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283 洞窟のしたのダンジョン


 洞窟を進んでいくと、階段が現れた。


「階段?」


 そう、階段だ。


 どう見ても階段。


 材質はなにでできているのだろうか、真っ白い石だ。まさか大理石ではないだろうが。けれど暗闇の中で光をあてると、まるで透き通るように光っていた。


「とりあえず降りるか」と、金山。


「いやいや、待てよ。なんで洞窟の中に人工物があるんだよ」


 あきらかにこれ、人の手が加わってるよな。


 あのゴブリンどもが作ったわけじゃあるまい。


「なに言ってるんだ?」


 金山が首を傾げた。


「いや、お前こそなに言ってるんだよ。あきらかにこれおかしいだろ? 誰が作ったんだよ?」


「そりゃあディアタナだろ?」


「はい?」


 なに言ってるんだ、この男は。


 ディアタナってあれだよな、神様。アイラルンとは仲が悪いらしい。それくらいしか知らないが。


 でもなんでその神様がこんな階段を? まさか俺たちのために用意してくれたわけでもあるまい。


「ああ、そういうことか。この洞窟、神生代のものなのね」


 シャネルは何かに納得したように頷く。


「新生代? 新しい世代のことか」


 あー、それっていつだったかな?


 俺そういう歴史みたいなのはぜんぜん詳しくなくて。


 カンブリア紀だけは字面のおかげで覚えてるんだけど……それがいつなのかは知りません。


「そうじゃなくてね、ガングー時代の後よ。あら、シンクもしかしてそういうの知らないの?」


「ごめん、マジで知らない」


「つまりね、ガングー時代の後にはいろいろなものがディアタナの手によって作られたのよ。たとえばそこのエルフだとか、魔法だとかね」


「なにそれ、その設定いま初めて聞いたんですけど」


 えーっと、つまりどういことだ?


 たしかガングーは500年くらい前の人間で。その後に魔法がうまれた? え、魔法ってこの異世界に昔からあったもんじゃないの。


 というかエルフも!?


「あのさ、もしかしてエルフって人間よりも新しい種族なの?」


「そうよ。というか人間よりも古い種族なんていないわ」


 ……知らんがな、そんなの。


 でもシャネルの説明でなんとなく察することができた。


 つまりこの世界は俺が思っていたよりも昔から魔法があったわけじゃないらしい。ガングー時代の後に魔法やモンスターがうまれた、と。


 そういえば冒険者ギルドがうまれたのも400年前とか言ってたな。つまりガングーの時代にはなかった、と。


 そしてこの洞窟も、そのときに……。


 待てよ? もしかしたらこの世界って、昔は俺のもといた世界と同じようなものだったのか? 魔法もない、モンスターもいない。それってなにも変わらないじゃないか。


 ――まるで、分岐した?


 俺はなにか大事なことを理解しそうになった。


 でもそれはモヤの中に手を伸ばすようなもので。


 掴んだと思った瞬間にはかき消えていた。


「とりあえず降りるか?」


「なあ、金山。俺たちは下に下にって行けば良いのか?」


「たぶんそうだろうけど」


「分からんな、どうしてそんなことが分かる?」


 そもそも宝物があるって話だが。なんだよ、まさかディアタナがRPGゲームのダンジョンよろしくこの洞窟を作ってくれたってのか? 最奥にレアアイテムまで置いてくれてさ。


