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302 革命の話


 フェルメーラはワイン瓶を傾けて、天井を見た。


「さてはて、まずはどこから話すべきだろうね」


 俺は黙って聞きながら、心の中では(知らんがな)と悪態をついた。


「そもそもシンクは、このパリィをおさめる人間のことを知っているかね?」


「えー? なんか王様とか?」


 てきとうに言ってみる。


 ほら、異世界っていったらやっぱり王政をやっててさ。


それであれでしょ、異世界転移した人が謁見して、タメ口で話すけど許してもらえて――。


 ま、もし俺が王様なんかに会ったらビビって敬語どころかどもっちゃいそうだけど。


「いいや、違うよシンクくん。いま現在このパリィ――ひいてはドレンスをおさめているのはガングー13世だ。ということはつまり王族と言ってもさしつかえないのだが、やはりパリィの王族といえばプジョルノ家のことを人々は想像するだろうね」


「そうなんだー」


 プジョルノ? 誰でしょうか、それ。


「分からないって顔してるね、シンク。プジョルノというのはまあ、ガングーの奥さんだと思っていいよ。ビビアン・プジョルノ。絶世の美女だったという話だよ」


「へー」


 その人の名前を、ココさんは名乗っていたということか。


「ガングーはその王族であるビビアンと結婚したわけだから、まあ彼も王族だろう。そしてガングー自らも皇帝となったのだから、まあ王族だろうね」


「へえ」


 もちろん俺は興味ないよ、そこらへんの話。


「とはいえ、彼が本当にかのガングーの子孫である確証はどこにもないのだがね」


「え、そうなの?」


 なんだよそれ、てっきり本当に子孫なのかと思ったが。


 もしかして……言ってるだけ?


「なにか察したようだね、シンクくん」


「いや、まあ。13世? そんな昔の人かよ、というか500年前の人だよねガングーって」


「しかり」と、ココさんは神妙に頷いた。


「500年で13世も下の世代に行くかな?」


 人生50年だとしても、よくて10世だろう。


 それが13世って。まあそれくらいの歪みくらいはあるのか?


でもなぁ、そんなに下の世代ってもう他人では?


 なんかなー、怪しくないか?


「言ってみたまえ」と、ココさん。


「あけすけに言えば、胡散臭い」


「その通りだよ、そしてそれをパリィ市民たちも分かっている。だというのに――」


「ガングー13世を支持している」


「じゃあ、あなた達はその市民たちが支持している王政を革命により打倒しようと?」


 これは多分に皮肉をふくんだ、意地の悪い言葉だった。


 けれどフェルメーラさんはその言葉を笑い飛ばす。


「べつに僕はガングー13世が嘘つきだから革命を起こしたて制度をひっくり返したいわけじゃない」


「ならば、どうして?」


「彼は危険だ。ガングー1世の威光に取り憑かれている。いまに対外戦争をはじめるぞ。じっさい魔王なんてものが復活したいま、ガングー13世は喜んでいるはずさ」


「戦争は嫌だね」


 これは一般論。


 もちろん俺だって一般人だ。


「そもそも帝政なんて古臭い制度はやめるべきだと僕は思う。シンクくんはルオという国を知っているかい?」


「もちろん」


「そうかい、かの地では王政をやめて民主政というものを敷こうとしているらしいよ。僕はこの国でもそうするべきだと思うね。共和制こそが正しい政治だ、違うかい?」


「さあ?」


 政治の話は分からない。


 共和制ってのはあれだよな、君主を持たないで人民が政治を決めるってやつ。


いちおう日本は立憲君主制だったよな? あれ、違ったかな? 日本も民主政?


