032 即席パーティー、ただし雰囲気はよさげ
馬車は山の麓で停まった。
「よし、行くぜぇ!」
スピアーは威勢よく飛び出す。俺たちは道中の馬車の中ですっかりやつのことを知った気になっていた。ようするにお調子者で、賑やかしで、人懐っこい。けどその内側には自分の実力に対する確かな自信を持っている。
なにかと頼りそうな男だ。
「やれやれ、これだから若いやつは……」
馬車の中でスピアーに文句を言った老人がボヤキながら馬車を降りる。
格好から見るに魔法使いらしい。この世界の魔法使いはたいてい三角帽子をかぶっているので分かりやすい。まあ、俺のすぐそばには帽子の変わりにミニハットかヘッドドレスをつけているゴスロリ魔法使いがよくいるのだが。
「はっはっは。元気で良いではありませんか」
もうひとりは禿髪(ハゲ頭だ、ハゲ!)の僧侶だ。だが僧侶と言っても武僧といった感じで、筋肉がたっぷりとついている。こいつ、普通に肉弾戦した方が強そうだぞ。
そして最後に俺。
まあ、この四人の中じゃあ一番若いな。あといちばん陰気。
馬車から荷物を引っ張り出す。テントやら食料やら。俺たちはこの山の中で二泊しかしないが、戦闘部隊の分も積んでいるのでそれなりの量だ。今からこの荷物を2日かけてこの山の7合目まで運ぶのだ。
途中で出てくるモンスターを倒しながら。そう考えると結構難しそうな仕事だが、スピアーは大丈夫だとお題目のように言う。
「心配だなあ」
「なあに、兄さん。俺がついてりゃあ安心さ!」
「油断は禁物じゃぞ」
ちなみに、ここから山頂へは一応馬車に乗り合わせた4人を一つのパーティーとして向かうことになる。これは冒険者として伝統的な4人パーティーとなっている。
だから俺は今いったスピアー、魔法使い、僧侶の三人と一緒に山に入るのだ。こうしてみれば偶然とはいえかなりいい塩梅のパーティーではなかろうか。
「さて、では我々も行きますか」
僧侶がそういうが、その前に、と魔法使いが俺たちを止める。
「まずはこのパーティーの一応のリーダーを決めておけばどうかのう?」
「それはそうですね」と、僧侶は同意する。
「爺さん、それあんたがやりたいだけだろ?」とスピアー。
「だまらっしゃい! わしが年長者なのはどう見ても事実じゃ。よってわしがこのパーティーのリーダーじゃ。文句ないな」
「はいはい、じゃあ爺さんがリーダーだ」
スピアーは勝手にしろよ、とでもいうように笑っている。別に嫌っているわけではなさそうだ。僧侶の方もニコニコしている。
パーティーの雰囲気は良さげだ。
「では、いくぞ!」
周りのパーティーは気が早いのか、もう山に入っている。
山、というのは不思議なものだ。それは大きすぎてちっぽけな人間である俺たちからすれば普通に見ていてもちょっと傾斜のある森のように感じられる。だけどそれが山頂に向かってどれだけでも続いているのだ。
舗装された道はない。だがある程度のルートはあるようで最初のうちはそれなりに歩きやすい道だ。モンスターも出てこない。
――これなら余裕だな。
と、思った。持っている荷物は重たいが、異世界に来た俺の筋力、体力ならば楽勝だった。
「まずいな……」
と、しかしスピアーは言う。
「何がですかな?」
「静かすぎる」
パーティーの中で先頭を行くのはスピアー。それから僧侶、魔法使い、しんがりが俺だ。
「よい事ではありませんか」
俺もそう思う。が、会話には参加しない。こちとらコミュ障一歩手前の陰キャだ。
「そりゃあそうだが、あんまり静かすぎるとなるほど話は別だ。弱いモンスターが追い出されて少ないってことだ、こりゃあ上の方にはそうとうなのがいるぜ」
「そういえば冒険者ギルドでそんな話を聞いたなあ」
俺はポツリと言う。
