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285 暗闇の中へ落ちる2人


 休憩を終えてしばらく進むと、また階段があった。


「よし、見つけた!」


「おおっ! すごいね、榎本。本当に勘だけでここまで来たよ。一回も行き止まりに行かなかったね」


「ま、ざっとこんなもんだ。降りるぞ」


 階段を降りていく。


 きれいな石で舗装された階段だ。しかし途中から加工された石がなくなり岩肌が露出していく。自然にできた階段になっていく。


「雰囲気が変わったわね」


「つまり、この下はまた違う階層が広がってるんだろ」


 俺は答える。


 まったく、ディアタナ様は俺たちを楽しませるため工夫をこらしてくれるぜ。なんて優しい女神様。アイラルンとは大違い。


 階段を降りた先は広い空間だった。


 さきほどまでのダンジョンではない、また洞窟だ。けれど最初の階層と違うのは、最初は洞窟でありながらも道があった。しかしこちらはどこにも道のようなものが見当たらない。


 好きに動き回れる。ゲームで例えるならばオープンワールドだ。


「さてはて、どうしたもんか」


 近くには深い谷間が広がっている。落ちたら危なそうだ。


「気をつけて探索をしよう」


「気をつけて探索をしよう」


 俺はバカにするように金山の言葉を復唱した。


 そういえば昔、そういう意地悪されたな。なにか言うたびに、甲高い裏声を使って同じことを言われるんだ。あれは気持ち悪かった、やってる方は楽しいのかもしれないが、はたから見ればバカにしか見えない。


 もっとも、イジメられているほうもミジメでバカみたいだけど。


 歩き出すと、足場の岩が少し崩れた。カランカランと音をたて、崩れた石は谷間に落ちていく。


 広い空間なので先の方までランプの光は届かない。真っ黒の闇を見ていると、俺の心まで暗くなるようだ。


「それにしても、この洞窟はいったいどこまで続いてるんだろうか」


「さあな」


 山の中にあった洞窟だけど、つまりここは地下ということか?


 いや、違うな。たぶん空間的にどこかにつながっているわけじゃないんだろう。


 だからどこまでだって続いている可能性がある。


「もしもまだまだ続くなら一度帰るのも手だと思うけど」


「帰れるか?」


 ダンジョンは転がってきた石で、最初の洞窟部分はシャネルの火で退路がふさがれてしまっている。


 いや、でも帰れないからずっと降り続けるというのもバカな話で。


 ここらが考えどき、分岐点だろう。


「1回、多数決をとろう。このまま進み続けるか、それとも引き返すか。俺は引き返すほうに一票」


「俺はどちらかといえば進む方に一票だ」


 べつに金山に対抗したわけではない。


 ただ、いまから戻ると次に来るときにまたいま来た道を通らなければならないのが面倒なだけだ。


「私はシンクに賛成よ」


「これで1対2だな。そっちのエルフの人は?」


 なんだかティアさんと呼ぶのが恥ずかしくて、思わずエルフの人なんて失礼な言い方をしてしまった。


「ティアはどう?」


「……」


 ティアさんは黙っている。けれど金山はそれで理解したようだ。


「ティアもこのまま探索を続けるほうに賛成らしい。よし、分かった。このまま行けるところまで行ってみよう。さいわい、俺たちはまだ体力的にも余裕がある。いいよね、榎本?」


「だから最初からそう言ってるだろ」


 ったくよ、仕切るんじゃないよ、金山のやつ。そりゃあ俺はお前たち5人にイジメられたぜ。でもそれはお前たちが5人だったからで。いまは4人も殺した後なのだ。あと1人くらいいつだって殺せるんだ。


 ……でも、俺たちはイジメっ子とイジメられっ子になる前は親友だった。それもまた確かなのだ。そのとき、俺たちの関係に上下なんてなかった。


 なかったよな?


 いまとなってはもう分からなかった。


 金山とティアさんが壁に手をつけたまま、ゆっくりと歩いていく。俺たちもそれに続く。少しだけ道が広くなって、また狭くなって。それを繰り返す。


 会話がないと、なんだか気まずい。


「なあ――」


 俺が何かを言おうとした。


 でもその瞬間、音に反応したのか。バサバサと翼のはためく音がして、小さなモンスターが壁から離れていった。


「きゃっ!」


 シャネルが驚いて俺に抱きついてくる。


 むにゅん、と柔らかい感触。


「吸血コウモリかもしれないから気をつけて! あれ、榎本。なんでそんな笑ってるの?」


「べつに……」


 胸があたったからです、とは言えない。


「まったく、びっくりしたわ」


「大丈夫だったか?」


 俺はシャネルに聞く。


 シャネルはキョトンとした顔をする。


「珍しいわね」


「なにがだよ」


「そんなこと気にするだなんて」


 シャネルは喜んでくれるかと思ったら、むしろ少しだけ嫌そうな顔をしていた。


「べつに気にしちゃいないさ」


「大丈夫に決まってるじゃない。少し驚いただけなんだから」


「お、おう」


 なんだ? なんでシャネルこんなに苛立ってるんだ? あ、生理か? うん、この冗談、下品だし最低だね。


「ふんっ」


 シャネルは鼻を鳴らす。


「ごめん」


 やっぱり怒ってるみたいなので謝る。


「なんで謝るの?」


「だって怒ってるんだろ?」


「照れてるのよ」


 はい?


 いきなりサラッと言われたので驚いた。――照れてるのよ? マジで?


