031 ドラゴン退治出発、陽気な男スピアーの登場
さて、疲労困憊って言葉は似たものに生き絶え絶えとか、青息吐息とかあるけど、今回の俺はちょっと違う。これはあれだ、ゾンビとかの歩き方だ。
たぶんシャネルがいなかったら途中で馬車にでもひかれていただろう。
彼女のおかげで冒険者ギルドまでたどり着いた。途中で酔いつぶれて道で寝ている冒険者を見たけど、あいつらは一体何時まで飲んでいたのだろうか?
冒険者ギルドの扉をシャネルが開けてくれる。中にはもう冒険者が20人ほど。もしかしたら俺が最後かもしれなかった。
他人の目が刺さる。どいつもこいつも猛者揃いって顔だ。そいつらが女連れで入ってきた俺を値踏みするように見ているのだ。
「はい、ではこれで全員揃いましたね」
受付のお姉さんが言う。
やっぱり俺で最後だったか。
「それではこれから工作部隊の任務の説明をします――」
バカみたいに頭が痛くて俺は話をうまく聞き取れない。変わりにシャネルが説明を聞いてくれた。
「とりあえずシンク、みんなについて行って」
「……ああ」
「それで他の人の言うことを聞くのよ。とりあえず仕事は簡単、道々で出てくるモンスターを倒す。勇者の露払いね」
「うん」
「それで山の中腹あたりで一泊。その次の日に7合目あたりで野営の準備。分かるわね。昨日も言ったわよね」
「……うーん」
本当はシャネルについてきて欲しいところだ。けどそれはさすがに情けない気がする。初めてのお使いだって子供一人で行くもんだ。
「いまからポーションを配られるから、一人ひとつ。これは体の治癒能力を高めたりするだけじゃなくて、飲んだ瞬間に元気も出るから。いざというときに使うの」
「エナジードリンクみたいなもんか」
「それはなんだかよく分からないけど、とにかく最後の手段だと思って」
というか麻薬みたいなもんかもな。ポーション。
というわけでポーションが配られた直後、一気飲みしてやる。
「ちょ、ちょっと。最後の手段だって言ったでしょ」
「むしろ今が最後だろ」
うーん、これは!
すごいぞ、一気に二日酔いが治った。
シャネルはやれやれとでも言うように肩をすくめてみせた。
「じゃあ行ってくるよ」
かなり楽になっている。これならまあ、ちょっと体調が悪いくらいだろう。言ってしまえば風邪のひきはじめくらいか。
「じゃ、また後で」
「ええ。アイラルンの加護がありますように」
それなら嫌というほどにもらっている。
冒険者ギルドを出てぞろぞろと歩いてく。それなりに顔見知りが多いのか、会話しながら歩いているメンツもいる。俺は知り合いの一人もいないので最後尾だ。
それにしても、どうもこれからドラゴン退治って雰囲気じゃない。
遊び半分というか、遠足みたいに感じる。
「なあなあ、さっきのベッピンさん。お前のいい人か?」
軽薄そうな男が声をかけてくる。
頑丈そうな鎧を着込み、自らの身長ほどもある槍を軽々持った男だ。しかしその表情の緩さから、相当な実力者としての自信を感じさせる。
「まあ、そんなところ」
俺は持ち前のコミュ障を発揮する。こちらから会話を続けることができない。
「いい女だったな。冒険に出る男を待つなんて、ロマンティックだなあ」
男は自分で言いながら嬉しそうに頷く。
「あいにくと、そんなにしおらしい女じゃないんですよ」
男がちょっと歳上に見えるので敬語をつかう。
「そうなのか?」
「俺には手綱をひけないほどのじゃじゃ馬です」
「そういう姉さん女房っていうのも良いもんだぜ」
男はわっはっはと笑った。
人懐っこい笑顔だ。まあ俺とは違うな。もしも学校ならば、いかにもな陽キャだ。でも俺のことをイジメてこない陽キャは嫌いじゃない。
「それにしても皆、余裕っすね」
「そうか? 俺からしてみれば兄さんも余裕に見えるぜ」
兄さん、という呼び方をされたのは初めてだった。
「そうっすか?」
「そりゃあな、そんな軽装で。胸当ての一つもつけてないんだからよ」
「ああ、たしかに」
言われてみればそうだ。このメンツの中で一番ラフな格好をしているのは俺だろう。この槍使いだってきちんとした鎧を着ている。
「もっとも、俺だってこんなに準備万端で来る必要はなかったんだけどな」
「それはどうして?」
「だってよ、俺たちは工作部隊だぜ。会敵することがあってもこの人数だ」
「そういうもんなんっかね」
「そういうもんだよ」
男はブンブンと槍を振る。前の方にいた冒険者から「あぶねえぞ!」と怒った声がとぶ。それを男は笑って「すまんすまん」。なんていうかあれだ、この集団は全員が陽キャだ。俺だけだな、陰の者。
それにしても、こうして大通りを練り歩いていても周りからの目がなんだか。
俺たちも勇者の仲間だと思われているのか、だから町人たちは俺たちを恨んでいるのだ。さっさとドラゴンを退治しようとしないやつら、と。
でもそれは月元が悪いのだ。
「あーあ、これは何度やっても慣れねえな」
男が言う。
「これ?」
「町を出るときさ。凱旋はまた別なんだけどな」
この男は何度かこういう経験があるのだろうか。そういえばこの男の名前は何というのだろうか?
