281 ゴブリンとの戦闘
ゴブリンはわらわらと湧き出るように現れた。
身長は俺の腰くらいまでしかなく、皮膚の色は緑だ。頭には小さなツノが生えており、口からは不揃いな並びのキバが覗いている。
「先に聞いておくぞ、ゴブリンって強いのか?」
俺は金山に問いかける。
「そんなに強くはない。ただ数が多いと厄介なんだ」
「そうかい」
「あと頭も悪い!」
「見りゃ分かるよ」
まったく、知能なんてまったくなさそうな顔をしてやがる。中にはヨダレを垂らしているやつもいるくらいだ。
そのくせナイフやら棍棒やら、いっぱしに武器は使えるようだ。
俺はロングコートを脱ぎ捨てる。
「シャネル、持っててくれ」
「いいわよ」
なにせ服ってのは高いからな。(最近知りました)
刀を抜き、青眼に構える。
どうでる、まずは様子見だ。
と、思っているといきなり棍棒を投げつけてきた。不意打ちのつもりだろうか?
しかしその先制攻撃も俺からすれば問題ない。
よけることは容易だったが、そうしたら後ろにいるシャネルに当たる可能性があった。なので俺は棍棒を切り裂いた。
硬い感触が手に残る。
下手に斬っていれば刃が欠けるだろうが、俺に限ってそんなヘマはしない。
「ギギッ!」
棍棒に続いて、ゴブリンどもが突進してきた。
向かってくるゴブリンをなで斬りにしていく。
簡単なものだ。相手は徒党を組んでいるだけで、そこに協力のようなものはない。ただそれぞれの個体が俺を殺すために突進してくるだけ。
それを1匹、1匹と切ってくことなど造作もない。
立て続けに5匹のゴブリンを斬ったところで、相手の動きが止まった。
「ギギッ! ギギギッ!」
言葉ではない鳴き声でやつらは意思の疎通をしているようだ。
「榎本、大丈夫か!」
後ろから金山がなにかを言っているが無視する。
ゴブリンども、なにを相談している? それが分からない、不気味だ。
どうやら相談は終わったようだ。
ゴブリンどもが笑いだす。ニヤニヤと。嫌な笑いだ。
どこかで見た笑いだな、と思った。
ああ、そうだ。まさに金山たちがやっていた笑いだ。大勢で1人の人間をイジメるときの笑い方。俺の一番キライな表情。
「腹が立つな――」
俺はつぶやき、ゆっくりと歩き出す。
ゴブリンどもはいかにも無造作に歩いてきた俺に、一瞬驚いてから、こんどは弾けたように笑い出した。
洞窟の中に下品な笑い声が響く。
「シンク、ぜんぶ焼き払いましょうか?」
シャネルの声が後ろから聞こえたが、俺は首を横に振った。
「こんなザコどもに貴重な魔力は使うな。まだ先は長いぞ」
ゴブリンどもはすでに俺の間合いに入っているというのにまったく気づいていない。こちらを指差して笑っているものがいる
バカなのか?
バカなのだろうな。
俺は笑っていたゴブリンに一瞬で間合いをつめると、横薙ぎに切り捨てた。
「ギャッ!」
紫色の血が吹き出す。
汚い血だ。
相手がどんな策を練ってこようと構わない。ぜんぶなぎ倒すだけだ。
ゴブリンの一匹が奇声をあげながら突進してくる。その手には大振りな棍棒が持たれていた。
ゴブリンの体よりも大きな棍棒。あたればケガではすまない。
あたれば、の話だ。
棍棒が振り下ろされた瞬間には、もう俺はその場所にはいない。
ゴブリンからすれば当たるはずの攻撃がはずれたように感じられるだろう。疑問符をうかべて動きが止まった。その一瞬で、すでに首と胴体が切り別れた。
だがゴブリンどもの作戦は物量をいかした波状攻撃だったのだろう。
どんどんと俺に向かってくる。
――やれやれ。
俺は心の中でため息を付いた。
こんな行為は、すでにただの作業である。
向かってくるゴブリンを切り捨てる。それだけだ。
だが、計算違いがあった。
やがてゴブリンの死体が積み重なる。あろうことか俺はそれに足をとられたのだ。
まさしく足元をすくわれるかたちだ。
「くっ!」
その隙きをのがさぬようにゴブリンが2匹、飛びかかってくる。
このままではまずいと思った俺は瞬時に判断をくだす。あえて転ぶことによってタイミングをずらす。
そのまま横に一回転。壁がある。それに背中を預けてすぐさま立ち上がり、いままさに死体の山につっこんだゴブリンどもに向かう。
1匹目を切り、2匹目は蹴り上げる。
空中に放り出されたゴブリンを串刺しにした。
そのまま真横に刀をスライドさせ、ゴブリンの腹部を切り裂いた。
「はあ……はあ……」
いまのはちょっと危なかった。
人間、ちゃんと地に足つけなきゃダメってことだ。
