278 いざ即席パーティでクエストへ
金山と一緒にクエストに出る日がきた。
その日は朝からカンカン照りで、いかにもな冒険日よりだった。
いっそのことすっぽかそうかと前日の夜まで思っていたのだが、雲ひとつない青空を見ていると、そんなよこしまな気持ちも消えていった。
「さて、行きますかね」
俺は自分に言い聞かせるようにしてコートをはおる。
シャネルはすでに準備万全。
本当にそれで行くの? と小一時間は問い詰めたくなるようなフルフリのロリィタ服を着ている。今日はそういう気分なのか、黒と白のゴスロリだ。
メイクもいつもより濃い目で、なんだか退廃的な雰囲気だ。ともすれば、黒を基調とした服は喪服のようにも見えた。
「それで、シンク。途中であの男の人を殺すの?」
「ん?」
あの男?
ああ、金山のことか。シャネルのやつ、いつものごとく男の名前をてんで覚えないな。
「分からない」
「そう、殺すなら言ってね」
「なんで?」
「だってシンク、あのエルフの人。ティアさんって言ったかしら? あの人のことは殺せないでしょ」
よく分かってるじゃないか、と俺は笑う。
たぶんシャネルの言う通りだ。いざというとき俺はああいう美人は殺せないだろう。
というか俺、この異世界に来てから数え切れない人を殺してきたが、女はほとんど殺していない。例外があるとすれば俺のことをイジメていた木ノ下くらいだ。
「頼めるか?」
「貴方がそれを望むなら」
シャネルならたぶん顔色一つ変えずに人を殺せるはずだ。
俺はべつに金山さえ殺せればいいんだ。なんならあのエルフの女の人はどうだっていいくらいだ。
「でもエルフって怖いのよ」
「ん?」
「あいつら、私たち人間とはちょっと違う魔法系統を持ってるらしいの」
えーっと、たしか魔法の系統って5つあるんだよな。
木、火、土、金、水。
それに陰陽もいれたら、あっ、7種類か。
「無系統って言うらしいけど……」
「それって陰陽とは違うのか?」
「違う、らしいわ。いわゆる無なんですって。ごめんなさい、本当によく分からないの。そもそもエルフなんてそうそう確認される幻創種でもないしね。あの人たち、いったいどこで出会ったのかしら?」
「さあな」
いや、もしかしたらと俺はちょっと考える。
あのエルフは俺にとってのシャネルではないのだろうか。つまり金山の水先案内人。
俺は直感的にそう思った。
しかしそんなことあり得るだろうか? アイラルンは俺とシャネルを引き合わせてくれた。それは俺にだけ与えられた寵愛であるはずだ。
えこひいきとも言うぞ。
それを金山にもあたえる?
うーん。
ないな。
きっと俺の思い違いだ。なにも俺の勘は百発百中というわけではない。とくに運の絡む要素では、持ち前の運のなさが勘を上回る。たとえばギャンブルなんてしても、どれだけ勘を頼りにしたところで必ず負けるのだ。
なのであまりにも自分の直感を、第六感を信用しすぎないようにはしている。
「まあなんにせよだ、シャネル。俺は今回のクエストで金山を殺すかは分からない。というよりもそれを見極めるつもりだ」
お好きにどうぞ、とシャネルはウインクを一つした。
シャネルは基本的に俺のすることに異論を唱えたりなどしない。とはいえイエスマンとも違う。たぶん、俺のやった行為とその結果、つまりは因業においてどのような結果になろうとも俺と一緒にいてくれるという覚悟があるのだろう。
だからこそ、俺は自分の好きなように動くことができる。
いつだって、絶対の味方がいるから。
「さて、行きますからね」
俺はさきほど言った言葉を、いま一度言う。
しかし今回は自分に言い聞かせるようにではない。シャネルに言ったのだ。
「ええ、そうね」
待ち合わせの約束の場所は冒険者ギルドだ。
俺たちはそこまで、会話も少なく歩いた。
まだ日も昇りきっていない時間。冒険者ギルドは二十四時間営業だが、こんな朝早くではかなり閑散としている。
というのも、冒険者とは半分くらいならず者と変わらない。つまり毎晩ばかみたいに酒を飲んで、昼くらいに起きてくるようなダメ人間ばかり。
俺だってその例にもれない。
けれど今日は違う。
金山はギルドの前で俺のことを待っていた。後ろにはティアさんの姿もある。
「おはよう、榎本」
