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029 冒険者ギルドにて


 ギルドに到着すると、中が少しだけ騒がしい。


 俺がシャネルと一緒に入っても、誰もこちらをい見ない。集まっている冒険者たちは大きな声で話をしている。なんの話だろうか。


「早まるなって!」


「でもよ、これ以上バカにされるのは我慢ならねえ!」


「だけどお前はFランクの冒険者だろう!」


 若い男が一人、周りから必死で止められているようだ。


「なんだろうな」


「さあ?」


 シャネルはこういう事にあまり興味をもたない。というか、俺の好奇心が強いだけだろうか。なにか気になることがあればどういう理由でそうなっているのか知らなければ満足できないのだ。


 しかしコミュ障気味の俺はその輪の中に入って事情を聞くことなどできない。遠巻きに何があったのか眺めているだけだ。


 それでもある程度事情が飲み込めてきた。


 どうやらあの若い冒険者は、今度のドラゴン退治に自分も出ようとしているようだ。


「一攫千金でも狙ってるのかねえ」


 俺は文字が読めないのでドラゴン討伐の報奨金を知らない。けど危険な仕事だろうしそれなりのお金がもらえるのだろう。


 依頼書が貼ってある壁へと。


 ちょっと驚いた。


「何もないな」


「一つもね」


 この前来た時だってまだ数枚は依頼書があった。だが、今はそれらが全てなくなっている。残っているのは赤い依頼書。つまりはドラゴンのものだけだ。


「おう、あんたら。久しぶりだな」


 依頼書の前でポカンとしていると、男が話しかけてきた。初日にも話しかけてきた、あのモヒカンの冒険者だ。


「すごいですね」と、俺はいちおう目上が相手だろうし敬語で話す。


「すげえだろ、皆でやったんだ」


 本当はダメなんだけどな、と男は笑う。


「ダメ?」


「本当はこういう任務は四人までなんだけどよ。そこは頭の使いようよ。四人一組で何組も冒険者を送り込んでよ、相手を囲ったんだよ。まあドラゴン討伐と同じ要領だな」


 男は誇らしげに言う。


 たぶん、本当に大変だったのだろう。男の体にもところどころに傷がついている。


「そうか」


「残るはドラゴンだけなんだが……こればっかりは頭数揃えてもしょうがねえ」


「勇者、ですか」


「ああ。いつになったら重い腰をあげてくれるのやら。挙句の果てには若いのが血迷ってな。自分も参加するなんて騒ぎ出す。勇者様もさっさとドラゴンの一匹くらい倒してくれりゃあ良いのによ」


「まったくだ」と、俺は同意する。


 そして依頼書を壁から剥がした。


 男が目を丸くする。


「お、おい。あんた……まさか」


「ああ」と、答える。


 男の顔がくしゃくしゃの笑顔になった。顔全体で笑っている。


「あんたが討伐に出てくれるのか!」


「まあ」


「あんた、なんだか雰囲気変わったな」


「そうです?」


 また言われた。


「ああ、格好良いぜ!」


 男が周りにいた冒険者たちを集めだした。「おおい、みんな!」その声を聞いて冒険者たちが集まってくる。この男は人望があるのだな。


「私、ちょっとこういう雰囲気嫌いだわ」と、シャネル。すぐさま部屋の隅の方へ引っ込んでいく。

 それと入れ替わるようにして俺は他の冒険者たちに囲まれた。


「あんたが俺たちの代表で出てくれるのか、ありがとう!」「これで勇者様に馬鹿にされないぜ」「死なないようにがんばれよ!」「でも戦えるのか……?」「なに言ってんだ、この人はすげえスキルを持ってるんだぜ!」「すげえ!」


 うーむ、シャネルがこういう雰囲気が嫌いだと言った理由が分かった。あんまりこう手放しで喜ばれると、こっちが照れてしまう。


 そのうちに胴上げでも始まりそうな雰囲気だ。


 まだ参加するって決めただけなのにな。まあ、誰かが参加しなくちゃいけないような空気だったのだろう。誰だって死ぬのは嫌だから、自分以外の人が参加してくれれば万々歳ってもんだろう。


