243 戦闘開始
敵が攻めてくる。それも3方向からだ。いったいどうすれば良いのか、考えはまとまっていない。
「さて、どうするかな? 当初予定通りAブロックから逃げるか、それとも他のブロックから逃げるか」
このCブロックから逃げるだけならば簡単だ。十数名の信者くらいなら俺たち2人でなら簡単に護れるだろう。
「こうしましょう、私たちはBとCのブロックから入ってくる敵と戦います。そこを無視すれば避難する信者のかたたちは前と後ろから挟み撃ちになります。そしてAブロックはどうにかして血路を開きます」
「たしかに。しかし血路を開くと言っても誰がやる?」
「戦闘員が10人程度います。その人たちにやってもらうつもりです」
「ふむ……」
これ、俺が来なかったらどうするつもりだったんだろうかシノアリスちゃん。俺はいちおう1人でブロックを守る自信がある。シノアリスちゃんだってかなりの実力はあるのである程度は戦えるだろう。
でも、もし俺が来なかったらシノアリスちゃんはたった1人で戦ったわけだろう。
「なんとか避難を進められれば楽なのですが」
「なあシノアリスちゃん。提案だが、このCブロックをさっさと封鎖しよう。あそこの大きな道さえ潰せば良いんだろう?」
「でも火薬の準備はまだ整っていません」
「なに、俺がやる。おい、信者の人たち! さっさと逃げてくれ! 中央ブロックへと、早く!」
俺が叫ぶと、信者の人たちは走りながら逃げていく。その中には先程の老婆の姿もあった。
「だ、大丈夫なんですか?」
「もちろん。シノアリスちゃんも早く。舵取りがいなけりゃみんな混乱するだろ」
分かりました、と素直に駆けていくシノアリスちゃん。
さて、せっかくだし敵の顔でも拝んでやろうかと俺はその場に仁王立ちをする。
すると、どこか古めかしい鎧を着込んだ集団が、まるで雨水がゆっくりと地面をつたうようにCブロックの中に現れだした。
「いたぞ、異教徒だ!」
「殺せ!」
「アドリアーノ様のために!」
やれやれ、まさか殺せときたか。
それにしても鎧を着込んでいるというのは厄介だ。なにせ俺の刀はものを斬ることに特化している。鎧相手の場合はその隙間でも狙うべきか?
敵はぞくぞくと出てくる。数えるのも面倒になるが、50や60人じゃ聞かないほどの人数がいた。
なんにせよ、いまは相手の姿を確認できれば良かった。
「こっちに来い!」
俺は挑発するように叫んで、逃げる。
案の定、相手は追ってくる。動きは遅いようだ。そりゃあそうか、鎧を着込んでいるからな。
それにしても――。
前から武僧――というよりもテンプル騎士とでも言うのだろうか? が、現れる。
平たい剣の一撃をかわし、こちらから懐に飛び込み刀を抜刀。そのさいに柄をつかって相手の土手っ腹を推すようにして突きとばす。
ゴテン、と無様にコケた敵の喉元に刀を突き立てた。
やったかどうかは確認しない。そんな暇はない。
「敵が多い!」
いったいどこから入ってきているのか、まるでゴキブリだ。
中央ブロックへの連絡通路まで逃げて、さてここで良かろうかと刀に魔力を込める。
「隠者一閃――『グローリィ・スラッシュ』!」
魔力を拡散して、グローリィ・スラッシュを天井に向けて撃った。
天井に大穴があき、次の瞬間にはそこを埋めるようにして崩落が始まった。
「ハオハオ、予定通りだぜ」
連絡通路は埋まり、これでCブロックは孤立した形となった。残るはAとB。
俺は中央の広い空間に行く。そこにはシノアリスちゃんとともに、何十人もの信者の人たちがいた。どうやら敵に攻め入れられて、ここまで逃げてきたのだろう。
「あっちの道、ふさいだぞ」
俺はシノアリスちゃんに話しかける。
「ありがとうございます、お兄さん」
「いっそのことBの方もふさいでAブロックから全員で逃げ出すか?」
「それもありなのですが、そうすると今度はAの方に敵が集まるでしょう。そうなればさすがに2人では対応しきれません」
「そうだな」
あくまで防衛戦という形をとり、それこそ地の利を得るからこそこの小人数でも戦えるのだ。いや、俺1人でこの狭いカタコンベで戦うとしたらそれは防衛戦ではなくゲリラ戦か?
「シノアリスちゃん、キミはAブロックから出てくれ。俺はここらへんで敵を全部引きつけるから」
俺が派手に暴れれば暴れるほど、逃げ出す信者の人たちは楽になるだろう。
「そんな、お兄さん。私が残ります、お兄さんは信者の方を連れて外へ――」
「バカ言うなよ。このコミュ障童貞の榎本シンクさんにそんなことができると思うか?」
自分で言ってて悲しいけど、事実だ。
俺はたくさんの人を引っ張っていくことなんてできない。そんなカリスマ性はこれっぽっちも持ち合わせていない。
「お、お願いしても良いんですか?」
「任せろ、そうすればキミの助けになるんだろ?」
「あの、お兄さん。死なないでくださいね?」
「死なないよ。あ、そうだ。お金かしてくれ」
「へっ?」
あ、やべえ。これ俺そうとう酷いこと言ってるか? ただのヒモみたいになってるのか?
「違うから、勘違いするなよ。あれだから、スキルを使うためだから。俺のスキルちょっと特殊で現金がいるんだよ」
「……金食い虫のスキルですね。すいません、私お金持ってないんです」
「そうか……」
「あ、でも。信者の方々に分けてもらいましょうか。みなさんお兄さんにお金を恵んであげてください!」
恵むって……。
いや、言い訳できなんだけどね。
いちおう教主であるシノアリスちゃんの号令ということで、信者の人たちは俺にコインを渡してくれる。
「これ、どうぞ」
「頑張ってください」
「ここに残るんですよね?」
みんな、どうやら俺がオトリになるのをわかってくれているようで。応援の言葉をかけてくれる。
こういうのってちょっとだけ照れるような気がする。俺は人様に声援を送られるタイプじゃなかったからな。
「お兄さん、これ。巾着、これに入れてください」
「うん、ありがとう」
小銭の入った巾着を左側の腰に吊るす。
シノアリスちゃんが髪のリボン――予備のガリアンソードをほどく。
「お兄さん、ご武運を」
「シノアリスちゃんこそ」
「はい。みなさん、これより全員でAブロックを突破し、外に脱出します。もう順番なんて関係ありません。とにかく1人でも多くが外へ逃げて、そして生き残ることだけを考えます! 良いですね、それは、避難開始!」
シノアリスちゃんたちが歩き出す。
俺は1人でそれを眺めた。たぶんあの行列の中で、何人もが死ぬだろう。もう会えないだろう。
だとしても――できるだけ多くの人が生き残って欲しい。
俺はただ独りでその場に残る。
しばらくして、ぞろぞろとBブロックの方から敵が現れた。古式ゆかしい鎧姿だけではなく、今度はいかにも僧侶といった姿もある。魔法使いだろう。苦手な相手――。
だからどうした?
苦手だろうとなんだろうとやらなければならない。
「悪いがここを通すわけにはいかねえよ」
右手に刀。
左手にモーゼル。
そして双眸で、敵を睨んだ。