まさかまた、昔のようにシンちゃんとでも呼ばれるかと身構えてしまった。
「おう」
俺は言葉少なげに挨拶を返す。
いや、これじゃあただ返事しただけだな。挨拶でもなんでもない。
「もしかしたら来てくれないかと思ったよ」
「そうだな」
俺だって来たくなかったさ。
でもいちおう約束だからな。
約束は守るべきだ。
幼い頃の遊ぶ約束だってそうだろう? 約束したときは楽しみで、でも少ししたら面倒になって。それでも不承不承と行って遊んでみたら案外面白くて。そういうもんさ。
金山はいかにも冒険者っぽい格好をしている。軽装気味だが、きちんと胸当てをしている。腰には古めかしい大剣をつるしている。柄の先に赤い宝石のようなものがはめ込まれている。なにやらマジックアイテムのようにも見えるが……あくまで勘だが。
そしてティアさんもだ。ちゃんと鎧を着ている。要所要所では鎖帷子のようになっている。胸元とか、へそ周りとかね。それ防御力あんの? と聞きたくなるけど。まあ、こっちよりはマシか。
俺は黒いロングコート。
シャネルは黒と白のゴスロリ・ドレス。
おいおい、俺たちはいまから舞踏会にでも行くつもりかよ? 自分でもつっこみたくなる。
「とりあえずギルドの裏に馬車の乗り場があるからさ、行こうか」
「馬車とは贅沢だな」
てっきり徒歩で移動するのかと思っていた。
金山にされた説明では、俺たちはいまらか洞窟へと潜るらしい。奥底には宝物が眠っていて、それをとってくるのが今回のクエストだ。
「贅沢なんじゃなくてさ、依頼主が出してくれるんだよ。そうとう金持ちらしいぜ」
「貴族か?」
「さあ、そこらへんはよく分からないんだ。ギルドからも秘匿されてるし。いちおう代理人って人とは話したけど」
金山は簡単に言うが。
「なんかその依頼、怪しくないか?」
俺はそういうの気になってしまうタイプの人間だ。根が小心なんだね。
「たぶん上流の貴族なんだと思う。骨董品とかお宝集めが趣味な。そういうお高く止まったやつらって、俺たち下々の者とは関わりたくないんだろ?」
「そういうもんかね」
俺はそこらへん、よく分からないけど。
なんでもいいけどさっきからシャネルが喋らないな。ティアさんも。
と思ってみてみると、2人はなにやらにらめっこをしていた。
「なにしてるんだ?」
「ねえシンク、この人ほんとうに生きてるの?」
なんてことを言うんだこいつは!
「生きてるだろ」
「あはは」
金山もこれには苦笑いだ。
……なんでもいいけど、こいつはこいつで雰囲気変わったかもな。
昔は――つまり高校に行ってる頃はもっと眉間にシワを寄せてることが多かったイメージだけど。異世界に来て少し丸くなったのだろうか。
なんだか幼いころの金山を見ているようだ。
「不思議だわ……」
シャネルに見つめられてか、ティアさんは照れたようにうつむいた。
言葉が不自由だと言っていたし、たぶんしゃべれないのだろう。
「おい、シャネル。あんまりからむなよ」
「でもきれいよね、この人」
「はいはい、分かったから」
ティアさんは怯えたように金山の後ろに隠れる。
そのとき俺は見てしまった。ティアさんの手を金山が優しく掴むのを。まるでそう、ティアさんを安心させるように。
「まあ即席パーティーですからね。馬車の中で親睦でも深めよう。な、榎本」
気安く呼ばないでいただきたいものだ。
「そうだな」
でも俺ちゃんも大人なので――大人か?――いちおう同意しておいた。
シャネルはどうもティアさんが気になるようで。いや、そりゃあ俺もエルフは気になるけどさ。でもそんな無遠慮には見ないぞ。
あ、もしかしてこいつ。また着せ替え人形にして遊ぶつもりか?
「おい、シャネル。あんまり変なことするなよ。あっち、怖がってるみたいだぞ」
俺は釘を刺す。
「なにがよ、怖いのはこっちよ――」
「え?」
「あれが人間なもんですか。エルフって不気味だわ、きれいだけど」
金山とティアさんが馬車の待っているというギルドの裏に向かって歩き出す。
俺たちは少しだけ遅れていく。
「仲良くできるか?」
と、俺は聞いてみた。
シャネルは俺と違ってコミュニケーションが苦手なわけではない。いうならば人に対する好き嫌いが激しいのだ。
「できると思うわ」
まあそういうのならば、俺としては信じるしかないのですがね。




