280 洞窟の中のモンスター
洞窟の中は外よりもかなり体感温度が低かった。
またホコリっぽくもある。
道は最初こそ広かったのだが、進んでいくうちに少しずつ狭くなっていった。
「おいおい、これ地図とかねえのかよ」
あるわけないと分かりつつも、俺はそう言ってしまう。
「地図はないけど帰り道ならこうして――」
金山はそこらへんにある石を手に取り、なにやら魔力を注入した。そうすると小石を中心にして魔法陣が出現した。
結界だ。
昔、一度だけ見たことがある。ドラゴン討伐のときだ。
たしか土系統の魔法だったはずだ。こうすることでモンスターがよってこなくなるのだ。
「結界魔法なら帰り道の道標にもなる。洞窟の奥に行くのは大変だけど、帰るのは大丈夫なはずだよ」
「良い魔法だな」
「榎本はなにか使えないのか、そういう魔法?」
「俺は戦闘専門だ」
あらためて言われてみれば、俺なにもできねえな。
いままで剣を振り回してきただけ。それでなんとかなっていたのは、まあアイラルンがくれたスキルのおかげだろうな。
「ちなみにそっちの人は?」
金山がシャネルを見るは、シャネルは目も合せない。なので俺がかわりに答える。
「シャネルも戦闘専門」
「あら、失礼ね。他にも家事とかできるわ」
まあ、そういう意味では俺なんかよりよっぽどちゃんとしているな、シャネルは。
「ま、まあ戦闘が得意ならそういうときに頼むよ。俺はともかく、ティアは戦闘が苦手なんだ」
「そうなのか」
まあエルフってそうね、あんまり戦うイメージないかも。
え、ないか?
微妙。エロいイメージはあるんだけどね。それエルフじゃなくてエロフだな。
俺はちらちらとティアさんを見る。うーん、耳が尖っております。きれいだなあ。
「シンク――」
おや、シャネルが呼んでいるぞ。
「どうした?」
なにも言わずにじっと俺を見つめるシャネル。
はいはい、こういう嫉妬深いところも可愛いんだよな。
これ以上ティアさんを見てると本気で怒られそうなので、俺はシャネルだけを見つめた。
そうするとシャネルは逆に照れたように顔をそらす。
「なによ……バカ……卑怯よシンクってば」
なぜか罵倒される。
「あはは」
愛想笑い。
「あ、あのさ。榎本」
「なんだよ」
「いちおういまクエスト中だからさ。2人の世界に入るのはあとにしてくれないか?」
「入ってねえだろ」
そういうのってあれよね、リア充の特権だから。
俺はべつにそういうのじゃないから。
「ああっ……」
ティアさんが先に歩き出した。
俺たちが目障りだったのだろうか。
「おい、ティア。あんまり先行するなよ。危ないんだから」
ティアさんはランプをかかげながら歩いていく。どうやら俺たちの行く先は2手に分かれているようだ。
その分かれ道でティアさんは立ち止まった。
「あら、分岐?」と、シャネル。
俺たちはティアさんに追いつく。
「どっちにするんだ?」と、俺は聞いた。
いちおうは経験豊富な金山に聞いてみたのだ。
「そうだね……右の道は広いよね、左はいまよりも狭い」
「見りゃぁ分かる」
「いや、そういうことじゃなくてさ。俺も榎本もこの剣じゃないか」
「ん?」
「もしモンスターが出てきたとき、狭い場所じゃあ武器が使いにくいでしょ」
「そうだな、取り回しが悪い」
「だから広い道を行くべきだと思うんだ、どうかな?」
ふむ、言われてみればだ。
というかこんな洞窟の中で刀は振り回せないだろ。くそ、戦いにくいな。
「お前の意見に賛成だ。シャネルは?」
「私はどっちでも」
というか俺以上にシャネルの魔法はやばいぞ。
こんな狭い場所で撃てば、4人全員死んじまう。じつはシャネルがいちばん足手まといなのでは?