残ったゴブリンが逃げていく。さすがに勝てないとさとったのか。
「すげえ……あの数のゴブリンをたった1人で」
金山が感嘆の声をあげた。
「お前はできないのか?」
「できるとは思うけど……こうも簡単にいくかな? どう思う、ティア?」
ティアさんはただ頷いた。それがどういう意味かは分からない。
「はい、シンク。コート」
「おう」
シャネルが俺にコートをはおらせてくれる。
長いコートだ、地面すれすれまで伸びている。マントみたいで格好良いんだけど、いざ戦うとなるとけっこう邪魔である。
まあお洒落と機能性は両立しないということで。
「こんだけ強けりゃあ、そりゃあ防具はいらないよな」
「なんだよ、それ。嫌味か?」
「いや。榎本はどっちかというとスピード重視で戦うタイプなんだろ? 敵の攻撃を全部よけて、それでこっちの攻撃をあてるような」
「さあ、べつに考えたこともなかったけど」
俺が防具を使わないのは、基本的にいままでその必要がなかったからだ。
一対一ならまず負けないからな。
それに本物の戦場たるルオの大地では馬賊として戦っていた。馬賊の文化では防御など女々しいことであり、いかに捨て身で戦えるかが男らしさの証明となる。
そのせいもあって俺はこれまで自分の身を守るということをしてこなかった。
まあ、やばくなったら『5銭の力+』のスキルもあるしな。
「なんかスキルでも持ってんの? 防御系の」
「ま、そんなところだ」
「良いなあ……」
「スキルって言えばよ、お前だって持ってるだろ? アイラルンにもらったやつ」
そう、俺はいままで五感に対応した『女神の寵愛』を、視覚、聴覚、味覚、嗅覚と手に入れてきた。それは俺が復讐相手を殺した後に得たものだ。
そして最後の1つ。触覚に関しては金山が持っている。
このスキルが増えていくというもの。アイラルンは最初オマケだとかなんとか言っていたが。かなり使いやすいスキルばかりなので増えることに文句はない。
「ああ、あれね。『女神の寵愛~触覚~』ってやつだ」
「どんなスキルなんだ?」
俺は聞いてみる。
敵を知り己を知れば百戦あやうからず、というのは孫子の言葉だが、本当にその通りだと思う。
「たいしたもんじゃないよ」
金山は答えない。
これ以上追求すれば怪しまれるかもしれないので、「そっか」と俺は軽く流した。
「ねえ、シンク。アイラルンにもらった?」
シャネルが聞いてくる。
「え? あー、えーっと」
シャネルにはなにも説明してないからなあ。
さて、なんて言い訳しようか。
「なんだよ榎本。言ってないのか」
「黙ってろ」
つい強い言葉が出てしまう。
「あはは」
けれど金山は笑ってすます。
むう……俺がドスを聞かせたも怖くないってことか。やだやだ、ただのイキリオタクだよこれじゃあ。せめて少しくらいビビってくれたら俺も満足するってもんだけど。
「まあ良いわよ、シンク。言いたくないことくらい人間、誰にでもあるわ」
「そうだな……」
なんだか俺が隠し事してるみたいになってるじゃないか。
まあ本当にそうなんだけど。
「なあなあ、榎本」
いきなり金山が肩を組んでくる。
うっとうしいな。
「なんだよ」
それでちょっと遠くまで連れられる。男同士の会話というわけだ。
「いつ言うつもりなんだ?」
「お前はティアさんに言ってるのかよ、自分が転移者だって」
「当たり前だろ?」
まあ、そうか。
「なんなら手伝ってあげようか?」
「余計なお世話はやめてくれ。言うタイミングは自分で考えるから」
「そうか? じゃあまあ、もし手伝ってほしかったら言ってくれよ」
こいつは……なんだよ。
まるで友達みたいに。
俺は金山を睨む。
けど金山は笑いながらパシパシと俺の肩を叩いた。
こいつはなんだよ、とち狂ってお友達にでもなりに来たのかい?(カテジナさん)
そういや、昔こいつと一緒にアニメを見たな。もう遠い昔だけど。
あの頃の俺たちは、たぶん対等だった。
けどそれから俺はどんどん陰キャになっていって、こいつは陽キャになっていった。たぶんそれだけの違いなのだ。
そしていま、俺たちはそれぞれパートナーを連れてこの場所にいる。
たぶん、ちょっとだけ俺は金山に張り合っている。シャネルにはやめろと言われたけど。けどやっぱり男なんだ。相手と自分を比べて、上に行きたいとは思う。それを人は闘争本能とか競争意識とか言うのだ。
――さて、いまはどっちが上かな?
それをこれからはっきりさせてやるさ。




