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315 魔王軍の兵士


 往来の中心には荷馬車が停まっており、その周りには茶色い鎧のようなものを着こんだ不思議な人間たちがいた。


 鎧のような、というのには理由がある。


 普通の鎧ではない、腰から背中、背中から肩にかけて管が出ているのだ。体つきも普通の成人男性のものよりも大柄、そのシルエットはかなり仰々しい。


 鎧といよりもそう、パワードスーツとでも言った方が正しいかもしれない。

あるいは着ぶくれしたフグ。


 そんな異形の集団が商人の馬車の周りを囲んでいるのだ。


 その奥には大きなクルマのようなものがある。タイヤが6つもついている。けれど形は馬車に似ている、電動の馬車という感じだ。


 そのクルマに、若い女性がいまにも連れ込まれそうだった。


「ちょっとお客さん、隠れて」


 レストランの店長が手招きする。


「なんで?」


 と、俺はイキる。


「あいつら、魔王軍の兵士よ。お客さん美人だから、目をつけられるかも」


「へえ、あれが兵士か」


 この国の軍隊は進んでいるんだな、あんな格好いい一昔前のSFみたいな鎧を着てるんだから。べつにバカにしてるわけじゃないぞ?


「美人だったら連れ去られるんですか」


 金山の質問に、レストランの店長は無言で頷いた。


 なんだか自分の国の恥ずかしい風習を隠そうとしているようだった。


「とりあえず助けるぞ、シャネル」


「ええ」


 あの人には借りがあるからな、ワインを適正価格で売ってもらったという。


 ここで見捨てては寝覚めが悪い。


 だが、飛び出そうとする俺のことを金山が後ろから止めた。腕を掴まれたんだ。


「なんだよ?」


 冷たい声が出た。それが自分のものだと理解するのに数秒かかる。


「ダメだって、ここで目立つべきじゃない」


 切実な目で金山は俺を見つめる。


「たしかにな」と、俺は同意した。


 それで金山はほっと安心したようだった。


「ここは辛くても大人しくするべきだよ」


「俺たちはこの国に魔王の暗殺に来ている。ここで魔王軍とやらの兵士と事を構えたらなにかと面倒だ。あるいは俺たちの存在が魔王に知られる――なんてことにまではならないだろうけどな。けれどお尋ね者にくらいはなるかもしれない」


「うん、そうだよ。さすが榎本、分かってくれるね!」


 おべっかだ。


 だからこそ腹がたつ。


 こいつはうまいこと言って自分の保身にはしっているだけなのだ。


 やめてください、本当にやめてください! と、商人のおっさんが叫んでいる。周りにいる人は全員、知らんぷりをきめこんでいる。


 ――お父様!


 なんて声が聞こえた。


 娘さんの方の声だ。


 ――誰か、誰か助けてください!


 その瞬間、俺は覚悟を決めた。


「金山――」


「な、なに?」


 俺は拳を握りしめる。


「お前は間違っちゃいねえよ? 俺たちの目的を考えればここであの人を助けるべきじゃない」


「そうだよね、だからここは――」


 握りしめた拳で思いっきり金山の頬をぶん殴った。


 ゴンッ、という鈍い音がして金山は倒れた。


 尻もちをついて、頬をおさえて、涙目になっている。


「ふざけたこと言ってんじゃねえよ、正誤せいごうの問題なんかじゃねえんだ、これは!」


「そ、そんな。榎本――」


「お前はそこで指でもくわえて見てろ、俺は行くぞ!」


 どうしようもなく腹がたった。


 俺は大嫌いなのだ、弱い人間をよってたかってイジメるような構図が。


 もしも誰かが力によって人間の尊厳を損なわれそうになったらば、さらに大きな力でもってそれを助けてやりたい。それは正義と呼ぶにはあまりにも欺瞞ぎまん的だろう。しかし俺は俺のやりたいようにやっているだけだ。


