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237 命の重さ


 やって来たのはこの前の酒場。通称『自殺酒場』である。


 今日も揃いも揃って辛気臭い顔をして酒を飲んでいるのかと思ったら、違った。


「ドア、閉じてるな」


「こんな昼間から酒場なんてやっていますの?」


 なんだかんだでついてきているアイラルンが言う。


 先程食べたサーモンパン、大丈夫だろうか? トイレに行きたかったらすぐに言ってくれよ。


「どうしたもんかな」


 俺はカタコンベへの入り口をここしか知らない。


 本当は他にもあるんだろうが……いまから探すわけにもいかない。


「とりあえず3つの案があります」


「ほうほう」


「1、諦める」


「論外」


「2、誰かが開けてくれるまで待つ」


「一生ここにいるつもりかよ? そんな暇じゃないぜ」


「3、じつはこれが一番いいと思ってましたの。蹴破ってしまう」


「よし、それで行こう。推して参る」


 俺は全力で壁を蹴ってやる。


 が……。


 痛い……。


 それだけである……。


 びくともしない扉とにらめっこ。


「朋輩」


「やめて、その冷たい目はやめて」


「格好がつきませんわ。一回でおしまいにしてくださいな」


「いや、違うんだって。この扉たぶん鉄板かなんか仕込まれてんだよ!」


「はいはい、そういうことにしておきましょうか」


 しょうがないので俺は刀を抜いて扉を斬った。いや、最初からこうしてりゃあ良かったわ。簡単に斬れたし。


 店内には誰もいない。でも別にテーブルなんかがホコリかぶっているわけでもなく。なんというか、少し前まで誰かがいたような雰囲気がある。生活感が残っているとでもいうべきか。


「酒場、ですわね」


 アイラルンは何をするかと思えば、壁の方においてある坂瓶を手にとった。


 キュポン、という音とともにコルクをあけた。


「おいおい」


「ゴクゴク」


「女神様がのむのかい」


「たまには飲まないとやってられませんわ」


 キャラクター崩壊してませんか? と、そんな飲んだくれキャラだったのか?


 なんて思ったら、


「ゲホッ! ゲホッ! なんですのこれ、喉が熱いっ!」


「お、お前飲み慣れてないのにそんな……いや、これ原液で飲むようなアルコールじゃねえぞ」


 普通に強いやつだ。ウイスキーとかウォッカとか、いや俺もそこらへんはよく知らねえけど。


「ゲホッ! ゲホッ! こんな、こんなものをヒューマンどもは飲んでいるのですか! 何が楽しくて!」


「いや、たぶん楽しくないことがあったから飲んでるんじゃないのか?」


 あるいは楽しくなるために飲んでいるというか……。


「わたくしもう飲みませんわ、こんなもの」


「そうしなさいよ」


 ったく、なんだったんだよこのクダリ。もしかしてあれか、アイラルンのやつ強いアルコールが飲めれば格好いいとか思っちゃったのか? タバコが格好いいみたいなのと思っちゃう中学生みたいに。


「ううっ……これを飲めればわたくしもイケてる女神でしたのに」


 マジか? マジか? マジでそういうつもりだったのか。


 いや、飲んだくれの神とかバッカス(ローマ神話)くらいだぞ。ちなみに女神じゃないです、酒の神様です。


「変な女神だな、お前」


「さて朋輩。小粋な小話でも挟んだことですし小用をさっさと済ませましょうか」


「お前それいんでも踏んだつもり? ぜんぜん上手くないぞ」


「女神をディスるなんてなかなか怖いもの知らずですわね」


「はあ……」


 いや、まあ緊張感はほぐれたけどさ。


 なんていうかアイラルンっていつも、どこまでが本気か分からないんだよな。いつでも半分ふざけてるだけかもしれないけど。


 勝手に奥の部屋に入る。


 そこには石の階段があるのを知っている。


 長い、長い階段だ。


 横幅は人が1人楽に通れるほど。けれど2人では手狭といったところ。段差は高く、登るのは辛く、降りるのは怖い。そんな階段だ。


 この前きたときはロウソクに明かりはついていなかったはずだ。けれどいまはきちんと明かりがともっている。なぜ?