モンスターが山から追い出されたせいで、ここらへん一体のモンスターのレベルが上がっている、と。そのせいで町では冒険者が仕事をなくしていたのだ。
「なんだよ兄さん、そうい情報はちゃんと共有しておいてくれよ」
「え、だって町の冒険者はみんな知ってたぜ」
「おや、そっちの若いのは現地の冒険者かのう。では山の地理に詳しいのか?」
魔法使いが聞いてくる。だが俺は首を横にふる。
「いや、山に入ったのは初めてなんです」
「しかし一筋縄ではいかない討伐かもしれませんね」
「そうじゃな」
うーん、でもそんなこと少し情報を調べれば分かりそうなことだが、もしかしたらこの討伐に参加している冒険者はみんな余裕を持ちすぎていたのかもしれない。スピアーのように大丈夫だと思い込んで……。
それは明らかに慢心だ。
ことわざにもある。備えあれば憂いなし、と。みんな工作部隊だからと言って気を抜きすぎではないだろうか。悪い予感がしてきた……。
だが、もう進むしかない。
山に入って一時間ほどした頃だろうか、その悪い予感が現実になる。
「ぎゃあっ!」
先行していたパーティーから悲鳴が聞こえてきた。どうやら敵が現れたようだ。
「おいでなすった」
スピアーが槍を構える。
一気に緊張感が高まった。
先程までより慎重に進む。俺も剣に手をやる。フミナに借りてきた剣は前までのものより大ぶりで、俺は背中にそれを担ぐ。それなりに重いが、なあに俺なら使いこなせる。
少し進むと、前にいたパーティーと出くわした。周りには狼とも野犬ともつかない四足歩行動物の死骸が散乱している。冒険者の方も二人、怪我しているようで立ち止まっているのだ。
「先に行ってくれ」と、そいつらは俺たちに言う。
言われなくてもそうするつもりだ。
一つ気になったのは、そのパーティーにも魔法使いがいて、なにやらそこらへんにある石を集めて積んでいるのだ。まさか遊んでいるわけではあるまい、魔法陣のようなものを石で作っているのだ。
「なんだ、あれ?」
「なんじゃ、若いもんはそんな事も知らんのか。ありゃあ結界陣じゃよ。土属性の魔法で、ああすることで魔物をよってこないようにするんじゃ」
「へえ、すごいな」
「ああすることで後続が、ここでモンスターに襲われたんだなってのが分かるし、そういう意味でも重宝するんだ」
スピアーが補足してくれる。
そうか、魔法陣があればそこらへんが危険地帯だと分かるのだな。
「覚えておくよ」と、俺は言う。
魔法使いは満足そうに「覚えておくのじゃ」と、俺の言葉に重ねる。
それにしても、俺たちの前にはまだ二つほどパーティーがいるはずだが、大丈夫だろうか?
と思っていると、今度は戦闘中のところに追いついてきた。
相手はまたよく分からない獣のモンスターだ。
「俺たちも加勢するぞ!」
少し開けた場所だ。ここならば暴れやすい。
俺とスピアーが前衛職として前に出る。どうやら先行していたパーティーは一人が食い殺されたらしい、無残にも首元が噛みちぎられている。
……女の子だ。吐きそうになる。死体なんて見たくない。
吐き気をなんとか意思の力で押し留めて、
「うらやぁつ!」
近くの獣を斬る。
まるで豆腐かバターのように真っ二つだ。
「やるねえ、兄さん!」
スピアーも獣を串刺しにしていく。
「そっちもね!」
相手はかなり弱く感じる。しかし前のパーティーはこんな相手でも半壊ちかい状態にされている。もしかして俺が強いだけかもしれない。
「補助魔術をかけます!」
僧侶がそう言って、呪文を唱える。
俺の体がいきなり動きやすくなった。どうやらバフ系の魔術をかけてもらったようだ。その勢いのままに近くの敵をどんどん倒していく。
やがて、周りが静かになった。
「ふう、これで一丁上がりってな」
スピアーは疲れた様子もない。こいつはやっぱりかなりの実力者だ。