 歩きながら刀を抜く。


「おい――あんたら」


 声をかけると、魔王軍の兵士たちはそろってこちらを見た。


「ナンダ、オマエハ」


 喋り方がどこかおかしい、電子音声みたいだった。


 あるいはこの兵士はパワードスーツなどではなくロボットかなにかではないかと疑うほどだった。


「あんたら、人狩りだとかをやってるんだろう?」


「ソウダ、邪魔ヲスルナ」


 魔王軍の兵士は威嚇するように肉厚の剣を抜いた。


 だが、抜いた瞬間には柄と刃が離れ離れになっている。


 何があったのか分からないのだろう、魔王軍の兵士は自分の武器を見て一種のフリーズ状態になった。


 俺が斬り裂いた刃は、少し遅れて地面に落ちてきた。


「悪いがその人を離してくれないか? はっきり言って俺はあんたらが何をやってるのかは分からないし、知りたくもない。ただ人道にもとる行為だってことは理解できる」


「ナマイキナ、排除スル!」


 兵士たちは次々に剣を抜く。


 その数は6人。


 俺だけで相手をするには少々、手間取るが――。


 なんて思っている次の瞬間には、兵士の1人がいた場所に火柱があがった。


 驚くべきことに、兵士は悲鳴もあげない。


「まったく、シンクったら。そういうの猪突猛進ちょとつもうしんっていうわよ」


「久しぶりに聞いたよ、その四文字熟語」


 シャネルは俺のわきに立つ、その手にはしっかりと杖が握られている。


 どこかの腰抜け冒険者と違って、俺のパートナーはこういうとき頼りになる。


「ねえシンク、あれって人間かしら?」


「さあな――」


 試してみるか?


 俺は突進してくる兵士の斬撃をよけると、そのまま流れるように腕を切り裂く。


 しかし腕を斬られた兵士はまったく動きを止めようとせずに、再度俺に向かってきた。


「まぁ、不思議。腕を斬られても平気みたいよ」


 シャネルは芝居めかして言いながら、遠慮なく火属性魔法をぶっ放す。兵士はシャネルの炎に焼かれてパワードスーツをドロドロに溶かす。中の人間は大火傷だろうに、しかし痛みを感じていないようだ。


「そうみたいだな!」


 俺も向かってくる兵士を相手どって大立ち回りだ。


 これならば遠慮する必要はない、手でも足でも斬ったところで良心が傷まない。


 斬られた兵士の体からは、ドロドロとした廃油のような液体が出てきている。よく見れば骨はあるようだが、血管のようなものはなく、変わりにチューブが飛び出ていた。


 俺たちは6人――あるいは6体の兵士たちをものの数分で倒した。


 こちらは傷一つなかった。


 兵士たちは腕や足を斬られているにもかかわらず、まだ動こうとしている。不気味な光景だった。


 シャネルもそれを不快に感じたのか、1体1体丁寧に燃焼していく。


「まったく、この国はどうなってるのよ」


「本当にな」


「こんな魔族もどきばっかり作ってさ」


「魔族もどき?」


 なんのことだろうか、シャネルはなにかに気づいたようだ。


 けれどその前に行商人のおっさんのフォローをしなくては。


「大丈夫ですか?」


「ああ、冒険者さん。ありがとう、本当にありがとう!」


 俺は照れて頬をかく。いつもそうだけど、他人に感謝されるのってなれない。


 娘さんも俺のほうに来てしきりに感謝の言葉を述べる「ありがとうございます!」その目がとても潤んでいて、これはシャネルの言っていたとおり惚れられたかな? と勘違いしそうになるくらいだった。


「ま、なんにせよさらわれなくて良かったですわ、こういうこと多いんですの?」


 シャネルの質問に、行商人のおっさんは首を横に降った。


「私もなにがなんだか分からなくて――この前に来たときはこんなふうじゃなかったんです。あんな不気味なやつらもいませんでしたし――」


 どうやら国外には知られていないなにかがこの国にはあるらしい。


 おおかた、復活した魔王とやらが関係しているんだろうが。


 それにしてもあのクルマ、なんだろうな……。


 なんて思っていると、中から人間が出てきた。


 今度こそちゃんとした人間だ。長身痩躯。茶髪のロン毛男。


 魔法使いがよく着るようなローブを腰回りに巻いて、胸元をはだけさせている。いかにも伊達男でござい、という感じ。


「珍しいな」


 と、男はつぶやいた。


 その視線がシャネルを見つめたとき、俺は言いようのない悪寒を感じた。


 この男は嫌いだ!


 本能がそう告げているのだった。



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