男の方も同じことが気になったようで、
「そういや兄さん、名前は?」と聞いてくる。
「エノモト・シンク」
「変な名前だな。俺はスピアーって言うんだ」
スピアー。そのまま『矛』って意味だよな。むしろそっちの方が変な名前だろう。まあこの世界じゃ普通なのかもれしれないけど。
「スピアーさんは、こういうの何度もやってるんっすか?」
「スピアーで良いよ、俺たちは同じ冒険者だろ。立場に上下なんてねえさ。だから敬語も使わなくていい。だろ?」
「そうっすね」と、いきなり砕けた言い方はできなかった。
「俺は何度か勇者様ご一行の冒険について行ってるんだ」
「つまり同じパーティーってこと?」
「いやいや、そんな大層なもんじゃねえよ。おっかけだ、おっかけ」
おっかけ?
それってあれか、アイドルみたいなやつか。
月元のおっかけ。いやまあ、あいつはジャニーズ系の顔だしな。ってことはスピアーはホモか? やべえ、ちょっとケツの心配をしておこう。
「中には何人かいるぜ、俺と同じようなやつらが」
そのとき、ピンときた。
「ああ、つまりこうやって良いとこどりをするってことか」
「そういうことだ、兄さん察しが良いな」
「よく言われる」
つまりスピアーはあれだ。月元が行く先々で要望するお祭り騒ぎを楽しんで、ついでにこうして依頼をこなして報酬をえる、と。
どうりで余裕なわけだ。たぶん何度も同じようなことをしているのだろう。
「でもさ、今まで危険だった事とかないの?」
「そりゃあ何度もあるさ、でも勇者様がでばれば一発さ。あの必殺技でな。知ってるか?」
「もちろん」
なんせその直撃を受けたんだからな。
「ありゃあすごいぜ。誰も真似できない勇者様の固有スキルだ。魔王もあれで倒したらしいし」
「そうなのか」
……そうなのか。
え、じゃあ何。俺は魔王も倒したような必殺技をくらったの? そりゃあさ、俺はあいつにイジメられてたよ。でもさ、同じ現代日本から来た同士だぜ? あっちじゃあクラスメイトだったんだぜ。殺そうとするか、普通。
くそ、ふざけんなよ、殺してやる。
なんてやつだ、最低だよ。本当に人間じゃないな月元って。
でもこうして皆に認められてるから腹がたつ。
「なんにせよ、俺たちは勇者様のお膳立てさ」
「ふーん」
それはそれでなんか腹立たしい。いっそ俺がドラゴン倒してやろうか。ま、無理だろうけど。
町からは東口を通って出る。これはかなりスムーズに出られた。あるいは厄介払いのような扱いだったのかもしれない。
そこからはしばらく平原が広がっている。
歩きかと思ったら馬車が6台並んでいた。
「これに乗っていくのか」
「当たり前だろ」と、スピアーが言う。「ここからババヤーガ山までどれだけあると思ってんだ」
と、言われても知らないのである。
一つの馬車には4人が乗る。といっても中には荷物なんかも積まれておりかなり狭く感じる。俺は必然的にスピアーと一緒に乗り込んだが失敗だった。
「そこの若いの。その槍はどうにかしたらどうじゃ? 他の迷惑じゃぞ」
「おう、すまねえ」
スピアーの長槍が邪魔なのである。
「馬車の上にくくりつけるとかじゃな」
「そんなことはできねえ」と、巻き舌気味のスピアー。「こいつは俺の命みたいなもんだからな!」
あんまりの勢いに誰も何も言えなくなった。
スピアーは「やったぜ」とこっちを見てくる。
見るな、友達だと思われるだろ。
馬車はガタガタと揺れていく。ドナドナドナドナ。なんだか人買いにかわれた気分。座り心地も悪いしよ。ついでにスピアーは一人で喋りっぱなしだ。何が楽しいのやら。
「――なあ、兄さん!」
「あ、ああ」
なんか話をふられたけど適当に答えておく。正直聞いてなかった。
わっはっは、とスピアーは笑う。
でもこいつのおかげでちょっとだけ場が和やかになったし、緊張もほぐれている。感謝するべきなのかもしれない。
なにせこのさき、俺は死ぬかもしれないのだ。
ドラゴン退治は楽に終わったとしても……その後がな。
この馬車は死への旅路へとなっているのだろうか? ははは、だとしたらそれは月元のだ。俺のではない。
やってやる。
そう、改めて決意した。




