320 列車内での戦闘
連絡通路を超える、そこはまだ2等車だった。
「ときに金山。お前、土属性の魔法が使えるんだよな」
「いちおう、俺がよく使うのは土系統だよ。どうしたの?」
「それってこういう列車の中でも使えるのか? 土とかねえぞ」
「使えるよ、すっごく魔力も使うし威力も低くなるけど」
「ふむ」
そういう意味じゃあ、陰陽属性の魔法ってのは便利だな。どこでも使えるから。
けれどそもそも陰陽属性の魔法って掴みどころがない。どんな魔法なのか俺もよく知らない上に、これまでに使える人間をあんまり見てこなかった。
「だから魔法は賑やかし程度、こんかいはこれで戦うよ」
そういうと、金山は古びた剣を抜いた。
なかなか年代物の剣だ。
「良い剣だな」
ただなんとなくそう思った。
「そうでしょう?」
金山は嬉しそうに照れた。
「あ、というか金山さ。さっきの果物代」
「ああ、うん」
「俺、昔お前に金かしたよな? 中学の頃。2000円」
「え、そんなことあったかなあ……なにぶん随分と昔のことだし」
うわ、こいつとぼける気か。
「ずっこいよなぁ、やっぱり金はすぐに返してもらわなくちゃダメだな」
「え、じゃあいいよ。さっきの分はその返済ってことで」
「あー? なんだよ、その釈然としない顔」
「だって覚えてないもの」
俺は隣の客室の扉をあけた。
「金を借りた方ってのはこれだから嫌なんだよな、貸した方は覚えてるんだよ」
あたかもそれはイジメと同じだ。
イジメていた方は時間の経過とともにイジメのことを記憶の中にしまい込む。そうするとどうなるか、他人をイジメて楽しんでいた行為自体が過去のキラキラとした思い出にかわる。なにせ楽しかった経験だからな。
けれどイジメられていた方は違う。イジメでうけたキズはずっと残る。過去になんてならない、ずっとずっと今なのだ。
それを過去にしたいならば精算するしかない、復讐でもななんでもしてな。
隣の客室ではテロリストたちが乗客を一箇所に集めていた。
「なんだ、お前たちは!」
テロリストがこちらに銃を向けた。
判断、あるいは思いっきりが良い。言いながらもすでに銃を撃ってくる。
俺は右の座席に身を隠す。金山はとっさに左にとんだ。
「相手何人いたか見たか!」
俺は吠えるように金山に聞く。
「4人!」
「はぁ、本当かよ?」
いきなり撃たれて飛び退いたので敵の数を確認していなかった、不覚。
銃声がやんだ。敵はたぶん俺たちが出るのを待っているのだろう。
「どうする?」と、金山は聞いてくる。
「魔法で防御壁みたいなものをつくれるか? それさえあれば、俺が特攻する」
「よしきた!」
金山がぶつぶつと魔法を唱える。
なんでもいいけどこいつ、杖がなくても魔法を使えるみたいだな。それがどういった技術かは知らないど、俺は金山しかその芸当ができるやつを見たことがない。
「いくよ! 『スカイ・マッドシールド』!」
金山が出した泥でできたような防壁は、宙に浮いている。
それに向かったテロリストは銃を乱射した。
本当はそれを盾に使って突撃するつもりだったが、やめた。相手が泥の盾にごしゅうちんな間に飛び出す。
椅子を蹴っての八艘飛び、いっきに近づく。
刀を抜いて、
1、
2、
3、
4。
峰打ちで気絶させた。
銃弾は俺にかすりもしなかった。
「終わったぞ!」
俺はいまだ隠れている金山に叫ぶ。
ボロボロと泥の盾が崩れて、金山が椅子の先から頭をだした。
「お見事!」
「うるせえ、次の車両はお前が制圧しろよ」
順番だ、順番。
「あの……あなたたちは?」
人質になっていた老人が聞いてくる。
「ただの冒険者ですよ」と、俺。
「たまたま乗り合わせたんで。テロリストの鎮圧作業をしてます。あ、感謝ならギルドに言ってくださいね、報酬でるかもしれないんで」
金山のやつ、ちゃっかりしてるなぁ。
「助けてくださってありがとうございます、どれほど感謝すれば良いのか――」
「まだ全部終わったわけじゃないですから」
ま、この分なら楽勝そうだけど。
それにしてもこのテロリストたち、なぜこの列車を占拠しようとしているんだろうか。
分からない、見た目はいたって普通そうな人間ばかり。まあ、少しガラが悪そうなのはテロリストだからか。どの人間も武器を持っている、魔法を使えるやつはいないようだ。
もし相手にも魔法が使える人間がいたら厄介だったが……。
「よし、次いこうよ榎本」
「仕切るんじゃねえよ」
そして次の車両、そちらにもテロリストがいた。
今度は金山が制圧する、さすがに剣と魔法を同時に使えるやつは手数が多い、乱戦になっても1人でなんとかできた。
悲しいことに、そこの車両では人が死んでいた。テロシストが最初にやってきたときに銃弾で撃たれて死んだらしい。
そのせいだろう、俺たちがテロリストを倒しても、乗客たちは素直に喜べないようだった。むしろ悲しそうな顔をしていた。
不幸中の幸いだったのはその車両に子供がいなかったことだ、子供が死体なんて見たら確実にトラウマになるからな。
人が死ぬところを見るのはやっぱり苦手だ、精神のバランスを崩しているときの俺ならばなんともなかったのだが、いまの俺の倫理観は元に戻っている。
「どうしたの、榎本?」
俺は死体に黙祷する。
それを見て金山は首をかしげる。こいつには人の心がないのだろうか。
「次は俺がやるぞ」
「どうぞ?」
たぶんこういうの、八つ当たりなんだろうな。
でもこの怒りをどこかにぶつけなければ、俺は鬱屈するだろう。
俺は自分自身の雰囲気が変わったことを自覚する。
もう楽しんでいるわけにはいかない。
蹴り飛ばすように扉をあけて次の車両へ。
一瞬で状況を把握する。
敵の数は6人。
1等車に近づくにつれて敵の数が多くなる。
左手に持ったモーゼルの2連射で、遠くの敵を撃ち抜く。手加減はない、首元をねらった。太い血管が切れたのだろう、噴水のように血が出た。
それを気にせず、近くの敵に走る。横薙ぎに胴を切り裂く、そのまま駆け抜けて次の敵を下から切り上げる。とどめのモーゼルを至近距離から眉間に撃ち込んだ。
一瞬にして3人。
残る3人はあまりのことに反応ができてない。
そのうちの1人と目があった。
30くらいの年齢の男だ、半袖の服にボロボロのズボンを履いている。ベルトの変わりか、銃弾を腰回りに巻いていた。
その男は俺のことをまるで化け物かのように見た。
恐れの含まれた目――。
俺はそれに対して、少しだけ笑いかける。
「悪いな、恨みはないんだけど――」
モーゼルを向けて引き金を引いた。
銃は良い、人を殺しても手に感触が残らない……。
残るは2人。
そのうちの1人を金山が突き殺す。
狙われなかった方の1人は横の車両に逃げていった。
「逃げたよ、追わなくちゃ!」
金山は相手の背中に向かって剣を投げつけようとする。
俺はそれを止めた。
「やめとけ、品がない」
「え?」
「逃げるやつを追うのは趣味じゃないんだ」
イジメみたいで嫌いだ。
逃げたいやつは逃しておけば良い。よっぽどこっちがキレているときはべつだが。
金山は微妙に俺の言った言葉が理解できていないようだ。
ま、どうでもいいことだけど。




