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244 解脱の戦い


 四方八方には敵がいる。


 俺はぐるりとあたりを見回し、獰猛に笑った。


「お前らは、殺す」


 人を生かすために他人を殺す、それが正しいことか今だけは考えないこにする。


『裏に向かい外に向かって、逢著ほうじゃくすればすなわち殺せ――』


 俺は頭のどこか片隅で、かつて読んだ小説に書かれていた一節を思い出していた。


 長い小説だった。修飾は華美すぎるきらいがあり、そのせいで時折読みづらさすら感じるほどの小説だった。しかし耽美たんびな小説だった。


 俺はその小説の一節――もとは臨済宗の宝典ほうてんに書かれた言葉だったはずだ――を、なぜかよく覚えていた。


 敵の魔法が飛んでくる。


 風系統の魔法だろうか――空間が切り裂かれる。カマイタチ。


 その空気の刃に向かって、俺は刀を振る。


 通常であれば魔法の一撃は避けるのがセオリー。あるいはこちらも魔力のこもった攻撃を返す。しかし俺はそうしなかった。


 隕石から作られた刀、流星刀。クリムゾン・レッドには不思議な特性がある。この刀は魔力を少しだけ吸い込むのだ。


 そのため、俺が『グローリィ・スラッシュ』を撃つさいも粉々に砕け散ることがない。


 魔力を吸い込む、つまどういうことか。


 あたかも魔法を切り裂くことだってできるのだ。


 俺は無傷である。


「よし――」


 この一芸があれば魔法攻撃をしてくる相手にも立ち回ることができる。


 迫ってくる鎧を着込んだ騎士のような僧兵。


 ギラギラと俺を狙う無数の刃。


 白刃の中で、俺は踊るように動き続ける。


 かわし、カワシ、躱し続ける。身をひるがえしながらも相手の鎧と鎧の隙間から刀を付きたて、切り裂き、ときにはモーゼルの一撃で無理やり鎧の薄い部分を砕く。


『仏にうては仏を殺し――』


 背後からの魔法。


 それを俺は持ち前の第六感で見ることもなくよけた。


 よけた魔法はイカヅチの槍だった。その槍は俺ではなく、騎士の頭に深々とささり頭蓋骨を爆発させた。飛び散った血とも脳髄とも肉片ともつかない何かゴミゴミしたものが、俺の頬をうった。


 それをぬぐう時間もない。


『祖に逢うては祖を殺し――』


 決死の突撃。


 3人の騎士たち。1人目は明らかなオトリだ。それに手間取ったところで2人、3人目が俺を襲う算段だろう。


 その手には乗らない。


 向かってくる最初の1人目めがけて、できるだけ魔力を抑えた『グローリィ・スラッシュ』を放つ。その一撃は3人の体を同時に穿うがつ。


 仏倒しに倒れる男たち、しかし敵はまだまだ無数にいた。


羅漢らかんに逢うては羅漢を殺し――』


 魔法の輪が俺を囲みこむようにして行く手を塞ぐ。


 なんだこれは、と理解できないうちに輪は縮まりだす。このまま潰されればどうなる?


