307 ガングーの言葉
さて、港町である。
「……疲れた」
「さあさあ、シンク。早く船に乗りましょう!」
なぜだかテンションの高いシャネル。
俺は数日の馬車旅で疲れ切っていた。
「くそ……なんでこんなに乗り心地悪いんだよ馬車って。車輪はいいよ、素晴らしい。いつ発明されたのかよく覚えてないけど、たぶんメソポタミア文明とかが発明したはずだ。
たいていメソポタミアなんだよね。ちなみにゲームの期限はぜんぶ古代エジプトだから。
「なに言ってるの?」
「車輪は良い、素晴らしい。けどなんでゴムがないんだ?」
「ゴム?」
コンドームのことではありません。
「そうだよ! タイヤ、つけろよ! そうしないと下からの突き上げがすごいだろ! いちいち石に乗り上げたりしていてえんだよ、ケツが!」
「よく分からないけど、そういうのがあるのね」
まったく、これだから中世は。
いや、何度も言うけどここ中世か? なんかあれだよね、歴史とか文化がゴチャゴチャになってる気がする……。
「ああ、ケツが痛い」
シャネルは馬車を運転してくれていたオジサンに料金を払っている。後払いなのだが、いちおうは手付金みたいなのも払ってるらしい。
「そういやさ、シャネル」
「なあに?」
「グリースの国ってこっちとお金が違うんだよな」
「そうよ、ポンドって言うらしいわ」
「ポンド?」
「ええ。ちょっと前まではいろいろなお金が入り混じってたらしいけど、いまじゃポンドで統一ですって。ちゃんと変えておいたから心配しなくても良いわ」
そういってシャネルは財布を出す。
紙幣が入っている。
「すげえ、紙のお金だ」
国によってはそういうお金をつかっている場所もあるけれど、ドレンスでは全てがコインだ。きっとそのうち電子決済もでるよ! でるわけねーか。
「軽くて持ち運びには便利ね」
「んだんだ」
「でもドレンスでも昔は紙幣が使われてたのよ、すたれったけど」
「そうなのか?」
「ええ、やっぱり紙幣じゃ信用がないしね。すぐに刷れちゃうし、貨幣としての価値をみんなが保証してくれないのよ」
「むむむ……」
難しい話だ。
こういうのは適当に聞いておくに限る。
あ、でもそういえばルオの国でもそんな話を聞いたな。新しい紙幣を刷ってウハウハだ、みたいな。よく覚えてないけど。
「というわけで、準備も万端」
「はい」
「気合も万全」
「ほう」
「本日天気晴朗、されど波高しよ!」
「んんん?」
「どうしたの?」
「いや、それ誰の言葉だったかな?」
というかシャネルさん、マジでテンション高いな。びっくりですよ。なにかあった?
「ガングーの言葉だけれども?」
「え? いやー、絶対に違うと思うぞ」
ちょっと待って、思い出すからと手でシャネルを制する。
「ガングーよ、このシャネル・カブリオレが言うんだから間違いないわ!」
「いや、たぶん違うって。なんか名言だろ、それ?」
なんだったかなぁ。
ク○ム・ニックのテーマ曲? うーん、違うし。そもそも界隈以外でそこまで有名なキャラじゃないし。いや、俺は好きだけどね。俺は。
「だからガングーの名言でしょ、トランフィンガー海戦で言ったのよ」
ちょっとムキになるシャネル。
しかし俺も海戦の言葉で思い出した。
「いや、それ秋山真之の言葉だよ」
ようやっと思い出したぞ。
間違いない、昔の海軍軍人だ。日露戦争で活躍したんだ、司馬遼太郎の小説で読んだから覚えてる。
「だあれ、それ?」
「俺の国の偉人だよ」
「ジャポネの? 知らないわ」
そうでしょうね、こっちの世界の人だから。
でも、どうしてガングーは秋山真之の言葉を知っていたのだろうか? 偶然だろうか。違う気がする。勘だけど、そんな気がするのだ。偶然ではなくガングーはその言葉をここ一番で発したのだという気がする。
「まあいいわ、そんなことはどうでも。それよりシンク、早く行きましょうよ!」
「分かったから、そんなに引っ張らないでくれよ」
なんでこの子、こんなに嬉しそうなの?