まあ、疲れ一つないというのは俺も同じだが。
「くそ、こんなに相手がいるなんて聞いてねえぜ! 俺たち工作部隊は楽な仕事だって聞いたからこの依頼を受けたんだぞ!」
前のパーティーの男の泣き言。聞くに堪えないとはまさにこのことだ。
「ふざけたこと言ってんじゃねえ!」
同じことを思ったのだろう、スピアーが怒鳴った。
「ひいっ!」
「てめえも冒険者のはしくれなら覚悟をもって依頼を受けやがれ! 危なくねえ任務なんてこの世に一つもねえ、だからこそ俺たちは必死で強くなって戦ってるんだろうが!」
山に入るまで余裕だった様子とは大違いだ。
たぶん、実際にモンスターと戦ってみてスイッチが入ったのだろう。最初の軽薄そうな表情はなくなり、その顔には真剣な様子がある。
「お主ら、土魔法を使えるものはおるか? おらぬのか。どれ、わしが結界魔法をかけておいてやろう。体勢を倒して引き返すもよし、また進み続けるもよし。お主ら次第じゃ」
「では私は彼女の弔いを」
魔法使いと僧侶がそれぞれ自分の役目をはたす。
俺やスピアーの役目は戦闘だから、まあ仕事は終わったようなものだ。
……半壊したパーティーに、泣いている女の子がいた。その子はわめきながら死んだ女の子に駆け寄っている。友達だったのだろうか?
「おい、兄さん。せっかく倒したんだ、こいつらから素材を剥ごうぜ」
「あ、ああ」
「ヘルウルフの牙はそこそこの値段で売れるんだ」
スピアーは短剣を取り出し、倒した獣の牙をとっていく。その目は忌々しそうに細まっている。たぶん、何かをやっていないとやるせなさに押しつぶされそうなのだろう。俺も同じ気持ちだ。
もしかしたら俺たちがもう少し早く来ていれば、あの女の子は死なずに済んだかもしれない。
でもそんなことは考えてもしょうがないことだ。
俺とスピアーは黙々とヘルウルフとやらの牙をとっていく。しばらくすると魔法使いが結界魔法を設置し終えた。
「これで一日は大丈夫じゃろう」
つまり、明日から来る戦闘部隊のためにもなるのだ。
俺たちはそこに半壊したパーティーを置いてまた歩きだした。
道が悪い。どうやら俺たちの前にいるパーティーはそう多くないようだ。獣道一歩手前。
「兄さん、悪いけど先に行ってくれや」
「わかった」
俺は剣を抜く。木の枝やら何やらが邪魔くさい。これを切りながら進むのだ。スピアーの槍ではそれは難しい。だから俺が先頭になったのだ。
こうして人が通れば通るほど、道は歩きやすくなる。
だが、そのおかげで月元も歩きやすくなるというのは腹が立つ。まあ、俺がこうして枝を落とさなかったら、もしかしたらシャネルの可愛らしい顔に傷がつくかもしれない。そう考えるとこうして整地するのも大切だ。
山を半分ほど越えたあたりだろうか、木が枯れだした。
そこから先へ――。
昼になる頃には木すらなくなった。ハゲ山だ。岩と、少しの草ばかり。
「なんだこりゃあ……」
「おそらくドラゴンの影響でしょう」
僧侶がしたり顔で言う。
俺にはどう影響して森がこういうふうになるのか分からないが、冒険者としての経験もある他人がそう言うのだ。そういうものなのだろう。
何度か休憩をはさみながら7合目あたりを目指す。途中で前のパーティーが工作してくれたのだろう、崖に縄梯子がかかっていたり、断崖に杭が打ち付けらたりしていた。
まったく、酷い登山だ。
結局、予定の7合目に到達したのは陽がくれかけた時間だった。俺たちの前にパーティーは一つ到着していて、後にも一つだけ。最初は5つのパーティーがいたはずだが、2つも脱落したのだろう。
俺たちは平になった7合目のあたりにテントを張った。これで、あとは戦闘部隊がやってくるのを待つだけだ。
……シャネルは大丈夫だろうか。彼女のことが心配だった。