「ティアもそれでいいよな?」
「……」
ティアさんは無言だ。
「よし、じゃあ満場一致ということで」
え、いま肯定とかしてたのか?
付き合いの長い金山にはティアさんの言っていることが――いや、言わないでも伝わるのだろうか。そういうのって、ちょっとうらやましいかも。
俺なんていまだにシャネルがなに言ってるのかよく分からないんもん。もうね、察しが良いとかそういう問題じゃないから。シャネルはときどき素で狂ってるようなことを言うからね。
というわけで、俺たちは右のほうへ。いちおうこの分岐路でも結界をつけておいた。こまめなセーブはゲームでも大切だからね。
「ちなみに榎本」
「なんだよ」
金山は俺の隣を歩く。しょうじきうっとうしい。友達面しないでほしい。
「他の武器は持ってるの?」
「いや、この刀だけだ」
嘘だ。
本当はモーゼルをふところに入れている。いつでも抜けるように。
しかし自分の武器は隠しておいたほうが良い。最終的に金山と敵対するときのためにも。
「そうなのか? なんなら俺のナイフを貸そうか?」
「いや、いい。手になれてない武器なんてぶつけ本番で使うもんじゃないさ」
べつに狭い場所だと言っても、日本刀で戦う方法だってあるのだ。
たとえば突き技。
これならば狭い場所でも戦うことができる。しかし欠点も多い。切り抜くのとは違い、線ではなく点での攻撃。そのため当てにくいのだ。
とはいえ、どれだけでもやってやるさという気持ちもある。
「でもその刀、格好いいよな。どこで手に入れたんだ?」
「ルオの国だ」
「へえ、行ったことねえな。遠いんだろ?」
「まあな」
本当はドモンくんに作ってもらったのだが、わざわざそんなことを言う必要もないだろう。
「刀か、いいよなあ……」
金山が物欲しそうに言ってくる。
それを無視して俺は立ち止まる。
「あら、シンク。どうしたの?」
後ろにいたシャネルが聞いてくる。
「ん? いや……」
嫌な予感がする。
俺は五感を研ぎ澄ました。
視覚――暗くても遠くまでよく見える。なにかが、動いた。
聴覚――カラン、と小石が落ちる音。なにかが動いている?
嗅覚――獣臭い。悪臭がただよってきた。
なにかが俺たちに向かってきている。それは確実に敵だ。
「シャネル、来るぞ」
俺が言うよりも早く、シャネルは杖を抜いていた。
ここらへんはもう阿吽の呼吸だろう。
「え、どうしたんだよ榎本?」
金山のやつはまだ気づいていないようだ。
「敵襲だ。そっちのティアさんは戦えないんだろ? 俺とシャネルでやる、お前はティアさんを守ってやれ」
「わ、分かった」
金山は後退する。
さて、敵はどこだろうな。
たぶん――2時の方向、遠くに1人。あるいは1匹。
「シャネル、あの方向に小さな火球を撃ってくれ。それを合図にして俺が前に出る」
「了解」
「5数えたらいくぞ。5……4……3……」
カウントしながら、俺は思った。
モンスター退治は良い。人殺しじゃないから良心もいたまない。
「2……1!」
シャネルの杖から、野球ボールくらいの小さな火の玉が飛び出た。それはすごいスピードで飛んで
いくと、なにかに当たって弾けた。
「グギャッ!」
人間のものではない声がする。
いや、それよりも――。
シャネルの放った火の玉で、遠くが照らされた。
うごめくようにこちらに向かっている小人――。
「ゴブリンか!」
初めて見たぞ。
俺の腰回りくらいしか身長のない、小柄な種族だ。これもいわゆる幻創種だろうか?
いや、いまは考えている場合じゃない。
いかんせん数が多い。
冷静になれ、榎本シンク。
相手がどんなモンスターであっても、動いている物体には実態があるのだ。それが当たらなければダメージにはならない。そして、俺には水の教えがある――。
心が静まっていく。
俺はゆっくりと前に出るのだった。




