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028 さあ出発だ!


 目を覚ますと、なんと! もう昼前だった。


 いつもは朝に起きれるのに。なんでこんなに寝坊したかと思えば理由は簡単、シャネルが俺のことを起こしてくれなかったからだ。


 いったいあいつはどこに行ってしまったのだろうか?


 見渡してもどこにも彼女の姿はない。


 まさか寝坊助すぎて置いていかれた? 今日は一緒にギルドに行って依頼を受ける約束をしていたのだが。


 寝ぼけた頭をブンブン振って廊下に出る。


 するとそこにはこれまた寝ぼけた顔をしたフミナがいた。


「……おはようございます」


「うん、おはよう」


 そういえばこの娘も低血圧気味で朝が弱いのだったな。いや、でももう朝じゃないぞ。いや、俺も人のことは言えないけど。


「お昼、どうしますか?」


「腹減ったな。でもシャネルがいないんだ。知らないか?」


「さあ、どこだか。……何も聞いてないんですか?」


「愛想つかされたのかもな」


「それはないでしょう」


 だと良いけれど。


 シャネルにはちょっと情けないところを見せすぎたからだ。


 とはいえさすがにこのタイミングで居なくなるのはありえないだろう。だからやっぱり、一人でギルドにでも行ったのだろう。


 と、思っているとシャネルが帰ってきた。廊下の向こうからスキップみたいな足取りで歩いてくる。


「シャネル、どこに行ってたんだ?」


「ふふ、これよ。これ」


 シャネルは手になにかを持っている。布? というよりも服だ。


「なんだそれ」


「シンクの服、なくなっちゃたでしょう。せっかく似合ってたのに」


「ああ、あれか」


 あの月元の必殺技を受けた時、俺は体だけじゃなくて服もボロボロになったのだ。聞けばあの服は血やら肉やらなにやらがこびりついて、普通に脱がすことができなかったらしい。だからハサミで切って脱がしたそうだが。


 それと同じ服――上下揃ってあの格好良いジャケットもだ――をシャネルが持っている。


「また買ってきたわ」


「同じものですか」と、フミナ。


「ええ、同じもの。といってもお金がなかったから、ちょっと仕立ては悪いかもしれないわ」


「仕立て、ということはいわゆるあれか? オートクチュールってやつか」


「そんな大層なものじゃないけどね。同じように作ってもらっただけよ。あっちとしては楽な仕事だったでしょうね」


 その言い方だと、先日のうちに仕立ててもらっていたらしい。


「用意が良いな」


「生きてるって信じてたから」


「え?」


「私の村の風習よ。死にかけた後はお洋服を変える。そうして心機一転しましょうってね」


 どうやらシャネルは俺が死んでいないと信じて、その前に仕立てをお願いしてくれていたようだ。ありがたい、というよりも嬉しいかな。


「ありがとう」と、素直に感謝する。


「着替えてみて」


 俺は部屋に戻り着替えてみる。


 どうだろう、仕立ては悪いと言うが全然そんな感じはしない。生地も同じようなものだし、なによりデザインは前のままだ。


「悪くない」と、独りごちる。


「そうでしょう。私のセンスよ」


「……あのさ、着替えてるんだぞ。こっちは」


「まあそう言わないで。似合ってるわよ」


「似合ってます」


 二人に褒められて悪い気はしない。けどおかしいだろ、普通に考えて。着替え覗くとか、これ逆だったら大問題だぞ。


「じゃあおめかしも済んだことで、行きましょうか」


「行く?」


「ギルドよ。お仕事しに行かなくちゃ」


 そのとおりだ。俺の場合は仕事ではなく復讐なのだが。


 シャネルと屋敷を出る。フミナはわざわざ外まで見送ってくれた。「行ってらっしゃい」と、まるで名残惜しむように。


「外の様子はどうなんだ?」と、俺はシャネルに聞いた。


 というのも、こうして外に出るのは久しぶりだったからだ。ここ最近はずっと屋敷の中にこもっていた。半分、外に出てたまたまでも月元と会ってしまうのが怖かったというのもあるが。


「別に変わりないわ。ああ、でもあの乱痴気(らんちき)騒ぎは鳴りを潜めてるわね」


「乱痴気騒ぎ?」


「お祭りよ。この前まではやってたけど、さすがにもう出店もやってないわ」


「大変そうだったもんな」


「ええ」


 大通りに出ると、シャネルの言ったことが本当だったことが分かった。


 前まではずらっと出店が建っていたが、いまはなにもない。そのせいか、前までよりも寂しくみえる。町自体がどこか衰退しているようだ。


 ぺんぺん草も生えない、なんて言葉がある。


 別に草が生えない=笑わない、なんて意味じゃない。根こそぎなくなって何もない、という意味だ。勇者が通った場所にはぺんぺん草も生えない。そういう雰囲気だ。どうあってもあいつは町にとって害悪だった。


 そうなってくると、町の悪い場所ばかりが見えてきた。前までは店があって隠れていた裏路地への入り口が見えている。そこには浮浪者がわらわらと。


「ああ……あいつ」


 俺は見てしまった。そう、日野(ひの)だ。俺のクラスメイト。片腕をなくしてホームレスにまで身をやつしたあの男だ。


「あの人、この町に入ってきたときに馬車を追いかけてきた人ね」


「よく覚えてるな……」


「知り合い?」


「まあ、俺も月元も含めて。全員知り合いさ」


 ジャポネの人ね、とシャネルは頷いた。


 シャネルは俺が現代日本から来たということは知らない。いつ言うべきだろうか? そもそも俺はどうしてシャネルにこの事を隠しているのか。それは簡単だ、最初は彼女のことを信じていなかった。


 だから出身地を聞かれたとき、とっさに話を合わせてしまったのだ。自分はジャポネの出身だと。

 でも、もしかしたらもういいのかもしれない。


 俺は異世界――この異世界からしたら現代日本が異世界だ――から来たと言っても彼女はなんなりと納得してくれるだろう。


「あの人、こっち見てるわよ」


「そうだな」


 俺はそう答えて歩幅を大きくする。さっさと歩いていくしかない。日野の方も今度は俺に話しかけようとはしない。どこか恨めしそうな目をして俺を見つめている。


 決別だろうか。


 いや、俺とあの男にはどのような関わりもないのだ。


 ただ……気分が悪かった。



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