「よし、酒でも飲もうぜ! 今晩はあんたらの分はおごりだ!」


 モヒカンの男が音頭を取る。そこら辺にいた人も同意してくれる。


 その間にシャネルはさっさと一人で受付へ。たぶん依頼を受けると言っているのだろう。俺の方を指さして、奇麗な受付嬢のお姉さんに説明しているようだ。


「そうと決まれば善は急げだ!」


 俺は他の冒険者に引っ張られる。


「ちょ、ちょっと待ってくれよ」


 別に無理やり引き剥がすことはできたけど、そういうのってさすがにノリが悪いと思う。


 だからしょうがない、隣の酒場へ移動することになる。シャネルに目配せすると、彼女は「こっちも終わったら行くから」とでも言う感じで頷いた。


 というわけで酒場へ。


 すぐとなり。いかにも大衆酒場というかんじで値段もリーズナブルって感じだ。あれよあれよという間にどんどん料理と酒が運ばれてくる。


「頑張ってくれよ!」


「まじで死ぬなよ!」


「気をつけろよ!」


 なんせ主賓は俺だ。みんな口々に俺に応援の言葉を送ってくれる。


 なんだ、そんなにやばいのか、ドラゴン退治って。そういや俺、ドラゴンがどんなもんかよく知らねえな。


「なあ、ドラゴンってどれくらい強いんだ?」と、俺は聞いてみる。


「そりゃあ強いさ!」と、モヒカンの男が答える。


「どれくらいでかい?」


 アルコールがきた。この地方でよく飲まれるブドウワインではなく、これはエールと呼ばれる発泡酒だ。つまりはビール。


 乾杯が始まった。


 皆が俺の方へ寄ってくる。カコン、カコンとまるでそうすることで幸運にでもなれるかのように俺のコップと自分のコップをぶつけ合う。


「で、どれくらいでかいんだ?」と、俺はもう一度聞く。


「そりゃあでかい! って言っても、俺も見たことねえんだ。誰か、見たことあるやついるか!」


 一人の男が手を挙げた。


「俺、小さいときに見たけどさ。すごかったぜ。もう教会よりでかいんだ」


 それがどれくらいのサイズなのかぜんぜん分からない。


「剣で勝てるもんかな」


「無理無理!」笑いながら男が答える。「ありゃあ固い鱗をもってるんだ。普通の剣じゃあ刃は通らねえって。それこそ勇者様くらいじゃないとな!」


 ふーん、と俺は思う。


 やっぱり俺たちは勇者のサポートであって、最終的なトドメは月元の仕事なのだろう。だとしたら好都合だが。曲がりなりにもあいつがドラゴンと戦う主力なのだ。そこでせいぜい余力をなくしてほしい。そして疲れたところを――俺がグサッとだ。


 だけど、本当にそう上手くいくだろうか?


