318 魔石で走ってます
列車は何度か駅に停まった。
そのたびに乗客の乗り降りがあった。たいていの駅で新たに乗る人、その駅を目的地として降りる人の数は同じくらいで、乗客の総数はほとんど変わらなかった。
1等車の方は知らないが、2等車の乗客はまばらだ。そんなに人は多くなかった。
「知ってる、榎本」
「ああ?」
けっきょく俺は寝ていない。
そもそも眠くなんてなかったから。
「1等車の方は個室なんだよ、席が一つひとつ別れてるんだ」
「そうなのか? ……そういや某世界的人気な魔法学園ファンタジー小説の映画でもそうだったな、カエルのチョコレートがすげえ美味しそうだったんだよな」
「えーっと?」
「あ、お前見たことねえの?」
「いや、どうだったかな。もしかしたら忘れてるだけかも」
「なんだそれ」
そりゃあ映画自体はけっこう昔のものし、見たことなくてもおかしくないけど。あ、でも小説の方は読んだことあるよな、小学生のときとかに。え、ない? そうですか。
ま、金山はあんまり本とか読むタイプじゃなかったしな。
現在、列車は停車中だった。ここの駅は少しだけ大きそうだ、もしかしたらたくさん人が乗るかもな、と俺はぼんやり外を眺めていた。
そうすると、外が少しだけモヤがかっていることに気づいた。
なんだろうか? 光化学スモッグ注意報でも出ているのだろうか、わからないけど。
「ねえシンク、シンク」
シャネルがやってきた。
「どうした?」
俺は微笑む。やっぱりシャネルは美人だなー。
「気が滅入るわ、あの人ぜんぜん喋らないのよ」
ティアさんのことだろう。
「分かってたことじゃないか」
「でもつまらない、新聞なんてもう10回も読んじゃったわよ」
「とはいえなぁ……」
いちおう俺たちは偽装のためにこうやって2組に別れているわけだし、じゃあ俺がそっちに行くよというわけにもいかない。
しかも、だ。列車が走っている間に切符を拝見させてくれと乗務員さんが回ってくる。金山の話ではそういう人たちは警察――あるいは軍隊に対して通報のラインを持っているらしく、俺たちが目下警戒しなければならない相手なのだ。
なんせ――「怪しい男女は確認しろと言われているのですが、お客様たちはお2人とも男性ですね」なんて、さっきも言われたのだから。
「停まってる間くらいは良いんじゃないかな、2人でいても」
金山がフォローするように言ってくる。
「そうか、ならまあ少しだけ見て回るか?」
「ええ、そうしましょう」
俺は窓際の席に座っていたので、いちど金山を立たせて通路に出る。
駅での停車はもう10分はかかるだろう、なんだかしらないがこの列車はまいどまいど、駅でけっこうな時間停車しているのだ。
「さて、前の方に行く? 後ろの方に行く?」
聞かれて、俺は頭の中に選択肢を思い浮かべた。
●前に行く
○後ろに行く
カーソルを『前に行く』の方に合わせる。
……なんでもいいけど、選択肢を選んだだけで女の子と付き合えるギャルゲーって良いよね。
さて、前を選んだ理由は理由は簡単。後ろの方の席は1等車で、たぶん入っていっても面白くないからだ。それなら前の方の3等車を見て回る方が野次馬的に面白そうだ。
俺はシャネルと一緒に前に移動する、隣も2等車で、その先からは3等車らしい。
「どうして3等車が前の方にあるか、知ってるか?」
「さあ、知らないわ」
うんちくを他人に語るのは楽しいことだ、とくにそれが好きな女性に対してなら格別。
「というよりも1等車が後ろな理由だけどね。一説によれば事故のときに後ろの列車の方が安全だからってことらしいよ」
「へえ、そうなの。じゃあ私たちは2等車でそこそこ安全なのね」
「どうだろうな、あとは汽車の時代に出てくる煙を上客にはかぶらせないため、後ろが1等車って話も聞いたことあるな。あれ、そういやこの列車って動力なにで走ってんだ?」