 いや、たしかこの階段。足を踏み入れた瞬間に自動的にロウソクがともったはずだ。


 ならばもしかして――。


 俺は何かを察っして耳をすます。


 足音が聞こえてる。誰かが下から登ってくるのだ。


「誰か来るな」と、小さな声で言う。


「え、そうですか?」


 ……分からないのか。こういうときシャネルだったら気づいてくれているんだけどな。


「あ、朋輩。いま他の女とわたくしを比べましたでしょう?」


「おうおう、察しの良さはシャネルと同格だな」


「女の勘、というやつですわ」


 誰だ? 俺の敵になるような相手ならばこの場所は絶好の立ち位置となる。高低差がある場合、高い位置をとった人間が地の利を得るというのは鉄板だ。


 俺は抜き身のままだった刀を構えた。


 ロウソクの光で、刀身が光った。その光を俺は不気味なものとして見た。俺はいまからまた人を殺すのか? 手を汚すのか? バランスを崩すのか?


 考えてはいけない、そんなことは。


 隣にいるアイラルンの柑橘系の清涼な匂いで、少しだけ自分を取り戻す。


 ゆっくりと誰かが急な階段を上がってきた。


 女の人だ。手には何かを持っている。後ろには浅黒い肌の男性がいた。夫婦、だろうか。


 どうやら普通の異教徒――つまりはアイラルンの信者のようだ。


 俺は、その女性の顔に見覚えがあった。この前カタコンベに来たとき、シノアリスちゃんに赤ちゃんの名前をつけてもらっていた女性だ。


「あっ」


 と、女性もこちらを見る。


 俺は何も言わないのも変かな、と思って「こんにちは」と挨拶した。ついでに刀も抜いたままだと怪しすぎるので鞘に入れた。


「こ、こんにちは」


 女性の後ろの男――夫が不思議そうな顔をする。


「信者のかたですか?」


 ここで違いますなんて言っても話がこじれるだけだ。


「そうですよ」と、あわせる。


「ほうほう、朋輩はわたくしのファンだったのですね」


 横で邪神(美人系)がなんか言ってるけど気にしない。


 女性は階段をとても大変そうに登っていた。俺は思わず手を差し出して荷物を持ちましょうか? と言ってしまう。


 たぶん、最後の段差を超えるのに手を使わなければいけないと思ったんだ。


 でもそれは失敗だった。


 女性はまったく純粋な表情で「ではお願いします」と俺におくるみを差し出してきた。


 そう、女性が手に抱えていたのは赤ちゃんだったのだ。


 名前はうろ覚えだけど、たしかアイルンとかそういう名前だったと思う。隣にいるアイラルンと同じような名前なのだ。


「朋輩、まだ首がすわっておりませんのでお気をつけて」


 そういうこと言われると余計に緊張する。俺は壊れ物を持つような慎重さで赤ちゃんを上から受け取り抱きかかえる。


 寝ているのだろうか、赤ちゃんはすごく静かだ。


 でも赤ちゃんは赤ちゃんだ。ちょっと熱っぽい暖かさと、命の重さを感じた。その重さは比喩でもなんでもなく。人間というのはこんなに小さくても重たいのだなと思った。


 命の重さ。それがいま、俺のての内にある。


 女性と男性は階段を上がりきった。


「ありがとうございます。あの、あなたは避難しないんですか?」


 避難? はて、なんのことだろうか。


「まあ。それより、下にシノアリスちゃんはいますか?」


「教主様ですか? はい、おられましたが」


 よしよし、いるんだな。


 俺は赤ちゃんを手渡す。赤ちゃんは本当に良い子だ。可愛らしい。


「朋輩、わたくしたちの赤ちゃんもこんな可愛くなりますわよね?」


 無視だ、無視。


 手ぶらになった。


「早く行くぞ」と、夫の方が焦ったように言う。「それでは」


 ペコリと頭を下げられる。


 そしてさっさと部屋を出ていく。酒場からも出ていったのだろう。


 なにをあんなに急いでいるんだろうか?


「ふふ、シノアリスさんもやりますね」


「シノアリスちゃんの何か作戦なのか?」


「作戦というよりも……まあ。でも本人はそうとうまいってるはずですわ。さあ、行きましょうよ朋輩」


 もしかしてアイラルン、今回出てきたのは俺のためじゃなくてシノアリスちゃんのためか?


 俺はどこかでそう察した。


 たぶん、シノアリスちゃんは大なり小なり何かしらのピンチなのだ。早く行ってやらなくては。俺たちは長い階段に足を踏み入れた。


 俺はもう、手になにも持っていない。


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