 俺は勉強もぜんぜんできなかったから、そこらへんはやっぱり分からない。


「それで、フェルメーラはどんな革命をお望みだい? その民主政をなすために」


「もちろん軍事クーデターしかないさ。革命などそもそも民衆の力によって引き起こされるものだが、しかし軍人の力を借りるに越したことはないだろう?」


「やれやれ、これだ」


「どれ?」


 言ってることの半分も分からない。


 けど軍事クーデターっていうのはおだやかじゃないな。


「いいかね! 力だ、力によって粉砕するのだ!」


 フェルメーラは両手を振り上げた。


「そうとう酔ってきたみたいだね」


「そのように見えます」と、俺は同意する。


「敬語、やめたまえ」


「はい」


「どうせガングー13世だってクーデターで議会を解散させたんだ!」


「だがしかし、そのあとで選挙をやっただろう? 国民の総選挙を。これはフェルメーラのいう民主政じゃないかい?」


「あんなものは詐欺だ、ペテンだ、仮初だ! 熱狂する人民にまともな選挙などできるか!」


「選挙なんて人気投票か?」


 それは昔、ティンバイが言っていたことだ。ルオの実質的な支配者であり、俺の義兄弟であるカリスマの男が。


「その通り!」


「それで、人気投票で勝てないからクーデターかい?」


 ココさんはせせら笑う。


「ふんっ」


 フェルメーラは鼻を鳴らした。


「すねるなよ」と、ココさん。


「僕はいまの機会に革命を起こすつもりなどない」


「どうしてだい?」


「魔王が復活しました、戦争をします。それに反対して革命、そんなことになれば国は無茶苦茶だ。成功しようと失敗しようとドレンスのためにはならない」


「ほう」


 ココさんは試すように笑う。


「ふむふむ」


 俺は分かったふりをする。


「革命は人民のために。そしてそれが起こるときは真に人民の熱意が高まったときだ。借り物の熱狂による革命など、しょせんはお仕着せさ」


 少しだけ分かった気がした。


 フェルメーラは自分のために革命を起こしたいと思っているわけではないようだ。ただ人々のため。


 そういう思考回路を持つ人間が成功した場合、こう呼ばれる。


 ――英雄。


 この人はきっと、そのタマゴなのだ。


 悪い人じゃない、むしろ好きかもしれない。


 とはいえ……いまはただの酔っ払いだ。


「ううっ……もうダウンだ」


 バタン、とフェルメーラはテーブルに突っ伏した。


「潰れたね」と、ココさん。


「完全に」


 寝息を立てている。


 これで支払いはフェルメーラ持ちということになる。


 たぶん最初から酔っていたせいだろうな、あんまり量を飲んだわけじゃないのに潰れた。


「さて、とりあえずトリュフだろ」


「はい?」


「それとキャビアに、フォアグラ」


「……なにが?」


 えーっと、それってあれだよね。なんか世界三大珍味みたいな。


 食べたことはないけど聞いたことはある。


 え、でもそんなの高いのでは?


「そもそも珍味というのは、美味しいという意味ではないのだよ」


 ココさんは平気な顔をしてウェイターを呼ぶ。


「じゃあどういう意味で?」


「ただ珍しいのさ、珍しければ高い。高ければ美味いってわけじゃないだろう」


「……頼むんですか?」


「もちろん! なにせ彼の――」ココさんはフェルメーラを見る。「おごりだからね」


「ひどい女ですね」


「男さ、私は」


 こいつめ……都合のいいときだけ。


「あの、すいませんがさすがにそのようなものは用意しておりません」


 呼ばれて来た店員さんは申し訳無さそうだ。


 そうだよね、こんな中流の居酒屋じゃ。


「じゃあ何でも良いよ、高いものから持ってきてくれたまえ。支払いはそこの酔っぱらいが」


「大丈夫なんですか?」


「心配ないよ、どうせ彼は貴族なんだ」


「え……」


 この酔っぱらいが?


 貴族なの?


 特権階級なのに革命をしたがってるの?


 他人のことはよく分からないな。けれど少しだけ興味が湧いた。


 こんな人もいるのか、と。


 世の中にはいろいろな人がいる。そんなのまあ、当たり前だけどね。


「おや、食べないのかい? もったいないよ」


「……もちろん食べますけど」


 俺はやってきた高級料理を、ありがたくちょうだいするのだった。


 それにしてもいま、シャネルは何をしているのだろうか。せっかくだからタッパーにでも入れて持ち帰りたいが。あ、この異世界にタッパーなんてないか。


「キミ、いま好きな人のことを考えているだろう?」


「どうして分かるんです」


「少なくとも目の前にいる美人のことを考えていないことだけは分かるよ。シャネルのことかい? 我が愛おしの妹のことを考えている?」


「まあ」


 ふふ、とココさんは微笑んだ。


「幸せさ、シャネルは。もっと幸せにしてやりたまえ」


「あなたも会ってやればいいのに」


 酔いに任せて言ってみた。


 けどその言葉にココさんは返事をしなかった。


 無視されたのだった。



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