なんて思いながらシャネルに連れられていくと、巨大な船が停泊していた。
「ワクワク」
とうとう言葉に出すシャネルさん。
俺はこれか、と理解した。
「シャネル、船乗ったことないんだよな」
「ええ、そうよ」
「昔、船は嫌だって言ってなかったか?」
怖いとか、なんとか。
「ええ、でもこれなら大丈夫よ。ここまで大きな船ならそう沈むこともないでしょう」
たしかに、デカイ。
俺たちの前にある船はそれこを何百人の人間が一気に乗れそうなものだった。なんならこの船の中で暮らすこともできそうだ。
「いっそのこと、これに軍隊のせて攻め入ればいいのに」
「そうはいかない理由があるんでしょう」
「ふむ」
タラップはもう降りている。
乗ろうと思えばすぐに乗れる状態だ。
「あの船、いつでるの?」
「今日のお昼過ぎって話よ」
「じゃあもう少し時間があるんだな」
なんか食事でも、と思っていると嫌な声が聞こえてきた。
「榎本!」
俺は耳を塞ぐ。
「シンク、お友達が来たわよ」
「よしてくれよ、友達なんかじゃねえから」
金山がいる。
遠くから駆けてくる。その後ろにはティアさんがいるがエナン帽子を被っている。気に入ったのか、あれ。
「やあ、榎本。今きたの? ちゃんと来たね」
「うるせえよ」
「遅れるかと思ったよ」
「俺は約束の時間には遅れねえ、遅れたことあったか?」
「ないね」
断言してみせる金山。
そうなのだ、俺は遊びの約束なんかはちゃんと時間通りに行くタイプなのだ。
「お前らは、いつからいたんだ?」
「俺たちはもう何日から前から待機してたよ。にしても、すごい船だね」
「ああ」
「グレート・ルーテシア号って名前らしいよ。ルーテシアって知ってる?」
「知らん」
俺はシャネルに目をやる。
「ガングー時代の元帥の名前よ。貪欲のルーテシアって二つ名があったわ」
「そうそう、他にも守銭奴とか、金の亡者とか呼ばれたルーテシア元帥さ」
「なんだその人、やべえじゃん」
悪口言われすぎだろ、500年後ですら言われるってどんだけ金に汚かったんだ。
「そういえばここ、オンルフールね。ガングーの大陸封鎖令で廃墟になった町じゃない」
「なんだそれ?」
もー、難しい話ばっかり!
「榎本、大陸封鎖令知らないの?」
「知らんよ」
ん、いまバカにした?
金山のやつ俺のことバカにした?
「大陸封鎖令ってそのままよ、ドレンスが属国と一緒にグリースとの貿易をやめたっていうやつ。もちろん属国からすればいい迷惑だったらしく、まあガングーのやった政策のなかで明確に失敗だって言われるわね」
「ほう、天下無双のガングーさんも政治は苦手だったんか」
「ま、そんなところ。けっきょくこの大陸封鎖令の失敗が、その後のガングー帝国の滅亡を招くことになるわ。ちなみに、さっきのルーテシア元帥はこの大陸封鎖令の間に勝手にグリースと取引して大儲けしてたわ」
「おいおい……」
やべえだろ、個人での貿易とか。
いや、たしかに儲かりそうだけどバレたら死刑とかじゃね?
「ちなみにバレたわ」
「バレたの!?」
「それで全財産を没収されることになったわ。しかたがなくなったルーテシア元帥は仕事にせいを出すことになりました、めだたしめでたし」
めでたいのか……それ。
ルーテシアさん可哀想、全財産没収とか。
「きっとこの船は、そのお金でできたのね」
「んなわけないだろ」と、俺。
「あ、いや。実際そんな感じらしいよ。大陸封鎖令が解除されてから、ルーテシア元帥の行為をたたえて作られた船だとか。いちおうは私服を肥やすためにやった貿易だけど、この近隣の人からしたらそれでも利益はあったらしいよ」
「ふうん」
一長一短。
いや、これは光と影みたいなもんだな。
「とりあえず乗りましょうか」
シャネルがタラップに足を乗せる。
俺はその手を掴んだ。
「あぶないぞ」
潮風が吹いている。
もしかしたら落ちるかも知れないと思った。
「あら、ありがとう」
「まあ……」
恥ずかしいけど、ちょっと金山に見せつけるつもりもあった。
でも金山は俺の方を見ていなかった。ティアさんの方を見てから、あっちだよとルーテシア号の先頭を指差す。それでティアさんは頷く。
どんな会話をしているかは分からない。
けれど2人の目はどこか遠い場所を眺めているようだった。