 でも、そんな不安もアルコールが入ってくるにつれてどうでも良くなっていく。


「ちょっと、あんまりハメを外しちゃダメよ」


 やってきたシャネルが俺に注意してくる。


「分かってる」


 どうも俺は酔えば寡黙になるタイプらしい。というよりも素の陰気な自分が出てくると言うべきか。根っこが暗いから根暗ってね。


 だから返事も「ああ」とか「うん」とか一言程度になる。


 でもまあ、そこは酔っ払いの会話だ。俺が適当な返事をしているだけで相手は楽しく話が盛り上がっていると勘違いするものだ。


 けっきょくその宴会はいつまで続いたのだろうか。俺は最後まで知らない。


 たぶん日をまたいだくらいの時間だろうシャネルがさすがにと俺の手を掴んだ。


「帰るわよ」


 手をつなぐようにして引っ張られる。


「……ああ」


「明日も仕事なんだから」


「そうなのか?」


 そうよ、とシャネルはすまし顔だ。


「ああ、あんた帰っちまうのかよ!」


 酔っぱらった冒険者が馴れ馴れしく話しかけてくる。


「ああ、すまんな。先に帰らせてもらう」


 もう打ち解けてしまい敬語なんてどっかにいった。


「そうか、おおい皆! 我らの勇者が帰るそうだ!」


 我らの勇者、というのも俺にとっては皮肉な言い方だ。


「おお、帰っちまうのかよ! 寂しいぜ」「まあ、明日も忙しいからな!」「っていうかもう今日じゃねえか?」


 そして「わっはっは」という大笑い。


 まあ、どうせ俺がいなくなってもこの宴会は続くだろう。


「じゃあまたな! 生きてまた会おう!」


 冒険者たちは気のいい奴らばかりだ。わざわざ出口まで俺とシャネルを見送ってくれる。全員で俺に手を振ってくれる。30人以上はいるだろうか。俺もちょっとだけ手をふってやった。


「明日は大変よ」と、シャネル。


「明日ねえ」


 なんだよ、みんなして明日明日って。


 こんなに酔っ払ったのだ。明日は昼前まで寝てやる。朝から起きるわけないだろ、どうせ二日酔いだ。


「ああ、そうだわ。一応いまのうちに説明しておくけどね。ドラゴン退治は前日にババヤーガ山に入る工作部隊と、翌日から山に登る戦闘部隊に別れるわ」


「へえ」


「いちおう、シンクは工作部隊ということにしておいたわ。あの勇者に気づかれたら困るでしょ?」


「確かにな。でもその言い方だとシャネルは戦闘部隊に入るのか?」


「ええ。たぶん私の顔はわれていないわ。上手く行けばドラゴン退治の前に勇者のパーティーの一人や二人は始末できるでしょう」


「……さすがの卑劣さだな」


「なんとでも言って。相手は四人もいるんだから、どうにでもして数を減らさないと」


「無茶はするなよ」


「当然よ。危なくなったら逃げるわ」言ってから、シャネルは俺をためすように笑う。「やっぱり逃げないわ。シンクに助けてもらうことにする」


「まかせろよ」


 と、俺は酔いの勢いで素直に言った。


「工作部隊の説明は明日にでもまあ、詳しくあるでしょうけど。簡単に言えばルートの危険を排除することよ。それともうひとつ。戦闘部隊はババヤーガ山で一泊するわ。そのための設備の設置ね」


「じゃあ工作部隊は?」


「二泊するわ。最後の一泊は戦闘部隊と一緒になるはずだから、シンクは身を隠すべきかもね」


「そうだな」


「まあ、そこらへんは明日にでも」


「なんで明日なんだ?」


「ちょっと、シンク知らないの? どうりでガバガバお酒を飲んでると思ったわ」


「みんなが勧めてきたんだよ」


「分からなくもないけど。はあ……まったく。誰かが教えてると思ったけど、しょせん酔っ払いね」


「シャネルは飲んでないのか?」


「一滴もね」


 シャネルは俺の手を離し――酒場を出たときからずっと繋いでいた――数歩、先に行く。


「あ、おい」


 俺はおおうとして、足がもつれた。くそ、酔っぱらいの千鳥足だ。


「あのね、シンク。実を言うと明日からがドラゴン討伐なのよ」


「へえ」


 ああ、どうりで。


 うーん、かなり不味い事態になっている。だが悲しいかな酔っぱらい、事態の深刻さが自分でもよく飲み込めていないのだ。


 だから俺はシャネルに一つだけ言った。


「明日の朝、ちゃんと起こしてくれよ」


 シャネルは鼻で笑って、ウインクを一つした。あなたが悪いのよ、とそういう感じだ。自業自得。でもまあ、それを本当にしるのは今日ではなく明日だ。


 そう……明日。




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