309 ポーカーをする金山
船内の通路を歩いていくと、ある部屋の中からふと声が聞こえた。
「ああ、また負けた!」
それが金山の声だとすぐに気づく。
部屋を見ればそこにはプレートがかかっていて文字が書いてある。
「なんて書いてあるの?」
「『プレイルーム』ね。たぶん誰でも使える部屋くらいの意味でしょ」
「ほうほう」
俺は扉を開けてみる。
いつもの好奇心ちゃん、カモーンだ。
中では人々がカードやボードゲームに興じていた。普通に談話しているだけの人もいる。
べつに俺が入っても良さそうな雰囲気だったので、そのまま入室だ。
金山は奥の方のテーブルにいた。席では他にも3人の冒険者たちが卓を囲んでいた。どうやらカードをやっているらしい。
「なにしてんだ?」
と、俺は分かっていながら金山に声をかけた。
「ああ、榎本! 見てくれよ、ほら! こんなに!」
なにが? とテーブルを見る。
カードとは別にコインが置かれているが、そのコインは金山の前にはほとんどなく、ほかの3人の相手の前には大量につまれていた。
つまりは負けているということか?
「調子はどうだ?」
「もう散々なんだよ! 変わってくれよ!」
「いや、変わらないけど」
なんで俺が金山の尻拭いをしなくちゃいけないんだよ、バカバカしい。
というか俺、そもそも運がないからギャンブルとか壊滅的にできないし。
「おら、『金枝篇』。つぎ、やるか?」
ニヤニヤと笑う冒険者。
ここにいるということはこいつもA級なのだろうか。それにしては線も細くてそこらへんにいるチンピラみたいに見えるが。
「や、やるともさ!」
「シャネル、俺たちは行くか」
「そうね」
人様が遊んでるところを見たってなんも面白くない。
出口に回れ右だ。
しかし金山は慌てて立ち上がって俺の肩を掴む。
「あ、ちょっと待ってくれよ! 榎本!」
「なんだ?」
「助けてくれよ!」
「なにを?」
「俺をだよ!」
「どうやって?」
こいつの話は要領を得ない。
何を言いたいのかまったく分からないんだ。
「絶対あっち、イカサマしていると思うんだよ!」
「ほうほう」
「でもぜんぜん尻尾がつかめなくて、頼むよ榎本。横から見て、変なところないか確認してよ!」
「嫌だよ」
面倒くさい。
どうして俺がそんなことをしなくちゃいけないんだ。シャネルはこういう展開に飽き飽きしているのか、他の席でチェスをしている男女を見ている。この異世界にもチェスってあるんだね。
シャネルは続いて、他のテーブルに。そちらでもカードをやっている。シャネルはそのテーブルをじっと見ていた。
「頼むよ、あの金がないと夜ご飯も食べられないんだよ!」
「そんなになるまでやり続けるお前が悪い」
「でも確率的にありえないんだって!」
しつこいなあ、このままじゃ金山のやつ俺のことを離さないだろうな。
「しゃあない」
ま、見るだけなら良いか。
それこそ金山がギャンブルに負けてすかんぴんになるところを観戦するか。
「ありがとう! とりあえず頼むよ、なんか怪しかったらすぐに教えてね!」
「気がつけば、な」
金山はテーブルに戻る。俺はその後ろにまるで保護者のように立った。
「なんだなんだ、S級の冒険者様じゃないか」
茶化される。
俺は一瞬微笑んでから、睨んだ。
「なにか?」
俺はこういうふうにバカにされるんが大嫌いだ。昔のイジメを思い出すからだ。
「いや、べつに……」
「さっさと始めなよ。俺はここで見てるだけだからさ」
男たちは顔を見合わせるが、けっきょくカードを配り始めた。
配られたカードは5枚。金山はそれを手札に広げて頭を悩ませる。
「ポーカーか?」
「うん。どれを交換したら良いと思う?」
「おいおい、あんたら。相談はルール違反だぜ」
ふん、と俺は鼻を鳴らす。
「そもそも俺はこいつの味方ってわけでもないんでね」
「そんな、榎本!」
「うるせえ、男なら自分でやれ」
まったくこいつは情けない。
こんな男にイジメられてたんだって思ったら、こっちまで泣けてくるぜ。
