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246 夢


 夢を見ていた。


 夢の中で俺、榎本シンクは友人と遊んでいた。まだ幼かった頃。たぶんこの頃は小学校に上がる前だろうか。


 遊んでいる友人は幼馴染。


 といっても女の子じゃない。


 そりゃあ物語のなかじゃ幼馴染といえば可愛い女の子に決まっているけど、残念だがそこは俺ちゃんの人生。そう上手くはいかないのです。


 そして、その幼馴染の男と俺は砂場で遊んでいた。


「おっきいお城できたね、シンちゃん」


 シンちゃんというのはもちろん俺のこと。


 榎本シンクだからシンちゃん。クレヨンだからじゃないぞ。そりゃあ俺はバカで童貞でコミュ障だがあそこまで酷くない。……あれ? 俺もしかしてそうとう酷い?


「おう、さすが俺たちだな! 協力すりゃあ、やれないことはないぜ!」


 どうでも良いが、幼い頃の俺はいまと少しだけ口調が違った。


 イキっていたとかそういうのじゃなくてさ、ようするに怖いもの知らずだっただけだ。


「やったね!」


「こりゃあ崩すのがもったいないな」


 俺たちが作り上げたのは、砂のお城だ。


 子供ながらに中々よくできている。


 これを2人の力で作り上げたのだ。協力プレイ。素晴らしいよな、力を合わせるのって。これこそ友情パワーだ。


 もっとも、この世には砂上の楼閣ろうかくという言葉もある。


 すぐに無くなってしまうもの。あるいは実現不可能なものを意味する言葉だ。


 俺たちが作り上げたのは、たぶんその砂上の楼閣だ。


「よし、次はゲームしようぜキンちゃん! 俺、この前あたらしいの買ってもらったんだよ!」


「うんっ!」


 ちなみにキンちゃんというのがその幼馴染の名前。


 これもどうでも良いけどね。


 にしても嫌な夢だ。こんな夢を見るなら寝ないほうがマシだと思えるくらいだ。


 これは夢というよりも、かつて本当にあった出来事の再現だった。


 だから俺はこのあとの展開も覚えていた。


「ほら見ろよ、これ。あたらしいゲーム。2バージョンどっちも買たんだぜ!」


 べつに俺のお金で買ったわけじゃないのにどうしてこんなに偉そうなのだろう?


 この頃の俺はそんなこと知るよしもないが、べつに両親はお前のことを愛していたからいろいろなものを買い与えたんじゃないぞ。そうするのが一番楽だから、俺にものを買い与えたんだ。それに気づくのはもっともっと後のことだが。


「すごいね、シンちゃん!」


「でも俺、2つもできないからさ! これ、1つは貸してやるよ! ほら!」


「え、いいの?」


「おう。通信しようぜ、通信!」


 ああ、健気な子供だよ、まったく。


 そしてバカな子供でもある。


 もしもいま、かつての自分と対面できるなら頬を張り飛ばしてやりたい。バカ野郎って。


 いや、それよりも力いっぱい抱きしめてやりたかった。


「ありがとう、シンちゃん!」


「おう!」


 俺が元気よく答えると同時に、幼馴染を呼ぶ声が聞こえた。


「アオシ? アオシー? 帰るわよぉ!」


 アオシと呼ばれたのは、キンちゃんだ。下の名前は蒼志あおしといった。でも俺はいつもキンちゃんと呼んでいた。


「あ、お母さんだ。シンちゃん、ごめん。帰らないと」


「うん、そう? じゃあまたね。あ、これ持ってく?」


 幼い頃の俺はゲームソフトを差し出す。


「ごめん、いきなりこんなの持ってたら不審がられるでしょ? だから今日のうちに説得しておくね。また明日わたして!」


「あ、そ、そうだね。じゃあまた」


「うん。またね、シンちゃん!」


 そう言って、キンちゃんは母親の元へと行った。


 公園には俺1人が残された。残された俺の手には2本のゲームソフトが握られていた。


 しばらく、幼い榎本シンクはそこに立っていた。泣かなかったのは我ながら偉いと思う。


「ふん、なんだよ。俺のほうが先にクリアしちゃうぞ」


 ふてくされたように言った少年――それがかつての自分であるとは思いたくない――は、公園のベンチに座る。


 そして携帯ゲーム機の電源をつける。


 軽快な音楽。流れ出すオープニングムービー。そして始まる、知らない世界の物語。


 本当なら胸踊りワクワクするはずのことなのに、そのときの俺は睨むように小さな画面を眺めていた。


 いつだって家に帰ることはできた。


 でも俺は帰らなかった。


 どうせ帰ったところで、家には誰もいないのだから。


 共働きの両親。


 独りっ子。


 首元からぶら下がった鍵。


 そして、潤沢に与えられる遊び道具。


 ……与えられるだけ。


 暗くなるまでこうしていよう。誰も遊び相手はいないけど。


 こんな夢、見ないほうが良かった……。



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