 ぜんぜん分からね~。


「あれ……」


 俺たちがイチャイチャしていると、金山が声をあげた。


 なんだよ、いまいい雰囲気だったのに。いい雰囲気だったか?


「どうした」


「前から……なにか来たよ」


「なんだと?」


 俺は目をこらす。


 たしかに、何かがこちらに向かって歩いてきている。二足歩行だ。


 またゴブリンのようなモンスターだろうか、いや違う。人間だ、人間がこちらに歩いてきている。


 けれどおかしい、だって明かりも持っていないんだ。


 たとえば俺は『女神の寵愛~視覚~』のスキルで夜目が抜群にきく。けれど光源が一切ない状況ではあたりを見ることなどできない。


 けれど目の前のやつはそんな状況なのに歩いてる。


 こんな足場の悪い場所を! 踏み外せば谷間に真っ逆さまなのに。


 こちらのランプに照らされて、歩いてきた何者かの姿が見えた。うつむいたまま歩く、兜をつけた――おそらくは男。ピカピカした銀色の鎧を着込んでいる。その手には抜身の剣が握られている。


 だが、その足取りに生気がない。


「あの、1人ですか?」


 金山は普通に話しかけようと、前からくる何者かに近づいていく。


 だがそれは人間ではく、モンスターだ。


「待て、金山! やめろ、そいつは人間じゃないッ!」


「えっ?」


 間抜けな顔で振り返る金山。


 間近で振り上げられる剣。


 俺は自らの足に急速に力を込める。動け、動け、動け!


 弾丸のように飛び出して、金山と正体不明のモンスターの間に立つ。刀を抜きあげ、そのままモンスターの腕を斬った。


 悲鳴もあげない。


「まさか人間が腕を斬られておいて、泣き言の一つも言わねえわけねえよなぁ!」


 俺は刀をひき、ためをつくると、心臓めがけて突き刺した。


 硬い鎧を軽々と引き裂く魔力をおびた刀。


 モンスターはその場に崩れ落ちた。


 もしかしたら心臓を貫いても死なないかと思ったらから、ちょっと安心した。


 鎧の隙間から、なにか黒いモヤのようなものが抜け出していった。それは実態のないなにか。


「な、なんだこれ? 死体が動いてたのかな?」


「そうみたいだな。お前ももうちょっと気をつけろよ。あきらかに怪しかったじゃねえか」


「うん、ありがとう。榎本」


 くそ、また思わず金山のことを助けてしまった。


 というかこいつ、この察しの悪さでこれまで冒険してたのか? よく生きてられたな。


 あとついでに思うけど、ティアさんなにもしねえな。


 戦えないし、いまのところ荷物持ちにしかなってないぞ。


 まあ美人さんだし、いてくれるだけで場が和むか。


「この死体、まだ鎧が新しいね。もしかしたら俺たちの前に入った冒険者かも」


「だからどうしたっていうんだよ、死体は死体だ。行くぞ」


 この死体を回収することが俺たちのクエストではない。


 俺たちがやらなければならいのは、この洞窟の最奥にあるという宝物をとってくることだ。


「ねえシンク、この死体から金目のものをとっていきましょうよ」


「だからお前、いつもながらバイオレンスなんだよ」


 そういう追い剥ぎみたいなことしちゃダメだよ。


「あ、でもシンク。みてこれ」


「どれ?」


「この死体、後ろがわが食べられてるわよ」


「へ?」


 食べられてる?


 シャネルが死体をひっくり返して背中のほうを見せる。た


 た、たしかに死体の背中がごっそりとえぐれている。血は固まっているが、肉体がボロボロで背骨まで見えている。


 なにこれ、グロテスクなんだけど。


 ひいいっ……。


 さっさと行こうぜ、と歩こうとする。


 その瞬間。


 ……カラン。


 嫌な予感がする。


 暗闇の中から四足歩行の獣が飛び出してくる。その獣は俺の手に噛みつきにかかる。


 それを持っていた刀で斬るが、その瞬間に俺はバランスを崩した。


「やべえっ!」


 ガラッ、と音がして足を踏み外す。


 断崖に向けて俺の体が投げ出される。


 獣にぶつかられた慣性が残っていたのだ。


「シンちゃんっ!」


 落ちていきそうになる俺の手を、金山が掴んだ。


 俺は投げ出されそうになるのを、なんとか金山のおかげで踏ん張ることができた。しかし体はぶら下がる状態になってしまった。


「離すなよ! その手、絶対に離すなよ!」


 勘弁してくれ。


 こんな栄養ドリンクのCMみたいな状態はごめんだぜ。


「ちょ、これまずいって。あがらない!」


「ねえ、シンク」


 シャネルが顔を覗き込むようにしてこちらを見ている。長い髪がたれている。


「なんだよ!」


 いま余裕ないからね!


「たぶんさっきの獣があの死体を食べたのよ。歯型が同じだもの」


「その情報いまいらないからね!」


「なごませようと思ったのよ。ほら、手のばすから。とって」


 シャネルが手を伸ばしてくる。けれどその瞬間――。


 ガラン。


 と、石が崩れ落ちる。


 そう、最初からこの場所は足場が悪かったのだ。


「あっ!」と、いう金山の声。


 金山がミを乗せていた場所が崩れたのだ。


「うわあああああっ!」


 とにかく叫ぶ。


 叫んだところでどうにもならないのだが。


 俺は金山とともに、転がり落ちるように闇に飲まれていく。


「シンク!」


 シャネルの声が遠ざかっていく。


 不思議な浮遊感。


 ――ああ、これ死んだわ。


 頭の中の冷静な部分が、そんなことを思っていたのだった。



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