かってくる敵は細身の剣を持っている。それを上段にかまえてまっすぐに進んでくる。それもそのはず、1等車は個室が並んだ車両だ。直線の通路の両端に部屋がある。ここで戦う場合、ただまっすぐに進むしかないのだ。


 そして、それは1人ずつだ。


 一息に切り捨てる、もう人殺しは嫌だとは言っていられない。


「どんなに数がいようと――」


 また1人、向かってくる。


「――この狭い通路だ、ただ1対1の戦いを繰り返すだけ」


 心臓を突き刺す。


 絶叫と絶命はほぼ同時だったはずだ。


 刀を引き抜くことをせず、体を盾のようにして押し通る。相手は仲間の死体に躊躇して攻撃をできないでいる。


 死体を蹴り刀を引き抜く。


 次の敵に肉薄、横から斬りつける。


「ダメだ、こいつは強すぎる!」


 敵の勢いをそいだ、弱気が顔をだしている。


「いまさら死ぬことを恐れるな!」


 テロリストのボスが叫ぶが、誰も向かってこなくなった。


 小康状態。


 俺は刀をかまえてジリジリと間合いを詰めていく。


 テロリストどもは押し合いへし合いしながら、とにかく下がろうとする。中には個室に逃げていく者もいた。


「助けてくれ、殺さないでくれ!」


 とうとう命乞いをする者も出た。


 俺はそれで嫌な気分になった。人を殺すのは嫌いだ、そんなの誰だってそうだろう?


 俺はさっきまで怒っていた、乗客が死んでいたからだ。それはテロリストが殺した。でもさ、誰が殺したかなんて分からないじゃないか。


 目の前で命乞いをしているやつが、殺したわけじゃにだろう。


 なら助けてやるか?


 分からない、考えるのが嫌になってきた。


「榎本、変わろうか?」


 後ろから金山が言ってくる。


「なぜだ?」


「らちがあかないよ、魔法で片付けるから」


 俺は刀を鞘におさめた。


 そして両手をあげた。


「好きにしろ。俺はもうどうでも良い」


 なんだか疲れた、ここは金山の提案に乗ろう。


 あとはシャネルのところにでも戻って、乳繰り合ってるさ。


 2等車に戻ろうとテロリストたちに背中を向ける。もう相手に戦う気はないだろう。


 グシャ、グシャと音がしはじめた。


 少し気になったので振り返ると、金山がどこから出したのかも分からない巨大な石で人を潰していた。石を落としたあと、すりこぎするようにミチミチと人体を潰している。


 見なければよかった。


「助けて!」


 さっきまで敵だった人間が叫ぶ。


 誰に言っているのか?


 いやだいやだ、もう遊び気分なんて一つも残っていなかった。


「あっ……」


 金山が呟く。


「どーした?」


 俺はもう振り返るつもりはない。人間が潰されてぐちゃぐちゃになってるようなグロい光景は見たくない。


「まずい、相手のボスが逃げた」


「ほっとけよ」


 さすがに振り返る。


 逃げるってどこへ?


 ……うへえ。


 なんだこれ、いつの間にか1等車はあたり一面血まみれだ。床にも壁にも人の血と肉と骨が混じり合ったようなよく分からないものがこびりついている。そこに人がいたのだ、と示すように少しだけぐちゃぐちゃの赤いなにか――ぶよぶよでもある――が盛られているのだ。


「でも逃したらまずいかも」


「そもそもどこに逃げたんだよ」


 俺は顔をしかめたままで言う。


 逃げる場所なんてないだろう、それとも窓から落ちたのか?


「上」


 金山は天井を指さした。


 見上げる。そこにも血がついていた。……嫌だ、キモい。


「上だぁ?」


「窓から外に逃げたんだよ。こいつら邪魔するんだ、ボスを逃がそうと」


「良いじゃないか、逃げたんなら」


「でも、上からなにか仕掛けてくるかもしれないよ?」


 舌打ちをする。


 金山の言うことも間違いじゃない、その可能性もあるのだ。


「面倒だな」


 しかし追うしかないのか?


「もしあれだったら、俺が1人でいこうか?」


「……いや、いい。俺も行く」


 なんだか金山1人に任せるのは危なっかしい気がした。


 こいつはどこかいびつなバランス感覚を持っている、それは俺がヴァチカンで経験したことに似ている気がした。


 人を殺すことに躊躇のない人間は危ない。


 本人すらも気づいていないだろうが、むしろ自分自身も死にそうだ。


 べつに守ってやろうなんて気はさらさらない、ただ俺が殺す前に死なれても困るだけだ。


「じゃあ決まりだ」


「……ああ」


 もしかしたら、と俺は思う。


 この金山という男は自分より格下だと思う相手には容赦がなくなるのではないだろうか? たとえば異世界に来てからの俺や、同じA級の冒険者たちには下手にでる。


 けれどいま戦ったテロリスト、魔法も使えない武器もたいしたものを持っていないようなやつらには、容赦なく残酷なことをする。


 けっきょくのところ、昔のイジメっ子だったときと根は全く変わっていないのだ。


「ほら、榎本。行こうよ!」


 金山が窓ガラスを開ける。


 外からは突風が吹いている。


「……ああ」


 じゃあ、いまの俺は?


 こんなやつとつるんでいる俺は?


 もしかして……イジメっ子なのか?


 違う、それだけは断じて違う。


 金山は先程までと違い楽しそうだ。


 しかし俺は、逆。なんだか気分がのらなかった。


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