べつに煙が出ているわけでもないし、当然電気が通っているわけでもない。
「馬がひいてるんじゃないの?」
「そんなわけないだろ」
「……たしかにね、馬がひくには早すぎると思ったのよ」
ふむ、これは俄然興味が出てきた。
前の方に行けばボイラー室かなにかがあるはずだ。
気になって仕方がない、俺の足は早くなる。
3等車に入った、べつだん2等車とそこまでの違いはなさそうに思えた。座席の感じだって同じだった。
なにが違うのかしらん? と、俺は考える。
そしてすぐに気づいた、座席に番号がないのだ。つまり3等車は自由席ってことだ。
「べつにこっちでも良かったな」
「そうね、節約になったわ」
けれど3等車にはあまり人がおらず、むしろ2等車の方が人気のようだった。
なんとなく理由が分かる気がする、一番下級の席って嫌だもんな。かといって一番上等な席もちょっと……そうなったときに中間の2等車を選ぶ人は多いと思う。
あまり面白みもなく3等車を素通りした。
すると次に機関室への扉が見えた。どう見ても立ち入り禁止の扉だ、なにやら文字が書いてあった。
「なんて読むんだ、シャネル?」
「関係者のみ、ですって」
「ふむ……俺たちってこの列車の関係者かな?」
「乗客だし関係はあるんじゃない?」
もちろんそんなわけがない。
しかしシャネルは平気で機関室へとつながる扉を開けた。
誰かいるかな、と思ったが人のいる部屋ではないようだった。変わりに空色の石がたくさんつまれている。
「これ、魔石だわ」
「魔石?」
っていうと、あの魔片とかの原料の? 魔片自体はものすごい中毒性のある危険なクスリだが、そこからポーションを作ることもできる。
「あんまり上質なものじゃないみたいだけど」
シャネルは魔石を2つ手にとって、打ち合わせてみせた。
すると仄暗い部屋で魔法のエフェクトが火花のように散った。
「そうか、この列車は魔石を原料に走ってたのか。ほー、すげえな」
奥にある扉が開いた、そちらが本当の機関室なのだろう。
「ドナタデスカ? ココハ乗客ノ方ハ立ち入りキンシデス」
現れたのは魔王軍の兵士のようなパワードスーツに身を包んだ人間。人間か?
すわ、敵かと思ったが、違うようだ。敵意は感じない。
「ドウゾお席ニオモドリクダサイ、ソロソロ発車シマスノデ」
ちょっと片言な言い方でパワードスーツの――おそらく男は言う。
「申し訳ない、少し気になって」俺はできるだけ愛想よく言葉をかえす。「この魔石でこの列車は走ってるんですか?」
「ハイ、ソノトオリデス。ココハ危ないデス。魔石ノチュウドクニナル。ワレワレハ特殊ナクンレンヲツンデイマスノデ平気デスガ」
特殊な訓練をつんでるって、あきらかに体を改造してますよね?
半分くらい人間やめてますよね?
いやはや、大変そうな仕事だ。頭が下がる。
これ以上仕事の邪魔をしてはいけないと思い、俺たちは魔石のおいてある部屋――もしも汽車の場合は石炭や水のある車両を炭水車という――から出た。
「けっこう面白かったわね」と、シャネル。
「新しい知識が増えるのは良いことだ」と、俺。
俺たちは自分たちのもといた車両へ戻ろうと歩き出す。
「そういえばシンク、あのエルフのティアって子。やっぱりおかしいわよ」
「なにが?」
「さっきね、ちょっと気になって肘をつねってみたの」
「おいおい、そんな陰湿な小姑みたいなことして」
もしイジメをするって言うんなら、シャネルであっても容赦しないぞ? いや、すると思うけど容赦。けど、とにかく、なにがあってもシャネルにはそういうことはしてほしくない。
「どうせ無反応だったからいいのよ」
「無反応?」
肘ってつねられたらめちゃくちゃ痛いよな。
「やっぱりおかしいわ、あの子」
シャネルは目を細めて唇を強くむすんだ。
俺はそれに対してなにも言えなかった。きっとエルフなんだし人間と少し違うのだろう、その程度に思うのだった。