 なんでそんなことをするんだ? 目的が読めない。


 あ、いや。神様なんてそんなもんか。アイラルンだってなんかよく分からないことばっかり言ってるしな。


「分かるよ」


「なぜだ?」


「じつはね、榎本。この洞窟に入る冒険者は俺たちが初めじゃないんだ」


「なるほど、つまり何人もの冒険者が失敗している、と?」


「察しが良いね、その通りだよ。どの冒険者もゴブリンくらいなら訳はない」


「お、おう」


 俺たち、けっこうピンチだった気もするけど。主にシャネルの魔法のせいで。たぶんまだ燃えてるんだろうな……。


「けれどこの先はさらに強力なモンスターや、噂ではトラップなんかもあるらしい」


「なるほどね、つまり本番はここからと」


 そんなふうに言われたら、階段の先がどうも怖く見えてきた。


 なんだか俺たちの飲み込む奈落のよう。


 金山は――どっちが先に行く――と、見てくる。


 ここでお前が行けよ、とは言えないよな。いや、でもなあ。どうしようかなぁ。


「ああっ……」


 ティアさんがなにやらうめきながら階段を降りていく。


 その後にシャネルが続く。


「ちょっと、危ないわよ。この階段けっこう急だから」


 俺たちは困ったように顔を見合わせた。


「あはは」これは金山。


「おほほ」こっちが俺。


「なんというか、女性陣のほうが肝がすわってるね」


「本当にな。俺たちも行くか」


「うん。ティア、ちょっと待って! ほら、俺たちが先に行くから」


「シャネル、お前も後ろにいろって」


「やあよ、そんなこと言ってスカートの中を見るつもりでしょう?」


 あ、その考えはなかった。


 じゃなくて!


「いいからお前、こういうときは俺たちに任せとけって」


 俺たちはシャネルとティアさんを抜かして、先に階段を降りていく。


 けっこう長い階段だ。


 それを全部降りきると……。


「おいおい、マジかよ」


 広がっていたのはいかにも迷路的な空間だった。というかダンジョン?


 うわあ、すげえ。道がかくかくしてる。こういう一人称のゲームよくあるよね。RPGゲームみたいな感じで。


「なあに、これ?」


 シャネルはそういうゲームの知識がないようで、目を丸くしている。


「ダンジョンだ……」と、金山も驚いている。


「やっぱりあれか、すっげえデカイ宝箱とかあるのか?」


「ミミックだったらどうしよう」


「お前A級の冒険者なんだろ、そういうの見分けるスキルとかねえのかよ」


「いや、そもそもミミックとか本当にいるの?」


「俺が知るかよ」


 石でできた道を進んでいく。


 地面は平らなので先程までの洞窟より、かなり歩きやすくなっている。とはいえ――。


「おい、こっち行き止まりだぞ」


「あら、私たちどっちから来たんだったかしら?」


「こういうときは一度スタート地点に戻るのが良いって聞いたことがあるよ」


「あうあ……あー?」


 はい、迷いました。


 そりゃあもうね、簡単に迷いました。


 だってマジでダンジョンなんだもん。めっちゃ道が分岐してるんだもん。というかこのダンジョン……。


「なあ、おかしくないか? さっき俺たちこっちの方向から曲がってきたよな?」


「そうだったわね」


「……行き止まりになってるんだが」


 ゾッとした。


 嫌な予感がした。


「ねえ、榎本。もしかしてこれってさ」


「道が変わってるな」


「どうしよう!」


「落ち着けよ、金山。こういうとき、闇雲に歩くのはまずいって聞いたことがある」


 もちろん聞きかじりだが。


 さてはて、どうしたものか。いちおう迷路の必勝攻略法に、左手方というものがあるが。つまり左の壁にずっと手を当てたまま歩き続けるというもの。行き止まりになってもそのまま左手をついてあるき続ければ、いつか出口、ないし入り口にもどれるというものだが。


 いかんせん効率が悪い方法だ。


 それに、この迷路は逐一道が変わっていく。だとしたらこの方法は使えない。


「シャネル、なんか良い案ないか?」


「そうねえ。そういえばロープ持ってたでしょう? あれを垂らしながら歩くってのはどう? 少なくともここからの道しるべにはなるわよ」


「いい考えだ。金山、ロープは?」


 バックパックはティアさんが持っている。そこからロープを出してみるが、そんなに長いものではなかった。


「これ、10メートルしかないよ」


「短えな、おい」


「迷路で使うなんて想定してないんだよ。くそ、こんなのがあるなら事前に教えてくれよな」


「いや……案外教えたくても教えられなかったのかもしれないな」


「どういうこと、シンク?」


「これは仮説だけど――この迷路の道が変わるようにそもそも迷路自体がいままさに作られたのかもしれない」


 なんでも良いけどさ、これは仮説って前置きして語ると頭良さそうに見えるよね!


 実際はただ思ったことを適当に言ってるだけなんですけどね。


「しゃーない。ここは勘で進むか」


「えっ、勘?」


 金山が驚く。


「任せとけ」


 と、俺は歩き出す。


 ディアタナさんよ、このダンジョンはたしかに普通の人間ならまずかっただろうせ。


 でもこっちにはアイラルンにもらったチートスキルがあるんだ。


 なんとかしてやるぜ――。



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