金山はカードをいくつか交換する。しかしけっきょくは勝負から降りた。
コインが取られていく。
ポーカー。
5枚のカードを引いて、同じナンバーやマークで手札を揃える遊びだ。2枚のナンバーが揃えばワンペア。2枚と2枚でツーペア。3枚でスリーカード。そんな感じで役がある。
勝負に乗って負ければコインはたくさん取られる。勝負する前に降りれば少しだけコインを取られる。勝った人間の総取り。
そうしてコインのやり取りをするゲームだ。
「あー、くそ! これなら勝負に乗ればよかった!」
金山が公開されたカードを見て嘆く。
あきらかに気持ちで負けている、ビビっているから勝負の場にも立てていない。
「ダメそうね」
いきなりシャネルが後ろから声をかける。
「そう見えるな」
「うううっ……」
金山はあきらかに泣きそうになっている。
「頑張れよ、金山」
俺はてきとうに応援する。
次のカードが配られる。
「よし、次こそ勝負だ!」
たしかに最初の手はなかなか良いものだった。
しかし――。
俺の目はしっかりと見た。金山の相手をしている男たちの手札。それが入れ替わっているのを。やつらはテーブルの下で、お互いにカードの交換をしたのだ。
一瞬でやるから、実際にテーブルに座っている金山からすれば分からなかっただろうな。
金山は勝負を受けるが、しかし金山の作った手よりも相手の手のほうが強かった。
そりゃあそうだ、3対1でやってるようなもんだから。
「イ・カ・サ・マ」
シャネルも気づいたのだろう。俺の肩に手をのせて、耳元で嬉しそうに呟く。
「分かったか?」
「あんな下手くそなイカサマ、誰だって気づくわよ」
「さてはて、どう切り出すか」
「それよりもシンク、私に任せてみて」
「シャネルが? できるのか?」
「うん、お兄ちゃんとよくやったの」
なにを? と聞きたかった。シャネルの言い方ではカードをやったともとれる。けれどこの場合、違う気がした。
金山は悔しそうに頭をかきむしる。
「クソ、もうダメだ!」
「はっはっは、どうする金枝篇?」
「俺たちはまだやっても良いぜ?」
「そうそう。ただお前さん、コインがあるのか?」
「もう……ない」
「じゃあ無理だな、それともその武器でも賭けてみるか? ま、そんなオンボロの剣はいらねえけどな」
わっはっは、と笑う冒険者たち。
「なにぃ! この剣は由緒正しい――」
俺はテーブルの中心に、乱暴にモーゼルを置いた。
一瞬、空気が凍る。
「もう一回だ、この武器は遠い異国であるルオの拳銃だ。それはそれは珍しくて性能も良い。俺たちはこれを賭けるぜ」
「ほう、ルオの――」
たぶん冒険者はいまの瞬間に頭の中でそろばんをはじいたのだろう。
良いだろう、と頷いた。
「それと、こっちはやるやつを変えるぜ、シャネルがやる。良いか?」
おら、どけ。と金山の首根っこを掴んで椅子から引きずり下ろした。
「え、俺じゃないの?」
「お前じゃ無理だろ。シャネル、できるな?」
「うふふ」
シャネルは椅子に座る。
「おいおい、こんな美人のお嬢さんがか?」
シャネルは下品な言葉に無視を決め込む。
かわりに俺が答えた。
「そうだ、この美人のお嬢さんがだ」
「もう、シンクったら」
俺の言葉にはちゃんと返事をする。それがあまりに露骨だったものだから、冒険者たちは腹が立ったようだ。
「ふざけたやつらだよ、お前らは。この前も思ったが!」
シャネルはカードを手に取ると、それをシャッフルしはじめた。
なんというか、こういう手さばき一つでその人の実力みたいなのが分かるよね。シャネルはいかにも上手そうだ。
「どうぞ、シャッフルましたよ。そちらもカットを」
男たちは適当にカードの束を二つに分けて、上下を入れ替える。
シャネルは怪しく微笑むと、配ってくださいなと尊大に手を開いてみせた。
「イカサマでもなんでもしてちょうだい」
それで男たちは不気味そうに顔を見合わせるのだった。




