030 二日酔いの朝
そして朝。
朝、朝、朝!
俺は最悪の気分で叩き起こされた。
「……ううっ。もう少しだけ寝かしてくれ」
「ダメよ。ほら起きて。顔でも洗ってきなさい。なんなら私が魔法で水をかけてあげましょうか。そうね、そうしましょう」
俺はグロッキーな足取りで洗面所まで。シェネルは洗ってこいなんて言いながらも、まるで介護するように俺についてきてくれた。
顔を洗い(洗ってもらい)、歯を磨き(磨いてもらい)、えずき(吐き気をもよおし)、結局はゲロを吐いた。
「もう、汚いわね」
と、シャネルはさして汚くもなさそうに言う。
たぶん胃液も全部からっぽにしただろう。ちょっとマシになっただろうか。
これが二日酔い、初めての経験だ。
人間、なんだって初めてで上手くいくことって少ない。なんども失敗して覚えていくものだって、それ常識ね。
まあ二日酔いってのは下手こいた後の罰みたいなものだから、これを覚えて次からは気を付けましょう。
「それで、行けるわよね」
「そこは『体調が悪いなら行かなくて良いのよ』って言ってほしいところなんだけどな」
「亭主をあんまり甘やかさない主義なのよ」
「結婚した記憶はないけどなあ」
つーか童貞だし。
にしても童貞って中国の武将みたいな名前だよな。どうでも良いけど。
「朝ごはんはどうする? 食べることはオススメしないけど」
「……食べる気力もない」
「賢明ね、食べてもどうせもどすわ」
ということで、このまま出陣とあいなった。
フミナは例のごとく眠っているので起こさないことにする。その変わりと言っちゃあなんだが、スケルトン犬のパトリシアが遊んでほしそうによってきた。
「……いまそういう状況じゃないから」
俺がしっしと手で追い払おうとすると、パトリシアはちょっと離れてついてきた。門のところまで送ってくれる。
まあこいつには一応命を助けられてるからな。
「帰ってきたら遊んでやるよ」と、口約束。
パトリシアはもちろん言葉が分かるから嬉しそうに尻尾を振った。
見送りならせめて可愛らしい女の子が良いんだけどなあ……。
なんて思っていると、屋敷の中からフミナが出てきた。
よろよろと歩いている、そうとう朝が苦手らしい。それでも出てきてくれたのだろう。
「……シンクさん、シャネルさん」
「あら、おはよう」
俺も挨拶しようとしたが無理だった。うう……なんてうめき声のようなものが出ただけ。
「朝、ですね」
そういってフミナは睨むように空を見上げた。
「別に見送りなんて来なくてよかったのよ」
シャネルは優しく言った。
「そうはいきません」
フミナは力なく笑う。
そして、あら? と、俺のほうを見た。
「この人ったら、もう二日酔いでダウンなんだから」
「言うなよ」
言わなかったら死地におもむく寡黙な戦士で通る、かもしれないのに。
「あの、死なないでくださいね」
フミナはそれが言いたかったのだと、はっきりと俺たちに言った。
「とうぜんだ」と、俺は答える。
「ええ、そうね」と、シャネル。
フミナが俺たちに手を振った。
「また帰ってきてくださいね」
ああ、と俺たちはうなずいた。
とうぜん帰ってくるさ、俺には復讐したい相手がいるのだから。こんなところで死ねないのだ。たかがドラゴン退治なの、たかが勇者を殺す程度で。死ぬわけにはいかない……。