 一点にモーゼルを撃つ。だが弾はかき消えた。触れれば消える、ならば俺の体だって同じだろうか。じょうとうだぜ。


 俺は足に全力で力をいれ、脚力の限りに跳び上がる。


 輪の上はドーナツのようにひらいていて、そこから出るつもりだった。


 だが跳び上がった俺を狙うように一点照射のビームが飛んできた。


 これはよけられない。俺はとっさに刀を鞘にしまい片手を突き出す。刀が壊れては元も子もないのだ。


 俺の手の前で、魔法のエフェクトが光り輝く。『5銭の力+』が俺を守ってくれる。


『父母に逢うては父母を殺し――』


 着地。


 から、いっきに走り出す。


 刀を抜きざまに、1人、2人、3人と軽装の魔法使いたちを斬っていく。先程の跳躍で後衛にいた魔法使いどもに近づくことができたのだ。


 ふと、こいつらにも親がいたのかなと思った。


 そりゃあいただろうさ、人は木の根から産まれてくるわけでも、コウノトリが運んでくるわけでもないのだから。


 だとしても――殺す。


 1人で暴れ続けている俺をどうにかしとめようと、魔法の火力が高くなってきた。さっきまでちまちまとしたものばかりだったのに、有無を言わさぬ範囲攻撃が増えてくる。


 こうなれば俺は全力で逃げ回るだけで良い。


 迎撃にいちいち『グローリィ・スラッシュ』を撃っていればすぐにガソリン切れだ。


 それよりもとにかく逃げ回り、魔法での同士討ちを狙うべきだ。


 そして隙きを見てちまちまと刀で相手の首を、四肢を斬る。


親眷(しんけん)に逢うては親眷を殺し――』


 周囲が人の死体で埋まりはじめた。


 いったい何人殺した?


 広い空間だったというのに、いまでは足の踏み場もないほどだ。


 それでもまだ敵は俺を狙っている。恐怖を感じないわけではないだろう。目は怯えきり、まるで悪鬼を見るように俺を見ている。だというのに敵もなかなかやる。勇気を奮い立たせて向かってきているのだ。


 それはなんのために? 宗教というものは人を死への恐怖からでも開放させるというのか。


 俺はごめんだね。死ぬのは怖い。死にたくない。


 だけどやつらは怖くないのだ。


 ならば殺されても、恨むなよ。


 どうやらこの戦いの指揮官だろう、少しだけ他とは違う豪奢な鎧を着た男が奥の方に見えた。指揮刀を振り上げなにやら叫んでいる。殺せ、とかそういう下品なことを言っているのだろう。


 お前は死ぬのが怖いかい? と、俺は心の中で問いかけた。


 その指揮官向けて走り出す。


 刀で敵を切り裂き、モーゼルで蹴散らし、そして邪魔な相手をなぎ倒し。壁を、天井を、縦横無尽にかけて無傷で指揮官のところまで到達する。


「ひいっ!」


 怯えた声。


 飛び上がった俺は脳天に向かって刀を振り下ろしていく。


 少しだけ、刀に魔力を込めた。簡易版『グローリィ・スラッシュ』。鎧ごと縦に真っ二つだ。


 周囲からあがる悲鳴。


 とうとう逃げるやつらが現れた。


 それを俺は追わない。向かってくるものだけを殺す。殺す。殺す。


 そして目に映るものすべてを殺して……。


『――始めて解脱げだつをえる』


 俺は自分の息があがっていることにやっと気づいた。


 あたりは死屍累々(ししるいるい)。


 どうでもいいけど、シシルイルイって人の名前みたいだよな。ルイルイちゃん。うん、中国人の幼馴染で隣のクラス。ロリィでツインテールで、猫みたいに勝ち気な瞳をしている。


 あはは。


 俺はその場に座り込んだ。


 誰かの死体を椅子にして。


 なぜだろうか、心が晴れている。これだけ人を殺しておいて心が清らかというのもおかしな話だが。しかしまるで悟りを開いたかのように心がないでいるのだ。


「解脱をえる、か……」


 死体の服をはぐ。できるだけ汚れの少ない場所を、だ。刀身を拭いてきれいにする。


 モーゼルに弾をこめる。ルオの国から帰ってきてこっち、モーゼルの弾は補充していない。どこかで手に入れなければいけない。


 あはは。


 あはは。


 あはは。


 もう人を殺すことになにも感じない。


 完璧にバランスが崩れた。これが解脱だろうか?


 敵が、またぞろ現れる。


 だが死体の山を見て臆している。俺は視線も向けずにモーゼルだけを向ける。なにも考えずに撃った。とうぜんのように当たる。


 立ち上がる。


 モーゼルをしまって刀を構えた。弾がなくなるおそれがあるからな、温存だ。


「さあ、来いよ。どこまでもやってやるぜ」


 まるでダンスを踊るように、俺は人を殺すのだ。


 誰もが見て感心するほどに上手に。


 拍手喝采を夢見ているが、いつになれば褒めてもらえるのだろうか。


 刀を腰だめに構え、照準を合わせるように睨む。


 敵は並びながらこちらに向かってくる。


 良い的だ。


 やってやるさ。


「行くぞ、隠者一閃――『グローリィ・スラッシュ』」


 俺が振り抜いた刀からは、漆黒の色をした魔力のビームが、全てを呑み込むように吹き出した。


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